内緒のバースデー






年に一度やってくる、とてもおめでたい日。
今日だけは主役気分になれる、この日。

「とは言っても…」

この年になったらそんなワクワク気分も無いだろう。
誕生日は毎年休日で、友達呼んでお誕生会をやるには都合が良いが今まで行った試しもナシ。
その代わり家族は休みなので夕飯は豪華になるが。
それまではなんて事の無い只の休日。
でも。

「……」

ぼーっとベッドに寝転びながらも何故かそわそわしてしまう。
そんな事ある訳無いと解っているけど、無意識に。

「しょーちゃーん?」

ドキン。

「な、何?」

玄関先から聞こえたお袋の声に心臓が跳ねた。
開け放した部屋のドアから階下に聞こえるように怒鳴り返せば、恥ずかしいことに少々どもる。
何だよ、何なんだ俺!

「ママ達今からちょっと買い物してくるから留守番頼むわねー?」

「…ああ」

瞬間、肩の力が抜けた。
そのまま玄関先まで出て行くとお袋と親父がドアを出るところで。

「しょーちゃん、今日の夕飯楽しみにしててねっ」

指をピシッと立てて決めポーズのジェニファーに呆れながらも、はいはいと頷く。
あれ、そう言えば。

「有利は?」

「ゆーちゃんはあれ、草野球」

ドアを開けながら親父が笑う。そうだ、休みの日は草野球だっけ。
でも学生はもうすぐテストじゃないのか?

「ふー…ん」

「じゃ、行って来るわね!」

親父の後に続いてお袋が出て行く。
バタン、と閉じられたドアを2秒程見つめ、リビングに向かう。

「…草野球か」

冷蔵庫から手頃なペットボトルを取り出すとそれを持ってソファに座る。
蓋を開けてぐいっと飲めば炭酸が喉の奥で弾けた。
全く、暇な誕生日だ。

「何してんだか」

呟いても誰も居ない家には俺の言葉が響くだけで。
自分が自分の心を見透かしそうで、ちょっと身構えた。
くそ、何だか気分が悪い。

「…期待して損した」


…は?
自分の口から出た言葉に驚いて立ち上がる。
今おれ、何言った?



コンコン


「?」

『しょーりさーん』

向くと、庭に続くガラス戸の向こうに見慣れた姿を見つけた。
途端に心臓がドクン、と鳴る。

「…あれ?」

その事に自分自身慌てながら鍵を開ける。
カラカラと戸を引いてやると、相手はにんまりと笑みを浮かべた。

「上がってもいい?」

「…どーぞ」

上がるなって言ってもどうせ入ってくるだろうし。
靴を脱いでそこから進入してくる相手に何故だか少し緊張する。

「おっじゃましまーす」

「…てか、お前何で庭から登場してんの?」

寒そうな相手にエアコンのスイッチを入れる。
リビングのドアを閉めるといきなり背後から抱きつかれた。

「うわっ?」

「…名前で呼んでよ」

驚きながらも、…健の拗ねたような声に顔が何故か熱くなる。
な、何だ一体。

「…健」

「うん、そう呼んで?」

甘えたような声色に、一瞬これが女の子だったら、とか思ってしまった。
体から離れた相手はおれの目を見るとにっこりと笑う。

「誰も居無そうだったけど、勝利さんなら居るかと思って」

「理由になってないぞそれ」

「いいじゃん、それより座ろうよ」

おれの腕を掴むと無理矢理ソファに座らせる健。
…ん?座ってるはず、だよな?

「…なんだこの体勢」

どちらかと言うと押し倒されてるような気もするんですが。

「気にしない気にしない」

「気になるわっ」

「だって勝利さん抵抗しないから」

に、と笑う相手にそれならとぐっとつき返す。
するとあろう事かコイツ…

「ひやっ!」

「だからって抵抗されると傷つくなー僕」

「なっ、ななな」

お、おれの腰を撫で回したな今…。

「勝利さん、キスしていい?」

「えっ、ちょー……っ」

抵抗むなしく次の瞬間唇が奪われた。
う、うわ。止めろ止め…。…ぅ、うわ、やべぇ…。
そんなとこ舐め…あ、ゾクゾクする。

「…っ、ん…」

毎度ながらのキスの上手さに、思わず鼻にかかった息を吐いてしまった。
それに気を良くしたのか、絡んでくる舌は濃密度を増し。

「…はっ、…ゃ」

何だか段々力が抜けていく。
体が溶かされる様な感覚に舌を動かす事さえ出来なくて、されるがままに健の舌が這わされる。
あぁ、やべぇ。涎がー…。

「…っは」

ふいに唇が離され、解放された舌がじんじんとなる。
目を開けば健のそれと合って。
ソファが揺れた。

「勝利さん…ヤバいよ」

「は…」

眼鏡を外した健がゆっくりと俺の顔を見たかと思えば、

「…襲っちゃうよ?」

「なッ?」

襟元を下げられたかと思うと鎖骨の辺りに舌が這う感触がした。
舐められたかと思えば吸い上げられ、痛みに似た痺れが走る。

「んッ」

な、何て声上げてんだ俺。恥ずかしいにも程がある。
おそるおそる健を見ると、ゆっくりと顔が上がり。その頬が何故か真っ赤だ。

「…健?」

訪ねれば、虚ろな目でこちらを向いて口を抑えた。

「…やだなぁ、勝利さん反則だよ」

「は?」

「全く…無意識だからやんなっちゃう」

「な、どーいう意味だよ」

「ちょっとゴメン」

言いながら健が体を起こしソファを降りる。意味が解らないまま取り合えず座り直すと、今度は横にぴったりとくっつかれ。

「何だよ」

「大好き」

「……は」

「誕生日おめでとう」

「あ、あぁ…」

「…あー、もう!」

「へ?」

何だ何だ、さっきからどうしたんだコイツは!
人の顔も見ないで好きとかおめでとうとか唸ったりとか…何してんだよ。

「勝利さん…」

「ん?」

腕をギュッと掴まれ、反射的に顔を見るとじっと見つめてくる二つの瞳。

「困ったなぁ、勝利さんの事が好きで好きで仕方ないんだ…」

まるでため息を吐く様に健はそう言った。
その表情が余りにも切な気で、視線が余りにも真っ直ぐ過ぎて鼓動がフルスピードになる。
健はしおらしく目を伏せ、急に照れくさそうに呟いた。

「…好き過ぎてどうしたらいいか解んないよ」

「……」

不覚にもその台詞に胸がきゅうっとなった。
数多のギャルゲーをやってきた俺が現実でトキメくなんてそう無い筈なのに。

「勝利さん」

「…何」

「もっと触りたいって言ったらどうする?」




「たっだいまー!!」

バン、と玄関のドアが開く音がして、弟のバカでかい声がする。
ふ、とそちらに気を取られると健が立ち上がり素早く出ていこうとしている。


「どうしたんだ?」

「僕が来たって事、渋谷には内緒ね!」

そう靴を履く健に首を傾げると、せこせこと逃走準備を完了させた相手が振り向く。

「勝利さん、僕、あんまり我慢出来そうに無いから」

「我慢って?」

聞き返すと、ちょいちょいと手招きをされ。
耳を近付けると健の口から衝撃的な言葉が発せられた。

「なッ…!!」

「勝利さんのせいだからね!」

目を見開く俺に健は頬を染めつつ不敵に笑う。
次の瞬間、右手をぐいと引っ張られた。

「じゃあまた、来るからね」

へへ、と笑った健が視界から消えると同時にリビングのドアが開いた。

「うわっ!何エアコン入れてんだよ!」

ご機嫌面の弟が一瞬にして眉を寄せた。
早速それを消しながら俺を見る。

「まだエアコンの季節じゃねーだろ勝利…って、何してんの?」

「いや…お前こそ、何デカい声出してんだよ」

見るからに嬉しそうな表情を浮かべる有利に一応聞くと、案の定それがさー、と話し出す。

「5点差もつけて勝っちゃってさー、今日はジュースで祝杯上げてきたよ」

そう言う弟に平和だなぁ、とほのぼのした気持ちにもなるが。

「村田は?」

「村田?」

え?という表情で見返される。

「いや、マネージャーなんだろ?」

焦りながらも何気無い振りで聞くと、うん、と有利が頷き。

「あぁ…、でも今日は途中で帰ったぜ?大切な用事があるとか言って」

「……ふーん」

「村田は色々忙しそうだし……あ!」

「え?」

「……まさか、勝利」

「な、何だよ」

「…今日誕生日だっけ?忘れてた」

「………そう、か」

「?どうかしたか?」

「いや…」

俺はてっきり、感づかれたかと思ってヒヤヒヤしたよ。
何て言えないけど。

「勝利」

「ん」

「おめでとう!」

「…あぁ」





年に一度やってくる、とてもおめでたい日。
今日だけは誰からもおめでとうと言って貰えるお得な日。


だけどアイツがくれたおめでとうが一番嬉しかったとか


本当は一番、アイツからのおめでとうを期待してたとかは


調子に乗らせるだけだから内緒にしておこう。





end.



おまけ。

「…あれ、そんな指輪してたっけ?」

「…貰ったんだよ」

「お、まさか彼女?」

「内緒」

「今度家に連れてこいよ、母さん喜ぶぜ?」

「…かもな」