渋谷くんの恋人(後編)




「ああ、私の作った名付けて、マジョトアナタノカミカークシィ・恋液ですね!」

なぜかエセ外人風な読み方。つーかまた神隠しかよ!

「それにしてもそれは飲み物であって浴びる物ではありませんよ?それに意中の相手に飲ませる物ですし」

『ぐっ…ちょっとした事故があったんだ。それより飲むと縮むなんて事は聞いてないぞ!』

ミニヴォルフのキーキーうるさい反撃にもアニシナさんは全く動じない。グヴェンに至っては弟の現在までの経緯を思い、哀れみの表情を浮かべている。

「意中の人をずっと独り占めする為にカゴに入る大きさに変えたのです。しかもちょっとは自由がきくように飛ぶ能力もプラスしておきました」

それってカゴの中の小鳥状態?

「最初の実験台は陛下になる予定だったのですが…まぁ、プーでもよろしいですね」

「ちょっと待て!ヴォルフはおれに飲ませるつもりだったのか?」

『当たり前だろう、お前はいつもフラフラとあちらこちらに目が行ってしまうからな。婚約者を大切にするようにもらってきたのだが…まさか縮んでしまうとは思わなかった』

わがままプーはおれの肩に乗ったまま、まさかこんな展開になるとは、と呟いた。

「それでヴォルフラム、小さくなってみた感想は?色々アンケートを取りたいのですが」

『その前に戻る方法を教えてくれッ』

「そ、そーだ、元に戻る方法っ」

アニシナさんは、なんだもう元に戻るのか、とでも言いたげに渋々腕組みをした。全身からやる気のないオーラが溢れている。

「その薬は原材料にセントチヒロの卵を使っています。つまり解毒には孵化後のセンチヒの金の粉をかければいいのです」

…やっぱり毒だったのか。一歩間違えばおれが毒の犠牲になったかと思うと背筋が急に冷える。

「ですが解毒剤を作る為に用意しておいたセンチヒの卵がなくなってしまった為、今は作れません」

センチヒと略すなセンチヒと。…ってええ?

『何だと!?』

ミニヴォルフが声を荒げる。

『じゃあどうやって元に戻れば…!あ!』

「あ!この卵!」

さりげなくハモりながらおれ達はミニヴォルフが抱えている小さな生命に目を向けた。

「ああ、それですよ。一体どこで手に入れたんですか?」

「これはコンラッドが」

アニシナさんは納得がいった様に頷いた。

「今晩が孵化の日なんですね。管理室から幾つか卵を拝借していたのがバレてないといいのですが」

実験材料を城からパクっていた赤い悪魔こと毒女アニシナはにっこりと微笑んだ。

「では解決方法は見つかりましたね。さて、私は新しい発明をしたのでもにたあを探しにきたんです」

そう言うと既にギャラリーと化していて逃げ遅れてしまったグヴェンダルの首根っこをぐいと掴んだ。

「や、やめろっ。私はこれから仕事がっ」

「こんな所で油売ってる暇があるのですから私の発明にもつき合いなさいッ」

「うわ、あ、あ」

グヴェンダルはその時、二度と気まぐれで誰かに声なんかかけない、と思ったとか思わなかったとか。

「…ご愁傷サマ」

怪力魔女アニシナさんにずるずる引きずられていくグヴェンを見ながらおれとミニヴォルフはゆっくり目を閉じた。全員もくとおー。

『…とにかく戻る方法が見つかってよかった』

ミニヴォルフがホッとしたように息を吐く。
おれがすっと手を差し出すとミニヴォルフはその上に乗った。なんだかエスコートしてるみたいだ。
しかしその先はマイ・ポケット。

「そうだなー、何か数時間の間に色々味わった気分だよ」

ここでの生活は毎日刺激たっぷりだけどね。

『…ぼくはもう疲れた。早く元に戻りたい』

部屋に向かいながらミニヴォルフが弱音を吐く。小さいなりに大変なんだろうな。空飛ぶのとか。怒るのとか。わがままするのとか。
だけどほんの少し、このままでもいいかな、なんて思ってしまう程ミニヴォルフは可愛らしい。
とてもギャルゲー好きの兄貴には見せられない。




『ふぁぁ…ぁ』

むにゃむにゃと眠そうにしだしたミニヴォルフは、部屋に帰るとサイドテーブルにへたりこんだ。おれはその横にハンカチを何重にも重ね、セントチヒロの卵を置く。

「ヴォルフ寝るなよ」

『…わかっている』

といいつつも早くもとろ〜んとしちゃっている。呆れながらカーテンを開けて月の光を取り入れる。幻想的空間なんかを演出してみちゃったり。

『……ユーリ』

「ん?」

おれはベッドに腰掛けてミニヴォルフと卵を見比べる。

『今日は……有り難う』

「え?」

おれは耳が遠くなったわけでもどこかに絵が見えたわけでもない。ただ純粋に聞き返しただけだ。ヴォルフの口から想像つかない感謝の言葉なんかが出るなんて!

『…コンラートがもっとユーリを信じてやれと言っていた…。ぼくはそんなにユーリを信じてないように見えるか?』

何言ってるのこのプーさんは!?何で真剣モードなんですか?なんだかこっちまで緊張してきたじゃないか。

「ハァ、信じる信じないの意味がよくわかりませんがちょっとやりすぎかなぁ、と」

『しかしユーリはぼく以外の奴らとも仲が良くて…好かれる事は悪い事ではないのだが…コンラートの事は凄く慕ってるし…』

「だってコンラッドは名付け親だから」

『それ以外にもお前は色々な場所で様々な誘惑を受けていつかフラフラとなびいて仕舞いそうだ』

ミニヴォルフは俯きながら呟いている。

『ぼくがどんな気持ちでいるか知らないくせにッ…』

「…どんな気持ちでいるんだよ?」

そうだ。おれはヴォルフの肝心なトコは一度も聞いたことがない気がする。

『…ッ、もういいッ!』

顔を赤くしたミニプーは卵の後ろに隠れようとする。それをそっとつまみ上げておれの手のひらに乗せた。

「なぁ、ヴォルフはなんでおれの行動に対して怒ったりするんだ?婚約者という立場だから?」

もしそうならば、解消すればお互いにいいんじゃないかな。

『っ、そうじゃない……!』

ミニヴォルフがおれの目を見る。碧い目がキラキラと光る。

「じゃあ何で?」

ミニヴォルフは一瞬保っていた表情を崩しそうになった。それをどうにか持ちこたえながらおれを睨んだ。

『ユーリが好きだからだ…』

−ドキン。心臓が早鐘のように鳴り響く。なんか、なんでこんなにドキドキしちゃってるんだ?

『1人の魔族として好きだ……』

こんなこと言いたくなかったのに、と言うようにヴォルフは後ろを向いてしまった。おれは慌てて謝る。

「ごめ…まさか本気で想ってくれてたなんて思わなくて」

『だからへなちょこなんだ!ぼくがこんなに気にかけてるのにギュンターには顔を近づけるしコンラートとは仲良く話すし……イライラして仕方ない』

最後は掠れたような声。ヴォルフのこんな姿見た事ない。

「なぁ、こっち向いてくれよ」

後ろを向いたままのヴォルフに声をかけるが返事はない。改めて自分のへなちょこ振りを思い知る。こんなに好いてくれていた事を知らなかったままだったから。

「ヴォルフ」

−なんだろう。月の光って人を素直にさせるのかな。いつもより優しい気分になれそうな気がする。

「ヴォルフ、こっち向いて」

なんか、おかしいかも、おれ。…すげー愛しく思えちゃうんですけど。

『………』

「な?」

『……仕方ない…ん!?』

ちゅ。

振り向いたミニヴォルフに一瞬だけ、キスしちゃった。

『んんんんん!?ッ、今、何した…』

「あ!」

ピピッ、という音にサイドテーブルを見ると、卵にヒビが入っていた。生命の誕生だ。
月光にきらめくビー玉からゆっくり虹色の頭が出てくる。幻想的で、何か非現実的。次の瞬間、5回転程卵が回ったかと思うと、すっぽーんと妖精が飛び出してきた。
嗚呼、妖精すっぽんの誕生。

「す、凄い…」

発光タイプの妖精らしく、月明かりの中で虹色が眩しい。華麗に舞おうと羽根を動かすがどうも上手くいかない。

「まさか色々と衝撃を加えたから…?」

『それは有りうるぞ…』

出産前の妊婦に障害物競争でもさせたような1日だったし。
かなり一生懸命になってきた妖精を見て、ミニヴォルフが近くまで寄る。

『こうやって飛ぶんだ、こう』

羽根は無いがふわふわと飛ぶ。足で地面を蹴り、その衝撃でふわりと舞う。妖精はそれをじっと見て真似をしてみるがすぐに落ちてしまう。

『支えてやるから、ホラ』

虹色妖精の体を支えて一緒に飛ぼうとしている。取りあえず手足があるみたいだけど小さくてよく見えない。

「がんばれーヴォルフ」

声援を送る。おれの出番はないし。

『…ん?羽根に何か絡まってるぞ。金と銀の糸…?』

金色と銀色の糸が一本ずつ、光輝く羽根に絡みついている。

「それをとってあげたら飛べるんじゃないか?」

『だが、複雑に絡まってていて切った方が早そうだぞ…』

「心臓と繋がってたらどうするんだ?切るなんてダメだ」

『…面倒くさ…』

「その原因を作ったのはおれ達かもじゃん!な、ヴォルフ」

ミニヴォルフはおれを見て頬を染めた。小さく俯くと金銀の糸に手をかけた。

『…仕方ないな…』

どこか笑いを含んだ声におれはホッとする。なんだかんだ言っていい奴だよな。
ミニヴォルフは指を動かしてゆっくり糸をほどいていく。グヴェンがやったらその糸であみぐるみでも作りそうだ。
妖精はおとなしくほどいてもらうのを待っている。同じような小ささのミニヴォルフに安心してるんだろうか。なんだか微笑ましい光景。

『…ユーリ…』

「なに?」

『…さっきのは何だ?』

「さっきのって?」

ミニヴォルフがキッとこちらを睨む。

『…それまでぼくに言わせるのか!』

だって可愛らしいんだもん。怒ってる姿も小さいと怖くないし。それに、恥ずかしいし。

「ほら、手ぇ止まってる」

『……、もう知らん』

肩すかしにあうのはいつもの事だ、と言うようにミニヴォルフはまた指を動かし出した。

「どう?ほどけそう?」

『ああ、ここをこうすれば…と』

最後の絡まりを取ると、金銀の糸はお互いに離れあった。座っていた妖精がゆっくり立ち上がる。

「お、飛べるか?」

羽根を2、3度動かすと体がふわりと浮いた。おれはその光景にクララが立った瞬間を重ねていた。クララ!立ったのね!

『…ふぅ』

ミニヴォルフが妖精を見て微笑む。やはり切ってしまわなくてよかった。
妖精がミニヴォルフに近寄る。虹色の光りの中でそっと手を寄せて頬に口づけた。ありがとうの意味だろう。

『!』

ミニヴォルフがまん丸い目で妖精を見つめると、妖精はふわふわとミニヴォルフの頭上で舞った。

「わー……」

キラキラと金の粉が降る。これもお礼のしるしなんだろうか。ゆっくりとミニヴォルフが大きくなるのを見て、おれは慌ててベッドに移動させる。むくむくむくーと体が大きくなり、ミニヴォルフはヴォルフへと変身した。イッツ・ア・イリュージョン!

「…はぁ、やっと戻れた…」

元に戻ったヴォルフは美少年らしくふらりと立ち眩みを起こした。イメージ通りです。
妖精はふわふわ舞っていたが疲れたのかハンカチの上で小さく丸まっている。

「金の粉って物を無くすんじゃなくて小さくする粉だったのかな」

神隠しなわけだし。

「んで、小さくなったヴォルフにかけたら反動ででかくなったとか」

「…まぁ、そんなトコじゃないのか?元に戻れた今は別に理由は興味ない」

美少年はぺたぺたとベッドを這って隣に座ってくる。何か近くないですか?

「アニシナさんは金の粉の出し方を知っていたのかな?」

「毒女だからな、毒には詳しいんじゃないのか」

まったくその通りだ、と笑いがこみ上げてくる。ヴォルフもおれにつられて頬を緩めた。

「…ユーリ」

ヤバい。雰囲気が一転する。

「さっきのはどういう意味だ?」

「えと…えーっと」

今年の干支は何だっけ。なんて考えてる場合じゃなくて。段々顔に熱が集まってくる。これ以上何を言えばいいのやら。

「…もうはぐらかさせないぞ」

美少年は口の端を軽く上げると、おれの体を引き寄せる。視線がぶつかって…次の瞬間、唇に柔らかい感触が。

「……」

抵抗しないのはオッケーのしるしとでも言うように、ヴォルフは舌を差し込んでくる。人生初のベロチュー。うわ、うわすげぇよ。
おれは頑なに目を瞑ってされるがまま状態。何ですかこのふわふわした気持ちは!

「ん……」

ぎゃー何か変な声出しちゃった!やたらに恥ずかしくなってヴォルフを引き剥がそうとするけど、一瞬離れた唇はまた加えこむようにくっついて。
ヴォルフの舌が巧みなまでにおれの咥内を探っていって…ふらふらする。全神経がこの行為に集中している気がして余計に恥ずかしい。
おれも少し舌を絡めるように動かしてみると、ヴォルフがそれに応えるように絡ませてくれる。ゆっくりと舌を吸い上げて唇が離れる。

「…っ」

銀糸がつー…と月明かりに光り、めっちゃくちゃ恥ずかしい。
おれは急に解放された反動で、力が入らないまま後ろに倒れそうになる。

「おっと」

ヴォルフが背中を抱きかかえてくれる。おれはまだキスの余韻にふらふらしたままだ。顔は赤いだろうし、口もぼんやり開けたままだ。アホみたいな表情だろう。
しかしヴォルフはそれを見て少し頬を赤くする。なぜだろう。

「…へなちょこ」

「ん…?」

惚けたままの目でヴォルフを見る。ドキドキしてしまうのはきっと、キスだけのせいじゃない。

「お前はぼくの事をどう思っているんだ…?」

生まれてこの方、告白なんかされた事なくて、ましてや男になんかありえないと思っていた。おれはノーマルなつもりだったし…初恋は男だったにしてもだ。
なのになんで、この目の前にいる美少年にこうもときめいてる自分がいるのだろう。どうして小さくなったヴォルフを誰にも見せたくなかったんだろう。好きと言われて嬉しくなったんだろう。

「…認めてしまえ」

わがままプーは勝ち気に笑った。そうだ、もう認めてしまおうか。きっと受け止めてくれる。

「…………すき」

俯いたまま絞り出すように告げた。きっと今にもやっぱりな、とヴォルフが笑ってくれるだろう。
しかし、返事がない。
おれがそっと顔を上げると、そこには

「……ッ…」

顔を真っ赤にして目を潤ませてるヴォルフが。

「え!?何泣いてんの?」

どちらかというと逆じゃありませんか!?
ポロポロッと美少年の瞳から涙がこぼれた。すっごく綺麗。

「……見るな…」

見るなって言われても目が離せない。天使の涙がこんなにも綺麗だなんて。思わず肩を抱いてしまう。

「…嬉しかったとか?」

デリカシーの無いおれの発言にもヴォルフは怒りもせず、ただこくりと頷いた。

「そっか、よかった」

「よかったじゃないッ、ユーリがハッキリ言わないからぼくが今までどんな気持ちでいたかっ…」

泣きながら怒るな。だけどヴォルフはこうきゃんきゃんしてた方が合ってるかな。

「おれだってこんな気持ちだったなんて知らなかったんだ。でも本当はもっと前から好きだったのかも」

そう、全然気づかなかっただけで。

「…だからへなちょこだというんだ…」

泣きやんだヴォルフが憎まれ口をたたく。だけどその顔は嬉しさを堪えきれないようで。

「へなちょこですとも」

おれも一緒になって笑った。










次の朝、おれを起こしにきたコンラッドはヴォルフが元に戻っているのを見て安心した様子だった。
サイドテーブルでまだおやすみ中の妖精を見ながら、同じくまだ起きれないヴォルフを眺める。

「それにしても、よく金の粉が出せましたね」

驚いた風のコンラッドに事の事情を説明する。

「…へぇ、そういう仕組みだったんですか」

「うん、おれ達も驚いたよ。でもコンラッド、よくヴォルフが小さくなったってわかったよな」

何でもお見通しにしちゃすごすぎる。
コンラッドはあぁ、と裏表のない顔で笑った。

「陛下の部屋の前で小さいヴォルフが一生懸命歩いているのを見かけたんです」

「じゃあすぐに助けろっ」

低血圧美少年がいきなり起きあがる。

「でも陛下の所にいくつもりだったみたいだからいいかなぁ、と」

全部計算通りです、と言いたげな瞳。

「この妖精は孵化直後3時間は飛ぶことが出来ないんです。金銀の糸は勝手にほどけるものなんですが…早くほどいてくれたのが嬉しかったんでしょうね」

じゃあ責任感じちゃったおれ達は意味なかったのね。

「結果オーライですよ」

コンラッドがおれ達を見て爽やかに言う。
その言葉におれとヴォルフは目を合わせてお互いに微笑み合った。
まぁ悪くもなかったからいいか。

「そーだな、結果オーライ!」

おれは愛すべき昨日の出来事を思い出して笑う。
好きな人が隣にいて。
おれを大切に想ってくれる。




願わくば、こんな日がずっと続きますように。





end.