オレンジのKISS


 

 

 

 

 




ほら、愛を。






眞王廟には色とりどりの秋の花々が咲き誇っている。
巫女さん達が毎日手入れをしてるから花壇は凄く綺麗で、見てるだけで癒される…けど。

「ぇくしっ!」

「あーあー、目ぇ真っ赤」

「ゔー」

目を擦りながら鼻をかむ僕にベッドの上の渋谷はお気の毒、と両手を合わせる。

「参拝しないでよー」

「村田御本尊様ーどうか次の試験で平均点以上をお願いします」

なーむー、と呟く渋谷に眉を寄せる。僕は仏壇かい。

「せめて生き仏に…ぇくしっ!」

「大変だなー、花粉症も」

…そう、僕は今、花粉症シーズンの真っ直中なんだ。
あっちにいる時は全く平気だったのにこちらの花粉は相性が悪いのか、それとも蓄積されていた要因がキャパオーバーしたのか今期から花粉症ユーザーの仲間入りって訳。

「あ゙ー辛い、目が痒い鼻が痛いー」

「メンソレータム鼻に塗ると少し通りが良くなるぞ?」

「んなモンこっちには無いじゃないかー」

「あ、そっか」

出てくる涙をハンカチで拭きながらマスクをし直す。
気の早い真っ赤な鼻はマスクをしててもぐずぐず言うけど。

「何か薬貰ってこようか?」

「幾つか試したけど効かなくてさー…っくしゅん!」

「しっかし不思議だな、窓締め切ってるのに花粉が入ってくるなんて」

渋谷に言われて気がついた。
そうだ、部屋の窓はしっかりと閉められてるはずなのにくしゃみが止まらないのは何故だろうか。
ぼくは今日、まだ外には出ていないはず…。

「今日は外暖かいのに出れないなんてつまんないな」

…と、すると。

「…渋谷、さっき此処に来るまでに花壇の近くを通った?」

「え?……あ」

やっぱり。
この急な悪化は渋谷のせいか。

「あ、って事は通ったんだね?」

「て言うか…綺麗だから侍女さんと見てたって言うか…」

「…見てただけ?」

「そ、そう言えば蜜がありますよーって言われて触った様な…」

「帰って」

「へ?」

…こーの原宿不利め。
親友が苦しんでる時に何やってるんだか。

「悪いけど渋谷が側に居ると悪化する一方なんで、帰って」

「って、足で押すなよっ」

ぐいぐいと足で腰を押しながらまくし立てる。勿論、顔は出来るだけ近くに寄らない様に。

「早く帰らないときみの婚約者に侍女さんと話してた事バラすよ?」

これは効果があったらしい。渋谷がぴょん、とベッドを降りる。

「わーかったわかった。帰ります!」

余程婚約者にバラされるのが嫌なのか、急いで扉に向かう渋谷につい笑みが漏れる。

「じ、じゃあ帰るけど、ヴォルフには言うなよ?」

去り際に残す言葉がソレなのもまた楽しい。

「渋谷」

「ん?」

「来てくれてありがとね」

「…ん、また来るから」

「その時は花粉持ち込まないでね」

「はいはい……あ」

「ん?どうかした?」

「…いや、じゃあな!」

渋谷が横を向くと、慌てた様にバタンと扉を閉める。随分いきなりの退室にベッドに座ったまま目を瞬かせてしまった。

「…何だ今の」

何か解らないけど気になって扉の方に近づく。すると扉の向こうから微かに話し声が聞こえてきた。

「……あ」

渋谷の声と、もう1人。聞き慣れたあの声が。

渋谷の慌てた様な声と幾分か落ち着いた相手の声に、自然と頬が緩んでしまった。

「…っと」

それに気づいて首を振った。まぁ、マスクをしてるから表情は解らないけどさ。
扉に近づいてくる足音に少し緊張しながらその前で待っていると、渋谷の困った様な声が聞こえた。

「だから村田は今花粉症…」


ん?


次の瞬間、バンと扉が開けられて。

「あっらー、猊下お出迎えー?」

大量の花を持ったオレンジ髪が目の前に。

「入らないで」

花を見た瞬間、バン、と条件反射的に扉を閉めた。
…あれは正に花壇に咲いてた天敵の花じゃないか。

「ほらー、言っただろ?」

扉の向こうで渋谷がヨザックにそう言うのが聞こえる。ヨザックはヨザックで「大丈夫大丈夫」と笑ってる。
何が大丈夫なんだよ。

「げーいか、入りますよ?」

今度は扉をノックする音が聞こえる。扉1枚隔てた向こうに彼は居るのに、持ってるものが天敵なだけに開ける事が出来ない。

「駄目、僕今花粉症なんだよ」

「知ってますよ」

「じゃあ何で花持って…」

「まぁまぁ、これは平気ですから…開けますよ?」

「え?」

途端、グッと扉があちら側に引かれて。突然の出来事に押さえていた手ごと引っ張られた。

「わっ!!」


ボフン!


「きゃー猊下ったらだいたーん」

オレンジが頭上で黄色い声を上げる。
転ぶと思った体はヨザックの胸と、大量の花束にに抱きかかえられた。
てゆーか、そっちが引っ張ったんじゃないか。

「大胆じゃな…って、アレ?」

彼の体から離れようとしたらふいに鼻の通りが良くなった。
目も痒くないし。

「どーですか?」

不思議な気持ちのまま頭を上げると、ヨザックがニヤリと笑っていた。

「…くしゃみが止まった」

「でしょう?」

これには渋谷も目を丸くしてマジ?といった表情だ。

「…この花が?」

「ええ、毒女印のとある霧吹きをかけましてね」

楽しそうに笑うヨザックに肩の力が抜ける。
…流石は毒女。花粉殺しでもしたのかな。

「…凄いね」

「これでオレも、猊下のお部屋に入れますか?」

ニッ、と笑う彼にマスクの中の頬が思いっきり緩んだ。
見せられなくて残念だけど。

「…あー、じゃあおれ行くから!」

気づくと渋谷がへらりと笑いながら帰っていこうとしていた。
…その気遣いはかなり恥ずかしい。

「ありがとね坊ちゃ〜ん」

見送るヨザックに渋谷は片手を上げて応える。
くそー、今度仕返ししてやるからなー。

「……」

「ほぉら、こんなトコで立ってないで中に入りましょう?」

そう言って僕の肩を掴むと後ろに押してくる。
そんなに押さなくても入るってば。

「ね、ねぇヨザック」

「何です?」

「…その花、やけに沢山あるけど」

ヨザックの片手に抱えられていただけかと思ったらおっきな荷車に更に大量の花が積んであって。
一体どれくらいあるんだ?

「あぁ、だってこれは」

そう言葉を切ると、荷車を離した腕でぐいっと体が持ち上げられて。

「ちょっと!」

そのままベッドに下ろされると上から大量の…

「わあぁぁ!」

バサバサッ!

「猊下のベッド一杯に敷き詰めようとしたんですもん」

「……けふっ」

ぱ、と花の山から頭を出せば、ベッドにまかれた大量の花が目に入る。

「ステキ、まるでお花畑にいるみたいよっ」

グリ江口調でウインクされれば何だか急に気が抜けた。

「…はは、そうだね」

それと同時に暖かい気持ちにもなる。
花に埋もれたまま笑うと、ヨザックが間を詰めてきて。

「とってもお似合いです」

わ、と思った時にはマスクが外されて。
近づいた顔にぎゅっと目を瞑ると胸がドクドク言った。

「ん」

重なる唇に一瞬思考をリセットされて、目を開けたら笑顔があった。
変だな、顔が熱いや。

「…猊下、お気に召してくれました?」

微笑む彼に頷きながら、そのままベッドに倒れ込んだ。
埋もれた花から甘い香りがして気持ちが良い。

「…不思議に思ったんだけどさ」

「何です?」

「この花、花壇にこんなに咲いてた?」

バラバラと花の雨を受けながら彼を見ると、荷車から花を出す手を止めてこっちを向いた。

「バレてました?」

そう言いながら残りの花を敷くと、花畑onベッドな空間が出来上がる。

「この花の量はね、尋常じゃ無いと思って」

「まぁ、これ全部グリ江が育てたのよぉ?」

「え?」

グリ江の一言に体を起こすとスゴいでしょ、と髪に花を差された。

「超短縮培養、ってヤツですがね」

「短縮培養?」

「アニシナちゃんの発明品」

まぁ可愛い、と次々に髪に差される花。
それをされるがままに、僕は無意識に口を開いていた。

「なんで?」

「え?」

「なんで、そこまでして?」


そこまでして、この花を持ってきてくれたの?


「何故って…」

ヨザックはにっこりと笑うと僕の耳に花を添え、そっと囁いた。


「猊下はこの花がお好きなんでしょう?」


そのままぎゅーっと抱きしめられた。
頭が彼の胸に押し当てられて妙に心地良い。

「…何で解ったの」

内緒にしてたのに。
呟くとヨザックが楽しそうに僕の目を見て。

「だって、言ってくれたじゃないですか」

花をひとつ持って、自分の髪に差して彼は笑った。





「この花、オレの髪の色みたいだって」





そう笑った彼はどこか嬉しさを滲ませていて。
僕は熱くなる頬を止められない。

「…」

「だからでしょう?」

ニッ、と意味ありげな笑みを浮かべる目の前のオレンジに返す言葉も見つからず。

「…あたり」

そっと呟くと、たまに見せる子供っぽい笑顔で僕を抱きしめてくれた。



「よかった」



オレンジ色の花と同じ色の髪を持つ恋人に抱きしめられて。



「…ありがとう」



僕の心は綺麗な色に染まっていったんだ。




end.