星降る夜に
「ユーリ、何ニヤケてるんだ」
「え?…あぁ、思い出し笑い」
「えー、渋谷やーらしい」
「な、何でだよっ!」
−時刻は夜。広大なシマロンの大地の上で、ユーリと村田、そしてヴォルフは円を囲んでいた。
ヨザックは少し離れた火の元にいる。
寝付けないユーリにつき合い、2人は布団代わりの布を羽織る。
「思い出し笑いする人ってやらしいんだよ」
小学生並の嘘をつく村田。しかしユーリはそれを嘘だと気づかない。
「え、そーなの?」
「そうそう。だから渋谷は相当ムッツリ」
「んなわけねーよっ!」
助平度を指摘されて頬を染めて慌てるユーリを、可愛い奴だなぁ、と大賢者は思う。
「ムッツリとは何だ?ユーリはムッツリなのか?」
「へ?そ…そんなんじゃないってば!」
ヴォルフの言葉にまたユーリは顔を赤くする。狙って言ってるわけじゃないから普通に聞かれる方が余計に恥ずかしい。
「おれは健全っ…な…ハズ」
言い切れはしないけど。大体どこまでが健全なのかがわからない。エロ本をこっそりベッドの下とかに隠してるのは健全なのか?いや、おれはそんな事してないけど。
「エロ本隠してる程度はまだ健全だよ」
見透かしたように村田が笑った。
ユーリが何でおれの考えていることわかってんの?と言いたげな目で村田を見る。
「そりゃ、一心同体ですから」
またまたさらっとそう言いのけると、ユーリの髪に触れた。
「な、何?」
一心同体発言にちょっと嬉しさを感じた(あくまで友情として)ユーリは村田のいきなりの行動に少し驚く。
「いや、ゴミついてるから」
そう言うと村田は髪についたゴミを取ってやる。
「あ、ありがと」
ユーリにお礼を言われながらちらりとヴォルフに目を向けた村田は、睨まれていた事に気づき少し驚いた。
その目が嫉妬の色に満ちていたから。
「あれ、もしかして妬いてたり?」
わざとらしく言ってみるとヴォルフはカッと赤くなる。こんな事で妬くような奴だと思われたくないのだろう。
「へ?何でヴォルフが焼くの?」
当の本人は妬くの意味さえ勘違いしているから。
「別にそんなんじゃないジャリ!」
ジャリ語再発シマロン平野。ユーリは何故ヴォルフがジャリ語を使いだしたのか、不思議そうに首を傾げる。
村田はそんなヴォルフの様子を見て、楽しそうに笑う。
「そう?」
そう笑うと、おもむろにユーリの肩を抱いた。腰を移動させて密着する。
「ん?何だよ村田」
ユーリは別に動じず、隣の村田を見る。
「何か寒くなっちゃってさっ、くっついてていい?」
そう言うと返事を待たずにユーリの肩にもたれかかる。
「わ、村田甘えんぼみたいだぞ?」
「僕は生まれついての水飴かけチョコバナナだから」
「おえ、甘そう。てゆーか不味そう」
「ついでにベタベタしてるから」
村田はそう言うとユーリの手の平をぎゅっと握った。
「なっ……!」
ヴォルフがその行動にすばやく反応する。
「村田?」
流石にこれにはユーリも反応する。
「渋谷の手ってあったかーい」
だが、悪気もなさそうにそう言われると振り払うことは出来ず、ユーリはそのまま手を握った。
しかしヴォルフは村田の挑発的な行動にプッツンしそうになる。
本来ならば直ぐにでもそのくっついた体を引き剥がしてやるところだ。だがユーリと村田はチキュウにいる時からの知り合いらしいし、何よりユーリが嫌がっていないのがヴォルフの行動を制止した。
「ねぇ渋谷」
「ん?」
「僕達こーしてると地球に居るときに戻ったみたいだよね」
こてん、とユーリの肩に頭を預けた村田は甘えた声をだす。その姿はまるで久々に2人っきりになれて楽しそうな恋人同士。
そんな村田の発言にヴォルフはついにプッツンした。
「っ、なんだと!?」
いくら成長したと言っても、好きな人の事となると所詮こんなものだ。もう相手が大賢者様だろうが炊飯ジャー様だろうが愛の前では関係ない。
「ユーリッ、お前あっちの世界でまさかっ」
「ち、ちゃうちゃう!まさかそんな事はないからっ!」
チャウチャウ犬の様な返事をしながらユーリはぶんぶんと首を横に振る。一体そんな事とはどんな事だろうか。
「村田もっ、なんだよいきなり!いつおれとお前がこんな風に寄り添いあったんだよッ」
友人の突然のドッキリ発言に慌てつつ目をやる。
「忘れちゃったの?あのめくるめく愛と官能の日々を」
弁解すると思いきや逆に寂しそうな目で訴えられ、ユーリは益々慌てる。
「ななななんだその愛となんちゃらの日々って!」
「官能」
「ハッキリゆーなッ!」
「何ッ?ユーリ貴様どういう事だッ!?」
ユーリに食ってかかるヴォルフ。そのえらい剣幕にユーリは焦る。
「ど、どういう事って言われてもどういう事でもありまセンッ」
思わず敬語で応答。大賢者は将来嫁の尻に敷かれるユーリの図を思い浮かべひっそり苦笑する。
「では本当だというのかッ?この尻軽ッ!」
「本当も何も全部嘘だから本気にとらないでくれえっ!」
冗談の通じない婚約者だ。罵られまくっている友人が気の毒になってきて、村田は仲裁を図る。
「まぁまぁ、今は何でもないからさ、過去の事は水に流して」
仲裁になっていない。
「何?昔の話か?ぼくと婚約する以前の話であるなら致し方ないが…」
「ちーがーう!致し方ない以前におれは16年間誰ともつき合った事もありませんッ!てか村田お前楽しんでるだろ!」
「やだなぁ渋谷、僕はそんな腹黒くないよー」
じゃあ少しは腹黒いのか?とユーリは思ったが、悪びれない村田は楽しそうに言う。
「だっておもしろくてさぁ」
そう笑いながらヴォルフと視線を絡ませる村田。ユーリの肩にもたれながら営業スマイルを向けるとキッ、と睨まれる。嫉妬って怖い。
「あ、冗談だからね?」
怒りをかわすようにまた微笑むと村田はふわぁ、と大きな欠伸をする。少しぼんやりとしていたが寄りかかったまま目を瞑った。
「ぁー…渋谷ぁ、僕眠くなっちゃったから寝るねー」
「え?じゃあちゃんと火の近くで…ってもう寝てる!?」
羊を数える暇もなさそうな寝付きの早さで村田は寝息を立てる。遠くでTぞうがンモっ、と鳴いた。
「お前はのび太かよ」
ユーリがそう呟くと村田がむにゃむにゃと何か言う。
「…ドラえもーん…」
「お前起きてるのかっ?」
ナイスツッコミ的な寝言に起きているのかと一瞬疑う。だが村田は穏やかな寝息を立てて肩に寄りかかっている。
「ムラケーン、カゼ引くぞー」
仕方なく揺さぶって起こそうとしたがその手をヴォルフが止める。
「ん?」
「寝かせておけ、疲れているのだろう」
そう言うとヴォルフはユーリの隣に移動する。先程より3人の密着度が増して少し暖かい気がした。
「…辛かったら寄りかかっていいぞ」
「え?あぁ、大丈夫だよ。村田そんなに重くないし」
そう言ってヴォルフの方を向くと村田が肩からずれ落ちる。
「わ、危ない」
仕方なさそうにユーリが村田の頭を膝に乗せる。顔をあげるとヴォルフがその光景を睨むように見ている事に気づいた。
「な、なんだよ」
思わず声が裏返る。
「い、言っとくけど村田とは本当、何でもないからな?」
「…本当か?」
「本当だって!おれ達男同士だぜっ?」
訝しげに見てくるヴォルフに焦りつつユーリは首を振る。張本人村田は膝の上でのんきな寝顔を晒している。涎も垂れそうだ。
「そんなの関係ない」
そう呟くと、ヴォルフは目線を逸らした。会話が途切れる。ユーリは不思議に思い、ヴォルフを覗き込む。
「ヴォルフ?どうかした?」
「何でもない、少し思い出しただけだ」
何が?と思いつつ見ているとヴォルフはユーリの視線に気づき、軽く微笑む。
その綺麗な表情にユーリはドキリとする。
「……何を思い出していたんだ?」
「え?」
ヴォルフ見惚れていたユーリは突然の質問にハッとする。
「さっきにやけていただろう」
「あ、ああアレね」
ユーリは笑うと、恥ずかしそうに下を向いた。
「何かヴォルフと一緒に居たら血盟城での事思い出してさ」
ヴォルフがふいにユーリを見つめる。
「ホラ、2人で地下に閉じこめられた事とかあったじゃん」
「ああ、クマハチの時か」
「あの時もこんな風に隣で座ってたなぁって」
先程の村田の言葉を思い出しながら呟く。決して恋人同士な展開じゃなかったけれど。
「そうだな、あの時は大変だったな」
「食われちゃうかと思ったよ、でもあんな可愛いハチだとは思わなかったなぁ」
「まったくだ」
ユーリが懐かしそうに笑うと、ヴォルフもユーリの笑顔につられ一緒になって微笑む。
「だけど…」
ユーリはふっと言葉を詰まらせ、伏し目がちになる。
「あの時も…」
そこまで言って、黙り込む。次の言葉を探すように。
「ユーリ…」
コンラッドの事を思い出しているのだろう。
あの時、もうダメかと思った時も彼が駆けつけてくれた。いつも助けてくれた爽やかな笑顔。思えばユーリの思い出にはいつもコンラッドの姿があった。
それはヴォルフにとっても同じ事で。
先程もユーリにおれ達男同士だろ、と言われる度それを見ながら楽しそうに微笑うコンラッドの、その暖かい瞳を思い出していた。
寂しげな表情のユーリの肩をそっと抱き寄せる。
「?」
肩に寄り添う格好になり、ユーリは思わずヴォルフを見上げる。
「言ったろう。辛かったら寄りかかっていいと」
そう言うとヴォルフはユーリに微笑みかける。
「…ヴォルフ」
−きっとヴォルフだって辛いはずなのに。不安なはずなのに。おれの心配をしてくれて…。
「ごめんな、へなちょこで」
守ってもらってばっかりで。
「そうだな、お前はへなちょこだ」
ヴォルフが眉を下げて微笑う。肩を抱く手のひらに力がこもる。
「…うん」
「でも」
でも?
「誰よりも強くなれる」
遠くで流れ星が光った。
「それまでぼくがずっと守ってやるから」
そう言ったヴォルフの表情は、とても格好よくて。ユーリは目頭が熱くなるのを感じた。
「…ヴォルフ」
ヴォルフの目を見てユーリが微笑む。
「ありがと…凄く嬉しい」
泣き出しそうな顔で微笑まれたヴォルフは少し頬を染める。
「おれ…きっと強くなるから、ヴォルフの為にも…コンラッドの為にも」
あと国の為にも、と呟きながら泣き笑いではにかむ。ヴォルフと視線を合わせると、ユーリは胸の奥が疼くのを感じた。
「ユーリ…」
ヴォルフが愛しそうな目でユーリを見つめ、肩を抱いていた腕をくいっと引き寄せる。
「…え」
余りにも切なそうな瞳を向けられ、ユーリはまさか、と思う。しかし天使の眼差しに射抜かれたユーリは目を逸らせないままだ。無理もない。眼前には世界にふたりといない超美少年。中性的な顔立ちは男だと知らなければ惚れてしまう程だ。そんな美丈夫に目で訴えかけられてはいくら男と言えども動く事は無理だ。
「なっ…ちょ…」
途切れ途切れに意味不明な言葉を呟くが、そっと頬に添えられた手を拒む事もできない。
ヴォルフの顔が少しずつ近づいてきて、ユーリは顔が赤くなるのを感じた。
「え……」
キスが来るっ!と思わず目を閉じようとした瞬間、ちらりと見えた視界の端と目が合った。
「ギャッ!」
変な叫び声を上げ、ユーリが慌てて身を引く。膝に目を向けると、寝ていたはずの村田がじーっとこちらを見ていた。
「ななななななっ!」
「777?スロットでも揃った?」
脳内スロット大フィーバー。
口をぱくぱくしながら真っ赤になるユーリを見ながら村田はむくっと起きあがる。
いつもの笑顔を向けるとユーリがやっと口を動かした。
「お、起きたなら言えよ!!」
自分のキスシーン(しかも男との)を見られそうになった恥ずかしさでユーリは逃げ出したくなる。穴があったら入りたい。寧ろなくても掘りたい。
「いやー、ちょーど目が覚めたら2人の世界に突入してたからさ」
村田は平然としながらユーリとヴォルフを見る。親友のキスシーンを見ても動じないとは流石は大賢者。
「だからって凝視するなー!」
慌てるユーリの横で、折角のチャンスを邪魔されたヴォルフは不服そうな表情をしている。
「今更照れなくてもいいだろう、お前はぼくの婚約者なんだぞ」
「見られてたら照れるにきまってるだろー!?しかも今更とは何だっ」
「何を今更」
「そうじゃなくって!」
「別に続けてくれてもよかったのに」
寧ろ見たかったなぁ、と村田は笑う。
「そうだ、見られていてもいいではないか」
ヴォルフが真面目に言うからユーリは真っ赤になる。
「お前は恥ずかしくないのかよっ」
「何故だ?ぼく達の仲は公認なのだから見られて恥ずかしいことはないであろう」
「そうだよ渋谷、何なら僕寝たフリするけど?」
「よくなーいっ!村田も寝たフリすんな!」
此処にはまともな奴は居ないのか、とユーリは泣きたくなる。
「渋谷顔真っ赤だぞー」
「うるさいっ!もーおれ寝るっ!寝て全てを忘れてやるっ!」
そう言うと立ち上がってヨザックの元へ走り去るユーリ。後ろ姿に涙が滲む。それをヴォルフが追いかける。
「まてユーリっ!まだちゃんとしてないぞっ!」
何がだ。
「待ってよ2人とも、僕も寝るー」
村田も立ち上がると、短い欠伸をしながら可愛い友人とその婚約者の後を追う。
「いーもん見れたなぁ」
全速力で逃げ去るユーリと逃がさないと追うヴォルフを見て、2人の未来を予想してまた苦笑する。
「あ」
夜空を見上げ足を止める。
「流れ星だ」
煌めく星に小さく何か呟くとグリ江の元へとまた走り出す。腹の中では小さく笑いながら。
『渋谷に沢山の幸せが訪れますように』
−その夜、シマロンの空には沢山の流れ星が降り注いだ。
迷いある者の道を明るく照らすかのように。
end.