ミルキーウェイ






上手い言葉が見つからない、とユーリは言った。



「閣下、今夜は流星群が降るらしいですよ」

「そうなのか」

「ええ、ぜひ見てみては如何ですか?」

「あぁ、そうする」


夕食を終え、部屋に戻ろうとした時に声をかけられた。
思わず苦笑すると目を丸くしたが、すぐに微笑み返された。

「ご機嫌ですのね」

「…かもな」

つい笑ったのは丁度、同じ様な事を考えていたから。




「ご機嫌…か」

呟きながら部屋の扉を開け、月明かりの差し込む窓に近づき、ゆっくりとカーテンを開けた。
夜空に目を向ければ満天の星空。

「…凄いな」

思わず、言葉が口から漏れた。
窓を開けて外に出ると、視界に広がる景色が全て輝いていて。手すりに手を置いて子供の様に身を乗り出した。




『もうすぐ七夕だなー』

『たなばた?それなーに?おとーさま』

ユーリがそんな事を言ったのを思い出したのは夕食中。ユーリが知ってる中でも女の子向けの話だったらしく、娘が目を輝かせて聞いていた。

『じゃあ、その日にふたりは会えるんだねー!』

『うん、でも1年に1度しか会えないんだけどな』

『えー!そんなのかわいそうー、グレタだったらやだ!』

作り話にも正直な感想を述べる娘に、ユーリは満面の笑みを浮かべる。

『おれもな、最初聞いた時は嫌だって思ったんだ』

『そーなの?』

大きな瞳を丸くして首を傾げる娘の頭を撫でて笑うユーリは、親らしい表情になっていて。

『うん、年に1度しか会えないなんて…って思ってたけど、でもさ』

膝に抱いた娘が身を乗りだす。落ちそうになって慌てて腰を抱きしめると、はにかんだ笑顔に振り向かれた。

『1度しか会えなくてもその日までちゃんと心が繋がってるなんて、凄いって思う様になってさ。ほら、グレタとおれがなかなか会えなくても、心はいつも繋がってるだろ?』

それこそ愛なんじゃないかな、と笑うユーリに、娘は顔をくしゃりとさせ、嬉しそうに笑った。

『…うん!』

ユーリにしては上等の口説き文句に娘はすっかり舞い上がり、僕の胸に寄りかかって手を握った。

『えへへー』

嬉しさが体中から溢れている様な仕草に、僕も何だか嬉しくなったのを覚えている。




「…綺麗だな」

流星群が雨の様に夜空に降り注ぎ始めた。小さな砂糖菓子が落ちてくる様だ。
星が密集している部分をユーリは「アマノガワ」と呼んでいた。そこで年に1度、離れ離れになっていた恋人達が出会うと。
そんな事を思い出すと、ユーリに会いたくて仕方ない。




『なぁヴォルフ、さっきの話だけど』

娘が眠った後でユーリがそっと呟いた言葉。

『何だ?』

『さっきの台詞、お袋の受け売りなんだよね』

そう言ってはにかみながら、グレタには内緒な、と口元で指を立てた。

『なかなか上手い事を言うと思ったら』

『バレてた?』

やっぱり、と笑いながら夜空を見ているユーリはとても綺麗で。

『あぁ』

微笑いながら頷けば、ユーリは手すりにもたれかかり目を細めた。

『ヴォルフならどう思う?』

『何がだ?』

『年に1度しか会えない恋』

ユーリの髪がさらりと夜風に揺れる。

『ぼくなら…好きな相手とはいつでも側にいたいけどな』

『……うん』

グレタの意見に賛成だ、と言うとユーリはふっと笑顔になり。つられる様に口を開く。

『じゃあ…本当のユーリの意見はどうなんだ?』

聞くと、ユーリが目を合わせて考える仕草を見せた。

『…うーん』

−上手い言葉が見つからないんだけど…




「…今なら、何だって叶いそうだな」

数百年に1度の流星の大群に目を奪われながら、遠くに居る2人を想う。
無数の流星が空を滑る様に、数え切れない願いが星に掛けられるのだろう。

願うだけで叶うとはもう思わないけれど、目を閉じて呟いた。




『…嫌だけど良いかも』

『どういう意味だ?』

『だから嫌だけど…良いかなって』

『だからそれはどういう意味だと聞いてるんだ』

睨むと、ユーリは少し困った目をした。

『何か上手い言葉が見つからないんだけど…この関係ってさ、おれと……眞魔国みたいなものだろ?』

そう話す少し頬が赤いのは気のせいか。

『おれはたまにしか来れないけど…それでも、会える事を願ってるし』

『…そうか』

『本当はいつも側にいたいけど、おれにはあっちの生活もあるし』

ユーリの頬が緩み、恥ずかしそうに笑った。その仕草に胸が鳴るのは仕方ない事だろう。

『あぁ…』

『だけどこういうのも良いかなって思うんだ。ほら、会えない時間が………な、なんとやらって言うじゃん』

『なんとやら?』

『…そ、そういうことわざがあるんだよ!』

『?』

急に慌てるユーリを怪訝な顔で見つめると、何故か頬を真っ赤に染める。
不思議に思いつつも、国を想うユーリの言葉に、自然と頬が緩んだ。





「…寝るかな」

ユーリの気持ちはいつだって、色々な方面に向いている。
そんなユーリと共に居ると沢山の知らなかった気持ちを得る事が出来て。それは幸せな事だとも、思う。
そう思いながら部屋に入ろうとしてふと、思い出した。

「……あれ?」

−『会えない時間が…なんとやらって言うじゃん?』


会えないって…誰と『会えない』なんだ?


「そういえば…」


−『会える事を願ってるし…』
−『いつも側にいたいけど…』


あれは、どういう…


バッシャーン!!


「!?」

「うわあっ!?」

激しい水音がしたかと思ったら、それに続く聞き覚えのある声。

「ユーリ!?」

声が聞こえた方に急ぐと、部屋のバスルームで寝間着姿のユーリが水浸しになっていた。

「…うひゃー、びっちゃり…あ、ヴォルフ」

「ユーリ」

目が合うと水の中から手を上げて微笑んだ。久々のユーリの笑顔に、驚きで頬が緩む。

「……」

「ど、どうかした?」

何も答えないぼくを不思議に思ったのかユーリが首を傾げて問う。
だって、びっくりするじゃないか。

「…いや、何でも」

願いがこんなにも早く叶うなんて。

「…そう?…あ、今日七夕なんだぜ?ホラ、この前話した」

笑うユーリはまだ着た時と同じ体制で。何があったかはこれから聞くとして、取りあえず着替えさせないと。

「あぁ、アマノガワが綺麗だぞ」

自然に滲んでくる笑みを抑えずに、手を差し伸べた。
握るその手は、濡れていて温かい。

「ホント?うわ、早く見ようぜ!」

途端に目を輝かせるユーリに胸を高鳴らせながら身を引き上げた。
廊下に響く王佐の声にユーリは苦笑しつつ、それでも凄く嬉しそうに目を細める。

「ユーリ」

「ん?」




そうだ、後で2人っきりになったら聞いてみようか。



「おかえり」



ふと湧き出た疑問を、ゆっくりアマノガワを眺めながら。
そして気が向いたら、星に願いをかけた事も。



「…ただいま!」



たまにはこんなろまんちっくな夜も、悪くない。





end.