sin90゜






彼と初めて会ったのはあの晩。

暗くてひとりぼっちでネズミがいて少し心細くてでも何だかそわそわして。
コンタクトつけたまま寝たら朝乾いて痛いだろうなぁとか考えつつも、あぁ、ついに来ちゃったんだ此処に…って遅ればせながらも感慨に耽っていたら、窓に人影が覗いた。

「誰?」

渋谷もいないしこんなトコで演技してもなぁ、と至って普通に返事をしたら、闇夜にくすんだ明るい色が滲んだ気がした。

「こんばんは……っと」

「……?」

慣れないコンタクトと暗がりで良く見えないけれどそこにいるのは逞しそうなおにーさん。チカッと光が見えたと思ったら、蝋燭に火がついた。

「はい、これ」

「あ、どーも」

どうやら悪い人じゃないらしい。表情を見ようと思うんだけど蝋燭の光が弱くてよくわからない。

「誰?」

聞いてみたけど返事は無い。もう一度聞いてみると、代わりに予想だにしなかった言葉が返ってきた。



「…可愛い………」



「は?」




−これが、出会い。














「猊下の髪って本当は黒いんですか?」

「うん、渋谷と一緒」

「見てみたいなぁ」

「想像してみたら?」

だって地球帰らないと無理だし。別に見ても見なくても大して変わらないしね。
ちなみに今はシマロン旅行中。さっきあった色々のお陰で渋谷もその婚約者も寄り添って眠ってる。可愛らしいなぁ2人とも。

「オネエさん寝なくていいの?」

「グリ江は猊下や坊ちゃん達の護衛係だから心配しなくてもいいのよーぉ?」

「ははっ、面白いね」

どこと無く口調がジェニファーさんに似てるような気がして笑う。渋谷には言えないけど。

「猊下はお休みになられないのぉ?」

「僕はさっき渋谷の膝で寝かせてもらったから」

「あら、お熱いわねぇ」

「この2人がね」

なんてったって目の前でキスシーンだし。渋谷はやっぱり可愛い子が好きなんだな。

「……」

「ん?何?」

ふっと見つめられてる気がして自分の顔を触る。何かついてたりするのかな?

「いや……見れば見るほど可愛いなぁって」

「は!?」

突然の言葉に間抜けな声を出してしまった。何?このおにーさん。

「可愛い!?」

「凄く」

「可愛いのは渋谷でしょ」

「坊ちゃんも可愛いけど猊下のが可愛い」

「…っ、嬉しくない」

「そりゃそうですよね」

ふっ、と瞳が細くなって見つめられる。…可愛いという言葉は別にしても、正面切って自分の容姿を褒められた事は無かったので正直、悪い気はしない。

「グリ江さんはかっこいいね」

「あら、嬉しいわぁ」

初めて会った時、薄暗闇の中でもかっこいいなぁと思ったんだから、その次に会った時はごく当たり前の様に素敵だと思った。
照れ隠しに褒め返すと嬉そうにオネエ言葉で返してくる。

「猊下は今…恋人は?」

「へ?」

話の内容からは出てくるとは思わなかった質問にまた変な反応をしてしまった。なんかこの人、唐突だよなー。

「恋人は?」

「いませんが?」

欲しいけど、出来ませんがそれが何か?

「そうですか」

オレンジの髪のおにーさんは口元から拭いきれない笑みをこぼす。馬鹿にされてるのかとムッとしたが、その顔はどう考えても純日本人顔の僕には出来ない表情で。映画で見る外国人俳優のような憂いを帯びた顔立ちに怒りを忘れてつい見入ってしまう。

「猊下、オレの顔に何かついてます?」

「目と鼻と口が」

いつものノリで返すとオレンジの人は頬を崩して笑みを浮かべた。うーん、いい笑顔。

「それと、かっこいいなーって思って見てた」

そのオレンジの髪も笑顔も。僕には無いものだから余計にそう見える。だから思った事を素直に言ってみた。言っとくけどここまででは何も嘘はついちゃいないよ?

「………参ったなぁ」

オレンジの人は口の端を上げながら前髪をくしゃりとさせた。
何が?僕素晴らしいシャレでもシャレったかな?

「何が参ったの?僕に降参しちゃうわけ?」

頬を緩ませながら聞いてみると、オレンジの人は両手を上げる。

「ええ、猊下に降参しちゃいましたよ」

「何だかわかんないけど…気分いいね」

「そうですか?……理由は聞かないんですか?」

「何の?」

「降参した理由」

「聞きたい」

「猊下が余りにも可愛いから」

「……またソレ?」

だから可愛い以外の言葉で褒めてよ。可愛いのは渋谷だけでじゅーぶんー。

「それだけじゃないんです」

「…何」

どーせろくでもない事言うんだろーけど。



「オレ、猊下が好きになっちゃったみたいで」



あー、また変な事言ってるよ。好きだって?好きなのは渋谷だけでじゅーぶ……って


「ええーーっ!?」


目を見開いて彼を見るとバチンとウインクされる。な、何この展開。

「静かにしないと2人が起きちゃいますよ」

「だって……今」

僕の事を好きとか言ったよね!?

「えぇ、言いました」

「って何人の心読んでるのさ!」

「グリ江の愛の力はむげんだーい」

「はぁ!?何言って…」

その瞬間、肩を右手で掴まれたと思ったら目の前に彼の顔があった。

「うわー!」

慌てて飛び出たロケットパンチは見事目の前の彼の腹に命中した。

「ぐ…っ」

やたら具が大きい唸り声をあげてオレンジ星人は体を離す。

「せ、正義の力をバイルダーON」

カッコ良く決めたかったけど心臓がバクバク言っちゃって無理だった。

「猊下…意外に武道派?」

「いや、サッカー派」

誰かの影響でガンダムにも詳しいけどさ。

「ってゆーか何すんのさ、危なかったじゃないか!」

「いや、キスする気は無かったんすよ…これくらい本気なんですよーって示したかっただけで」

「だからって……」

普通誰だってびっくりするもんでしょう!?

「でもこれで…オレの気持ち伝わりました?」

「伝わるとか以前に…勝手な行動し過ぎ」

「…すいません、でも猊下がいけないんですよ?」

「何で!?」

謝ったと思ったら僕が悪いのかよ?

「だって猊下が満面の笑み浮かべて見てくるから…つい、こう」

「ムラムラと?」

「そそ、ムラムラきちゃって」


ボカッ


「…っ!」

「言っとくけど」

頭を抱えるオレンジに睨みをきかせる。

「僕は軽い人は嫌いですー!」

「そんなぁ、猊下はオレをそんな風に見てたんですかっ?」

「いや、今そう判断した」

「なんでー!!」

「だっていきなりあーゆう事する?何もなかったらよかったものの、もしキスでもしちゃったらどーするわけ」

「そしたら責任取って猊下とおつき合いさせていただきます」

「そうじゃなーい!」

まるで渋谷みたいなツッコミになってしまう。何かいつもの僕じゃないー!!

「しかも仮にも僕の方が地位が上じゃん!それなのに襲ったりしていいの?」

「スキンシップですよぉー、た・わ・む・れ」

ムーカーつーくー!このオレンジー!

「それにっ、僕とつき合うって何するんだよ!」

「そりゃ最終的にはあんな事やこんな事を」

「そーいうの嫌だ!」

「じゃあしません」

「…っ、それに、まだ会ったばっかだし」

「オレはあの夜貴方を見た時からずっと好きでしたよ?」

「…あの夜って…少し前の話じゃん…」

「一目惚れってヤツです」

一目惚れ。図らずもそういう表現をされると心なしか照れる。

「確かあの時も可愛いとか言ったよね」

「あ、聞こえちゃってました?オレもまさか声に出しちゃうとは」

「僕も驚いた」

「裏を返せばそこまで可愛くて一瞬にして心奪われちゃったって事」

「……」

そんなストレートに想いをぶつけられた事ないから反応に困る。見つめられた瞳が揺れて、なんだか変。

「で、猊下は?」

「は?」

「オレの事どう思ってるんです?」

「……んー…」

「好きな人いますか?」

「いないケド…」



「じゃあ、オレを好きになって下さいよ」



手をぎゅっと握られた。…全く、なんて直球なんだろうか。
普段の彼はもっと賢そうでいいカンしてそうなのに。こんな所は真っ直ぐなんてね。
変化球思考の僕には考えられない。


それでも、断る理由が思いつかなかった。


「……軽い人じゃないって信用出来たらね」


「やったぁ」


ぱっと笑顔になる目の前のオレンジ髪の人。それが何だかかっこよくて思わず頬が緩んだ。

「…猊下のその笑顔が可愛いんですよー」

「なっ…何言うてんねん!」

「語尾がおかしいっですって」

うっとりした目で可愛いとか言ってくるからじゃないか!と言いたいけど調子に乗られたら困るのでそれ以上余計な事を言わない事にした。

「全く……」

それでも告白は嬉しいものだね。たとえ男からでも。

「じゃあ取りあえず、膝枕でもしましょうか?」

「えー…嫌、筋肉っぽいもん」

「酷いっ、坊ちゃんの膝は良くてもグリ江の膝は嫌なのねっ!」

「渋谷のも微妙だけどねー」

「悔しいっ!グリ江泣いちゃう!」

「……キーモーいー」

「だってぇー、少しずつオレを知ってくれるんでしょー?」

「んな事言って…っわ」

腕を引かれて無理矢理膝枕をさせられる。

「離しませんよー」

「離せなんて言ってないでしょ」

嘘。本当は言おうとしたけど思考が読まれてるのが気に食わなくて。

「……」

驚いた彼の表情を見てしてやったり、と微笑んだ。





end.







おまけ。

(注:小声です)

「ーーーっ!!!」
「おい、静かにしろ!」
「だって2人がっ…!」
「言われなくてもわかってる!」
「…ヨザックもこういう趣味してたんだな…」
「おい!あいつら膝枕してるぞ!」
「えっ!マジで!…村田まさかヨザックを…」
「ふむ、何があるかわからないもんだな」
「村田もか…、なんかショック…」
「何を言ってる…ユーリもだろう」
「そんな事ないって!」
「じゃあさっき抵抗しなかったのは何故だ?」
「うっ……」
「続きをしていいか?」
「いっ…!?ちょ…っ」


強制終了。