今だけは隣に
早いもの勝ちってよく言うよね。色んな事に対してさぁ…。
言う方は気分いいけど、言われた側はかなり憤ってしまうなんてずっと気づかなかった。
｢…でさ、コンラッドがその時…｣
本日何度目かの｢コンラッド｣発言。わかっちゃいるけど苦しいんだ。
キミが彼に寄せる信頼がひしひし伝わってきて…それはもう悲しいほどに。
｢何度言っても陛下って呼んでくるんだよなー｣
それは癖というよりわざとなんじゃないの？とか思うんだけど、言葉は何故か喉の奥で詰まる。
｢……｣
笑っていたはずの顔が急に寂しげになったから。
｢…渋谷？｣
黙りたい気持ちを抑え、優しく声をかける僕ってかなり頑張ってる。
あぁ…肩を抱いてやりたいなぁ。
｢…なのになんで…｣
そう呟くと、ふっ、と遠くを見る。体育座りの渋谷の横顔が切なそうに歪む。
｢……｣
しかしその表情はぱっと明るくなり、口角を上げると僕の背中をﾊﾞｼﾝと叩いてきた。
｢いたっ｣
｢ｺﾞﾒﾝ、なんか暗くなっちゃったな｣
｢だからって叩くなよ｣
ちょっと怒ったように見ると、渋谷は笑いながらｺﾞﾒﾝ、と謝る。
｢なんか村田にしか話せなくてさ…｣
それは、僕があっちの世界を知ってる唯一の仲間だから？
｢…いいよ、全然話してくれよ｣
｢ん…サンキュー｣
僕以外の誰かがそういう仲間だったらその人を頼るの？
｢…渋谷はさぁ｣
｢え？｣
−ウェラー卿が好きなの？
｢あ、やっぱいいや｣
｢えー？何？気になるじゃん｣
だって愚問だって気づいたから。
僕は何だって自分で自分の首を締めようとしてるんだ。
｢僕ってマゾなのかな？｣
｢はぁ？｣
呆れたような声を上げられる。いきなり何だ村田、と言いたげな表情。
｢自覚症状でもあるワケ？｣
｢うん｣
キミの隣にいる事がね、なんて事は言えないけれど。
｢どんな？｣
｢好きな子から、好きな人の相談されてるんだ。それって凄く苦しいんだけど、何か嬉しかったりもする｣
｢…村田、好きな子いたんだ？｣
驚いたような瞳。僕はうん、と頷いてみせる。
｢凄く可愛い子｣
聞かれてないのに自慢してみたりもする。
｢へぇ、でも好きな奴がいるんだろ？よく挫けないな｣
ちょっと僕の恋バナに興味を示してるみたいで渋谷はこちらに向き直る。
｢ずーっと好きだったからそんなの無理。意外と僕一途なんでね｣
｢ホント意外。村田が一途なんて｣
｢でしょ？なのにあっちはふっと現れた奴に恋しちゃってさ、今では僕は相談役｣
｢そりゃ辛いよなー、拷問だよ｣
｢でも…相談されてるのも嬉しかったりするんだよね｣
−頼られているのかな、なんて錯覚できるから。
｢…それは当たり前なんじゃん？別に村田がマゾとか言うのではないかと｣
｢そうかな？｣
笑って渋谷を見ると、渋谷も笑っていて。この笑顔を曇らせる存在に嫉妬する。
｢うん、それに…村田が諦めないならいつか振り向いてくれるかもだぜ？｣
｢……そうだね｣
キミってやつは…。
無責任な事言うよな。
｢ありがと｣
｢え？おれ何もいい事言えてないけど｣
｢ううん、聞いてもらえただけでも｣
僕がそう言うと、渋谷は照れくさそうに笑った。
｢おれも村田に話聞いてもらえて…いつも感謝してるぜ｣
｢……｣
−少しだけ、救われた。
｢…渋谷って可愛いなぁ｣
｢は？｣
｢性格がね｣
可愛いって褒め言葉か？とブツブツ言う渋谷を見てなんだか笑顔が溢れる。
渋谷のたった一言でこんなにも喜ぶ自分が情けないけど…。
｢…仕方ないか｣
｢え？｣
｢ううん、何でも｣
ウェラー卿に取られてしまったんだから。
僕が手出し出来ずにいた、ほんの僅かな間にね。
｢…いつものムラケンらしくないぞっ｣
俯いてしまった僕を励ますように渋谷が肩を抱いた。
ああ、もうなんだよ。
｢…ごめん｣
苦しくて仕方ないじゃないか。
｢泣け泣け、泣いて立派な漢になれ｣
｢…渋谷に励まされるなんてありえない…｣
｢おれもムラケン励ましてるなんてありえねーよ｣
涙声で笑うと、渋谷も笑った。ホント、ありえないよこんなの。好きな人に恋の事で励まされるなんて。
だけど肩に置かれた手が
優しい声が
あたたかい言葉が
渋谷が傍にいることが
悲しいほど嬉しくて
涙が止まらないんだ。
end.