それでもきみが







初めておれがヴォルフを抱いた日の事、覚えてる?







夢の淵から現実が手を伸ばして、ふと目覚める夜半過ぎ。
ぼんやりと指を伸ばせばユーリの剥き出しの肩に触れて。
滑らかで、少しだけ冷たくてぼくは摺り寄るかの様に近付いた。

「ユーリ」

「…ん」

確かめるだけのつもりだったのに、名前を呟いたらユーリはゆっくり覚醒した。背を向けていた体をこちらに向けて、薄く開いた瞳を向ける。

「…ヴォル…」

腕を背中に回されてぐ、と胸に引き寄せる仕草を見せるユーリはまだ半分寝ている。
もぞもぞと手を出すとユーリの薄く開いた唇をなぞってみる。
途端、嫌がる様に顔を背けようとする仕草が愛しくて、悪いと思いつつ唇を重ねた。
勿論、舌を入れて。

「んッ…」

功を奏してユーリは、甘い吐息と共に目覚めた。
一度目をぎゅっと瞑って開くと、今度はしっかりとぼくを見る。

「…ヴォルフ、今のはおはようのキス?」

口元に笑みを浮かべてユーリはぼくの前髪をすく。
珍しいとでも言うような口ぶりだ。
無理は無い、いつものぼくなら行為の後は次の日の昼まで起きないからな。

「たまにはぼくが起こしてやろうと思ってな」

「…おはよう、ヴォルフ」

ユーリがにっこり笑う。ぼくの頬に触れると触れるだけのキスをくれて。
それが嬉しくて首に腕を回すと、もっと深いキスをくれた。

「…っ」

舌がゆっくりと口内を這って行く。ユーリに合わせる様に絡ませると、熱がそこから産まれて広がる様だ。行為の前の早急な接吻もお互いを刺激するが、こちらの場合も十分で。ユーリの舌がぼくのと溶け合って、ひとつになってしまう様な感覚に襲われる。
ユーリの舌が歯の裏で、頬の内側で、唇の裏でぼくを犯す度に。

「…ん」

「ヴォル…」

銀糸が切れるとユーリはぼくをゆっくり抱き締める。足を絡ませると少しだけ主張しているユーリのモノが下腹部に当たった。

「…ユーリはやっぱり若いな」

「ヴォルフのせいだろ」

恥ずかしそうに微笑む仕草も愛しい。
ユーリの目をじっと見ると、額に口付けられる。

「そういえばさ、初めておれがヴォルフを抱いた日の事、覚えてる?」

「…初めての時か?」

「…あの時もヴォルフがこうやって、夜中に起きたよな」

そうだった。
ユーリと初めて通じた日の夜中、ぼくは今日みたいにふと目覚めたんだ。
さっきのは夢だったのかとユーリに触れた瞬間の肌の滑らかさを今も覚えている。
いつもなら夜着を着ている筈のユーリが、その日は一糸纏わぬ姿で眠っていて。
思わず胸が熱くなった。

「あの時もユーリを呼んだら起きてくれたな」

「…実はあの時、起きてたんだよね」

「そうだったのか」

あの時もユーリの背に寄り添って名を呼んだら、ゆっくりと胸に抱いてくれた記憶がある。
あの日から随分経ったが、今でもそれは忘れる事は無く。

「ヴォルフが起きて、おれを呼んだ時はドキドキしたよ」

「懐かしいな」

「あの時のヴォルフ可愛かったよな、ガチガチに緊張して」

「それはユーリも同じだろう。何度も入れ違えて」

「うわ、それは言うな」

ユーリとぼくが通じたのはお互いの気持ちを確認してしばらく経ってからだった。
ユーリはぼくに好きだと告げてからベッドでは寝なくなり、いつもぼくがユーリのベッドを占領していた。ユーリとしては我慢の為だったのだろう、ぼくもユーリがその気になるまで待つかとあまり無理強いはしなかった。何故ならユーリは見ての通りのへなちょこで、幾等気持ちが通じたとは言え直ぐに体の関係を持てる様になるとは思えなかったから。
接吻をするのでさえ、お互い照れ臭くて仕方なかったあの頃。

「今ではこんなに、余裕な態度も取るのにな」

「それは慣れってやつで」

「昔のぼく達に見せてやりたい位だな」

本気でそう思う位、ユーリは奥手だった。
ユーリの名誉の為に告げては無いが、あの頃何度もユーリがベッドで寝ているぼくの頬や髪に口付けていたのを知っている。
夜中にベッド代わりにしていたソファから降りて、ベッドサイドに立ってぼくの名前を優しい声で呟いていたのも知っている。
髪を撫でて、普段なら言わない愛の言葉をくれたのも知っている。
それは全て、ぼくの一番の宝物だ。

「いーよ、恥ずかしいだろ」

「昔のユーリに見せたらそれだけで達してしまそうだな、なんせ刺激が強いだろう」

「こら、ヴォルフ」

挑発的に笑うとユーリが口を尖らせる。
きっとユーリも思い出しているのだろう。
初めての日、ユーリがぼくのベッドに初めて入ってきて、抱き締めてきた事。
その時点で既にユーリのソコは勃ち上がっていて、ぼくの夜着越しにそれが触れた瞬間、熱が上がった。
交す口付けも拙い物だったけれど、ユーリにされるだけでぼくは心臓が高鳴り、それを聞いてユーリは嬉しそうに微笑った。
お互いに素肌を晒して、ぼくが主張し過ぎているユーリのをゆっくり握った瞬間、それが弾けたのには驚いたが。

「あの時は驚いたからな」

「…それは若かったから仕方がないの」

頬を染めて口を尖らせている姿を見ると、さっきまでぼくを泣かせていたユーリだとは思えない程に可愛らしい。
あの時もユーリはぼくを泣かせたけれど、それは痛かったからであり。

「…この対称的な所が魅力なのかな」

「どういう意味?」

「ぼくはユーリの優しさと激しさの両方に惹かれてしまう」

あの時、ユーリが狭いぼくの中に入ろうとして何度も失敗した挙げ句入り込んだ時、痛いと声を上げたぼくに向かってどうしてもひとつになりたいと無理に腰を進めたユーリの目は雄の色をしていた。
いつもはぼくに気を遣っていてくれた優しいユーリでは無く、情欲に染まった艶やかな気配を身に纏っていたユーリはとても美しく。
ぼくを求めている姿は堪らなく煽情的で、こんな視線を向けられたら誰でも体を許してしまうと思った。

「…ヴォル、そういう事言われると照れちゃうから」

「どうしてだ?褒めているのに」

「…ありがとうゴザイマス」

「ユーリ、自覚が無い様だから言うが…ユーリはぼくと通じてから目に見えて魅力が上がったぞ」

「え?いきなり何だよ」

「…今までは幼気な印象も見えていたが最近ではめっきり大人っぽくなって」

「…」

「…そのくせ自覚も無くメイドや巫女にヘラヘラしてるからぼくは心配ばかりしてるんだぞ?」

呟きながら赤く染まる頬を恥ずかしく思いながらも、ユーリに抱きつく。
すると髪に触れる柔らかな唇。

「もー…そういう事言われるとおれ、悪いけど嬉しくなっちゃうんだけど」

「…へなちょこめ」

「だってさ、そんなの杞憂だろ?…おれはヴォルフの婚約者だし」

「…婚約者だからか?」

「…好き、だからな」

全く。促さないと言ってくれない所は昔と変わらない。ぼくが寝ていれば甘い言葉も囁くのに。

「ユーリはやっぱりへなちょこだな」

「へなちょこ言うな」

「だからぼくは…ユーリに今でも焦れる」

「…ヴォルフ」

ユーリがぼくを好きになってくれる前から、止まる事は無い愛しさ。それはとても嬉しい事で、幸せな事で。

「ユーリは笑うかもしれないが、ぼくはそんな自分を誇りに思っているんだぞ?」

少しだけ大人になったユーリの頬に指を添えると、その上にユーリの手が重ねられる。

「笑わないよ。おれだって、今でもヴォルフを抱く時ドキドキする…凄く」

「ユーリ」

「それにおれ、ヴォルフに愛されてる事が誇りだって思うし」

「…ユーリっ」

「わっ」

「…ん?」

嬉しくなって抱き付くと、密着した体に堅いモノが当たった。
それは先程よりも成長を遂げていて。

「ヴォルフ…」

照れ臭そうに様子を伺う瞳がやはり愛しい。
仕方ないな、と笑うとユーリの嬉しそうな顔。

「ユーリのへなちょこ」

「…へなちょこだよ」

だから。
だからぼくはユーリが好きなんだ。
それでもぼくを精一杯好きでいてくれるユーリが好きなんだ。
そういう事は、まだ面と向かっては言えないけれど。いつまでもユーリがぼくを好きで居てくれる限りぼくは、あの時の様な気持ちでいれるから。

「…明日は昼過ぎまで寝かせてもらうからなっ」

「はいはい」






そう

ぼくはいつまでも、ユーリに焦れる。










end.


「陛下のお相手アンケート」1位記念。