散って、咲く







沢山の
嬉しかった事も
悲しかった事も


溢れる程の想いも


春も夏も秋も冬も
止むことのなかった
想いも


数え切れない程の
貴方への気持ちも




言葉にしたら
たった2文字にしか
ならなかった




ならなかったんだ










「…ん、わかった」

あんなに時間をかけて
あんなに言葉を選んで
あんなに心臓鳴らして



なのに
たった2文字の言葉で
終わってしまった






片想い期間4年

告白時間10秒

振られるのには、たったの3秒









「現実って厳しい…」


片想いするのは個人の自由だけれど、相手に見返りを求めるのは難しいモンで。
ずっとずーっと好きだったあの子は、俺の事なんか見ちゃいなかった。




ごめんなさい。




そう何事も無く言われた言葉に、やっと現実ってモンを見た。
俺は何を思ってたんだろうか。想えば想う程、相手に伝わるとでも考えていたのか。



何だこの空しさは。



「ただいまー…」

「あらしょーちゃん!丁度よかった、ゆーちゃんを塾まで迎えに行ってくれない?」

「俺パス…そんな気分じゃ」

「あら、じゃあしょーちゃんがご飯の支度してくれるの?」

「…行ってきます」






ペダルを踏むスピードは何時もより遅くて、風は吹き抜けないまま温く頬を撫でる。

「…全く、息子が傷心して帰って来たってのに」

でもそんな格好悪いトコ、見せる気も無いけれど。
ただ胸にはぽっかりと穴が空いたまま、埋めるものも無く風が通る。温くて緩やかな。

「チクショウ」

こんな筈じゃ、なかったのに。
伝わる筈だったのに。
直球勝負じゃ駄目だったのか。

「…着いちまった」

学習塾前にチャリを置くと、入り口正面のガードレールに寄りかかる。学ランの前を開けて少し風を取り込む。
野球好きの弟はまだ、勉強中だ。

「はぁ…」

生憎出るのは溜息ばかり。数時間前の出来事と言葉が頭ン中でリピートアフターミーだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
あーもううるさい!

「何に対してごめんなんだよ…」

俺が抱いてた気持ちはそんなごめんなんて短い言葉で済ませられる程簡単なモンじゃないのに。
あぁ、理由くらい聞いておくんだった。
今更そんな勇気、使い果たしちまったけど。

「お」

と、人影が見えたと思ったらドアが開いた。顔を上げるがそれは他人で。また視線を地面にずらす。
ガキが出てきたって事はそろそろ終わりなのか…、と思った瞬間、視界に靴が見えた。

「おにーさん?」

声に頭を上げると、そこには先程出てきたガキが居た。利発そうな顔をしたそいつはおもむろに言い放った。

「おにーさん、悩みでもあるの?」

「え?」

生意気にもグレゴリーのリュックを背負った猫っ毛の小学生は大きな瞳を瞬かせる。

「元気無い様に見えるけど…」

「あぁ、無いね」

初対面だが相手が小学生というのもあるし、何となく返事をすると相手は焦った様に聞いてきた。

「も、もしかしてイジメとか?」

「違ーよ!」

何故イジメなんだ。俺はイジメられっこ顔か?
ツッコミよろしく否定すると小学生はホッとした表情を浮かべる。

「…お前、俺がイジメに合いそうに見えるか?」

「ううん、別に」

「じゃあ何でイジメなんだよ」

「高校生がこんなトコで悩む内容なんて、イジメか恋位かなーって」

「何でそこで恋が来ないんだよ」

脱力しながら言うと、小学生はふわりと笑った。

「恋の悩みだったの?」

それは有利がいつも見せるような小学生らしい笑顔じゃなく、何処か大人びた微笑みだった。
こいつ、相当頭良いな。

「…まぁ、な」

見ず知らずの他人にこんな事言ってる俺はどうかしてると思ったが、今日くらいおかしくなっても仕方ないだろうとも思った。
それに、有利もまだ来ないし。

「おにーさんの表情からするに…上手く行ってないとか?」

ゆっくりと隣に座られ、じっと俺を見つめてくる。あぁ俺ってまさか小学生に同情されてる?

「…振られた」

悔しいので空気を沈めてやろうと呟くと、隣から湿った溜息が聞こえた。

「…そっか…」

作戦成功!と思いきや次の瞬間、頭に手が置かれ。

「なッ」

「…泣いていいよ?」

ぽんぽん、と頭を撫でられた。
途端にツーンと、鼻が痛くなる。

「泣く訳ないだろう?」

「どうして?悲しいんでしょ?」

男が恋に破れた位で泣くか、と当たり前の事を言ったつもりが逆に反論されて言葉に詰まる。
そうだ、俺は今悲しいさ。

「それに、人に見られるし」

「あぁ、それなら平気。今テスト中で、終わった人から帰っていいんだけど皆まだまだかかりそうだったし」

だからこいつ1人で出て来たのか。やはり頭は良いんだな。…という事は有利が終わるのはまだまだ先だな。

「ねぇおにーさん、泣けないと泣かないは違うよ?」

にっこりと笑った小学生は俺の頭を撫で続ける。
まぁそれは正論だが…。

「今なら泣かない必要は無いでしょ?」

「…お前が見てるじゃねーか」

「じゃあ見ないであげるよ」

に、と笑って正面に立ったそいつはあろうことか俺を−

「?!っオイ」 

「これなら誰にも見えないよ?」

下を向く俺を包む様に抱きしめてきた。小学生の大胆行動に驚くが、何故か嫌な気持ちはしない。

「…おにーさんが泣けるとしたら、今しか無いんじゃない?」

それどころか、何だか胸が酷く痛む。
忘れようとした痛みや気持ちが行き場を無くして一直線に向かってくる。

瞼に。

「ちょー…何だコレ!」

勝手に滲んできた瞳に驚いて声を上げると、包む体がクツクツと揺れた。

「泣けてきた?」

「…泣けて…ってか、うん」

余りにも優しい囁きに語尾が思わず緩んだ。
滲んだ涙が目尻を伝う感触がしたから。

「泣いていいんだよ」

「…っ」

訳分かんないけど、救われた気がした。
無くす物なんて無いだろ?と言われた気がしたんだ。
言葉はそこで途切れてしまったけど、俺の想いは途切れるものじゃ無くて。

「…おにーさんは何で泣くの?」

「…悲しいっ…から」

「何が悲しいの?」

「…もっと、もっと伝えたかったから…っ」

全部解ってくれなくとも、もっと自分の想いの大きさを見て欲しかった。見てくれれば満足だったのに。
上手く言葉が探せないままで。

「じゃあ次は、上手く言えるといいよね」

伝えたい事全部、言えるように。
こうやって泣いた事が無駄にならないように。

「…、うん…」

小学生は俺の頭を撫でると、予言する様に呟いた。

「大丈夫、きっとおにーさんの事を幸せにしてくれる人が現れるよ」

「…何だその自信有り気な言い方は…」

「だって良く当たるんだよ?僕の予言」

「…そうかよ」

「そしたらおにーさん、その子を手放しちゃ駄目だよ?」

ふわりと、頭に何か押しつけられる感触がしたと思ったら小学生は抱きしめていた手を離した。
涙を拭って顔を上げるとなかなか可愛い事に気付く。

「誰1人通らなかったよ」

よかったね、と笑う目の前の小学生に自然と頬が緩んだ。
今日くらいは素直になるかな。

「…ありがとな」

そう笑うと、小学生は目線を下に向けてはにかんだ。
あからさまな照れ方に子供らしさを見つけた気がして嬉しくなる。

「どう致しまして」

ドアが開いてちらほらと子供が出て来始める。誰も居なかった通りに賑やかな声が聞こえ出す。

「…お前はどーして俺に声をかけたんだ?」

質問すると言うより、笑いながら訪ねてみると小学生は微笑んだ。

「おにーさんが何だか落ち込んでたから…ってのは言い訳で、本当はね。好きだった子に似てたからなんだ」

「…俺が?」

意外な理由に驚くと、小学生は頷いて頬をかいた。
好きだった子って…どんな子なんだか。

「うん、おにーさんに良く似た黒い瞳の…」

「…わっ!」

瞬間、ドアにぶつかる派手な音がして目を向ければ見知った顔で。

「、ゆーちゃん」

「じゃあおにーさん、僕行くね」

「え、おい」

額を押さえて痛がるゆーちゃんに目を向けた瞬間、猫っ毛をなびかせた小学生は走り出した。
呼び止めようとした俺に1度だけ振り向くと、手を振って笑う。

「またきっと会えるから」

「…あ」

去っていく背に目を奪われると横から声がした。

「あっ、しょーちゃ…勝利!?」

駆け寄ってくる有利に目を向ける。額を押さえたまま不思議そうに覗き込む。

「どうしたの?」

「え?」

「あっち見てぼけっとしちゃってさ」

「あー…」

そういや名前も聞かなかったな。
でもあれだけ頭良いなら幾ら有利でも知ってるか。

「ゆーちゃん、お前の塾のクラスで一番頭良いの誰だ?」

「んー…知らない」

駄目だ。ゆーちゃんには勉強に関してライバル意識が無さすぎる。
まぁ、仕方ないな。

「…帰るか」

「?うん」






チャリの後ろに弟を乗せて走り出す。
風はさっきと違って吹き付けるように頬を撫でる。

「勝利が迎えに来るなんて珍しいなー」

後ろで楽しそうに弟が笑う。2人乗りも久々なのか、腰に回される手の平が熱い。

「そうか?」

「うん、何かあったの?」

「…あったよ」

「やっぱり?」

「…何で?」

「スッキリした顔してるよー」

無邪気に笑う弟はまだ初な可愛らしさを残していて。

「さっきのとはおーちがい」

「へ?」

ペダルを踏む足に力を入れる。
胸の隙間に通る風はまだしばらくはしみるだろうけれど。
何だか今は、清々しい気分だ。



もしまた恋をしたなら

何も無い所から

幸せになる為に始めたい



「そんなんがいいなー…」

「何?」

「何でも無いよ」


たった2文字に込められる程器用じゃないから、ゆっくりと。
歩いていく様な幸せが欲しいと俺は、その時願ったんだ。






end.