オセロ





「やった勝ったー!」

「……ま、負けた」

『オセロ』と呼ばれる遊びを猊下に習って幾月。76戦目にして初めて猊下に勝った。
この喜びをどう表現しようか。

「げーいかっ、オレが勝ちましたよっ」

嬉しさの余りニヤニヤしながら猊下を覗き込むと、不機嫌そうな瞳に睨まれた。

「ぴゃ」

思わず手を顔の横に上げ身を引く。
口を尖らせた猊下は怒ってるようだが、その様子も可愛い…なんて言ったら殴られそう。

「……」

「お、怒ってマス?」

意外に負けず嫌いな猊下にはこの結果はやはり不服だったか。

ピンク一色の盤面は。

「……」

「グリ江、今日はちょっと調子が良かったみたいでぇー、まぐれ、そう、偶然ですから!」

フォローに回れば多分もっと怒る気がしたが、それ意外の手が思いつかないんだから仕方ない。
そう思っていたら、猊下は睨んでいた瞳を和らげ、口元を緩ませた。

「怒ってないから」

「…あら」

何ともあっさりと普段の猊下に戻ったので、こっちとしてはちょっと驚き。
一体どうしたんだか。

「…じゃあ何で眉寄せてたんですか?」

「え?あぁ、それは不機嫌だったんじゃなくてさ、何で負けたのか考えてたの」

ピンク色を裏返して黄緑に変える猊下の指をつい目で追う。

「負けたのは悔しいけど…嬉しい気持ちもあったから」

「え?」

「だってさ」

猊下の指がゆっくりと目の高さまで持ち上がって、近づいてきて…

「僕を負かす位練習したって事でしょ?」

唇に、指が触れた。

「……」

「違う?」

頭を軽く横に振ると、猊下はオレの唇に指を当てたままフッと微笑った。

「…素直に嬉しいし」

次の瞬間、バラバラと駒が床に散らばったと思ったら、猊下の唇の感触がした。
ふわりと香る、オレ好みの匂い。

「……」

離れた唇と同時に目を開けると、猊下の漆黒の瞳がこちらを見てて。
上目遣いは反則だ。

「…駒落としちゃった」

そう言って笑う貴方はどうしてか酷く色っぽい。

「…猊下」

「ん?」

吸い寄せられるように右手を伸ばす。頬に触れると猊下の顔が仄かに紅くなった。
あぁ、可愛すぎる。

「うわっ」

テーブルについていた手を引けば、呆気無く体制を崩す猊下。その体が落ちる前に両手を滑り込ませた。
やっぱり猊下は華奢だなぁ。
そんな事を思ったら猊下が顔を上げる。

「……ヨザック」

危ないだろ?とでも言いたげに見つめられる。…至近距離で。
やば、理性切れちゃいそう。

「…猊下、オレが勝ったらお願い聞いてくれるっていいましたよね」

「えー、そんな事言ったっけ」

「オレが50敗した時に言いました」

「……そうだっけ?ってか、そんなに負けてたんだ」

クスクスと微笑う猊下にニッ、と笑い返す。
そのまま降らすように唇を落とした。

「ん、」

そっと触れて、離す。猊下がくれたキスと同じように。
細まった瞳がオレを捕らえる。

「…で、願いは?」

形の良い唇を上げる仕草に、胸がドキリと鳴って。
ふわふわした空気に手を伸ばす。

「猊下」

触れたそれは、少し暖かくて細い腕。そこから引き寄せて背中に腕を回した。
テーブルを乗り越えさせて、ソファに座る自分に飛び込ませる様に誘導する。はやる気持ちに反してか、猊下はゆっくりと、焦らす様にオレに近づいた。

「早く側に来て」

つい思った事を口に出すと、猊下が照れた様に笑った。
見せる表情の全てが違ってて、愛しい。
オレには真似出来ない魅力だ。

「っ」

ソファに飛び込んだ猊下を両手で受け止めると、ふわふわの空気と愛しの恋人を抱きしめた。
暖かくて気持ちが良い。

「ヨザ」

腕の中からくぐもった声が聞こえて少し緩めると、ぷは、と猊下の声がした。髪から香る、甘い匂い。

「猊下が欲しいです」

目を合わせた猊下に素直に告げると、一瞬目を丸く開かれ、フッとはにかまれた。

「…もう一戦して勝ったらね」

「ええー、グリ江のお願い聞いて下さるんじゃないの?」

「今、きみの腕の中に居るじゃないか」

「今のがお願いなのぉ〜?」

やけに素直に来ると思ったらそういう事だったのね。眉を寄せると「そうだよ」と猊下が悪戯な笑みを浮かべ。

「じゃあオレは猊下を抱いたまま悶々としてなくちゃいけないんですか?」

こんなに近くにいるのに、と口を尖らせる。
この状況はなんつーか、骨飛族の生殺し状態ってヤツ?

「だから勝てばいいんだよ。…でも、次は絶対負けないからね」

そうやってにっこり笑う猊下は確信犯だ。オレには解る。負けたのが悔しいんだ絶対。

「猊下ったら、か弱い乙女心を弄ぶのねっ!」

「か弱い乙女は盛りませんー」

べぇ、と舌を出すと猊下はするりと膝の上から降りて、床に落ちた駒を拾い集める。

「猊下〜」

「さっ、もう一戦やろうか」

「もう一戦」さえ無ければ素敵な誘い文句なのに!それに、本気の猊下に勝てって言われても無理だって。

「はぁい…」

それでも逆らえないのがオレなわけで。

「あ、そうそう」

「何ですか?」

黄緑の駒を置きながら猊下がちら、とこちらを見て。

「僕が勝ったらきみの願いを聞いてあげるよ」

そう、楽しそうに笑った。

「……」



…いつも一枚上手なのが猊下なんだ。




end.