運命の恋?





『ごめん!明日歯医者なの忘れてた!』

『えー、渋谷が明日空けておけって言ったのに』

『マジごめんって、今度埋め合わせするから!』

『高くつくよー?』

『うっ…わ、わかったよ…って勝利!チャンネル変えるなよっ!…ごめんごめん、ちょっと勝利がさ』

『…おにーさんは明日家にいるのー?』

『へ?ああ、勝利はいるけど?』

『ふーん、じゃあ今度埋め合わせよろしくねー』

『わ、わかったよー、じゃーな』


ピッ。


「………」

ニヤリ。












ピンポーン。


ガチャ。


「こんにちわー」

「……村田健、何故お前がここにいる」

「あれー?渋谷はいないんですかー?」

「昨日電話で話してたじゃねーか」

「あれ?そうだったかなー」

「棒読みになってるぞ」

呆れたように呟く彼。そんな表情も久しぶりで新鮮に思える。

「そうかなー?」

「そうだよ」

こういうツッコミ方は渋谷に似てるよね。うーん、流石兄弟。

「じゃあお兄さんと一緒に遊ぼう!」

「おい、自己完結するな!俺はまだイエスと言ってないし言うつもりもない」

「今イエスって言ったじゃん」

「…なめてんのか」

「え?舐めて欲しいの?こんな往来で(誰もいないけど)そんな風に強請られると僕困っちゃうー」

「誰もそんな事言ってねぇよ!」

段々ボロが出てきた彼に顔がにやけてくる。抑えろ僕。頑張れ僕。

「この前は唇舐めてあげたのにー」

「バッ、バカ、声がでかい!」

別に周りに誰もいないじゃん。…でも、今の慌てようならいけるかも。

「何がー?僕がお兄さんに口移しでジュ…」

「わー!わー!わー!」

必死に遮られる。これはシュート…じゃなくてヒットか!?

「お兄さんが遊んでくれないと大声で叫ぶよー」

「何を」

「言っていいの?」

無邪気に笑ってとどめの一言。
彼の表情がたじろぐのを見つつ口を開けて叫ぼうとするフリをすると、慌てて止められる。

「わーったよ!っ、遊んでやるよ」

ゴール!

「やったぁ」

ため息を吐く彼は気にせず僕は渋谷家に乗り込もうとする。

「ちょい待て。外行こうぜ」

「え?何で?」

折角2人きりのチャンスなのに。

「お袋いるし、それにお前と2人になると何されるかわかんねーし」

あ、バレてた?
でもわざとらしく怒ってみるのは当然だよね。手の内はまだ明かしたくないし。

「何それー。僕の事信用してないわけ?渋谷にチクッちゃうよー」

「そこでゆーちゃんを出すな!」

「だってさー、お兄さんが僕を信用してない発言するから」

「信用してないわけじゃねーよ、ただ…」

「ただ?」

「……ただ、何だ?」

「は?」

自分で自分に聞いちゃってどーしちゃったわけ?

「……とにかく、外行くぞ!」

「え?何?今の何だったの?」

僕の質問には答えず、部屋に上着を取りに戻ろうと彼がきびすを返した時パタパタとジェニファーさんがやってきた。防寒対策ばっちりな格好で。

「あら、健ちゃんいらっしゃい!そんなトコいないで上がりなさいよ。あぁ、でも今ゆーちゃんはいないのよね」

「今日和ジェニファーさん。それならご心配なく、お兄さんと遊びますんで」

にっこり笑って返す。これ基本。

「しょーちゃんと?珍しいわねぇ、ママしょーちゃんと健ちゃんが仲良しさんだなんて知らなかったわー」

「俺も知らなかった」、とお兄さんがボソリと呟いたけれどジェニファーさんには聞こえなかったみたい。

「じゃあしょーちゃん、ママ買い物行ってくるから留守番よろしくねっ」

「はぁ?俺今からそいつと出かけるんだよ」

…今の言葉、凄く嬉しかったり。

「だってゆーちゃん鍵持っていかなかったんだもの、しょーちゃんがいるからって」

ジェニファーさんはスリッパを出しながら僕に微笑みかける。

「それに外も寒いし、よかったらうちでゆっくりしていって?」

「おい、お袋…」

「じゃーお言葉に甘えさせていただきます。ジェニファーさんも外は寒いですからカゼを引かないように気をつけてくださいね?」

目を見て微笑むと、ジェニファーさんは嬉しそうにお兄さんの方を向いた。

「ほらぁー、健ちゃんだけよ?ママの体の心配してくれるのはっ!全くゆーちゃんもしょーちゃんも全然ママを労ってくれないんだからぁー!」

「それはお袋がカゼなんて引くようなヤワな母親じゃないから」

「もーっ。…あ、いけない!タイムサービス終わっちゃうわ!しょーちゃん健ちゃん、行ってくるわねっ!」

靴をはくとジェニファーさんは気合いを入れて出ていった。その背中が妙に逞しい気がするのは気のせいか。

「ちょ、待てっ…」

「いってらっしゃーい」

閉まるドアに手を振り、くるりと彼に振り返る。

「おじゃましまーす」

「…あーもうっ、上がれ上がれいっ」

諦めたようにヤケになる彼が可愛い。流石にここで抱きついたりはしないけどさ。何たって僕は常識人だよ?

「勝利さん」

「何」

「勝利さんの部屋行きたいー」

2人っきりの部屋で抱きつくのが常識人ってもんじゃないか。











「相変わらずギャルゲー」

「うるさい」

ゲーム機の前でソフトを物色する僕の三歩程後ろで彼は腕組み状態。
部屋には来るな、と言う彼に先程と同じ手を使ったらあっさり折れた。これ、実は凄く効くとか?

「何で部屋に来るなって言ったの?」

ソフトを見ながら彼に尋ねる。つーかRPGとシュミレーションゲーム以外はないのだろうか。

「嫌な予感がしたから」

「嫌な予感?」

ソフトを漁る手を止めて振り返る。この距離間、相当警戒されてるとか?

「まさか警戒してるとか?」

「当たり前」

「…傷つくじゃん」

「知らん。お前が前にあんな事をしたからだ」

一歩寄ると一歩下がる。まぁ捕まえるのは簡単だけどさ。

「あんな事…ね。僕は言った筈だよね?好きだって…なのに…そんな風に思われてたなんて…」

俯いて寂しげに呟いてみると、いつもの覇気が無くなった僕に彼が反応を見せる。

「お、おい」

「あぁ寂しいなぁ、傷ついたなぁ、苦しくって悲しくって涙がでちゃう。だって僕は男の子だもん」

鼻をすすりつつしゃがみ込むと益々焦り出すのがわかる。笑うな僕。踏ん張れ僕。

「待て、悪かった。俺が言い過ぎたから部屋の中心で凹むのはやめろ」

「……じゃあ警戒解いてくれる?」

ちらりと、彼の顔をみやる。寂しげな表情も忘れずに。するとついに折れた。

「あ、あぁ、わかったから立てよ」

ほんっと単純だね!

「うん…」

手を差し伸べてくれる彼に笑顔で返し、手を握る。あーもうげーんーかーい!!

「うわはっ!?」

ボスッと音を立てて彼がベットに尻餅をついた。力を込めて突き飛ばした為に僕にも反動がきたけど構わず抱きついた。

「な、何してんだ、離せ」

「嫌」

こんなチャンスみすみす手放してなるものか。

「しょげたフリしやがったな」

「フリじゃないよー。落ち込んだもん」

「じゃあ手のひらを返したような行動は何だ」

「心境の変化ー」

「…離せ」

「だから嫌」

「お前より俺のが力は強いんだぞ?突き飛ばすぞ?」

「わかってる。けど勝利さんならそんな事しないってのもわかってる」

本当はわかんないけどさ。そう願ってます。
彼はふぅ、とため息を吐く。

「離せ」

「嫌だ」

「何で」

「何?また言って欲しいの?勝利さん欲張りー」

「な、何がよくばっ…」

言葉が響くより早く、僕の口で塞いでやった。頭の後ろに手を添えて強く押しつける。

「ん……!」

ああ、メガネ外さなかったのは失敗だ。これは微妙すぎる。だけど無理矢理角度を変えてみたらどうにか…。

「…!!」

彼の唇の隙間に舌を差し込んでみると歯を食いしばってるのが解る。そんな事しちゃうのが益々良いよね。
慌てず騒がず舌で歯列をなぞって、ついでに歯茎にも這わせてみたら少しずつ開いてくる。体は素直だよ、勝利さん。

「っ……」

後は舌を入れてしまえば噛みついては来ない。…そんな気がしたんだ。優しくないわけじゃないから。

「……ん…」

ヤバい。声漏らすとか反則だよね?このままだと僕我慢できないかも。あーでも、ジェニファーさんが帰ってきちゃう。あと渋谷も…。そしたらかなりマズいよな。

「……っは」

仕方ない、お預けだ。

「…っ、…健」

肩で息を吐きながらそんな目で見ないでよ。可愛すぎるよー!

「何?」

「……お前、キス巧くないか?」

「巧いと思ってくれたの?」

墓穴を掘った事に気づいたのか、彼の頬に赤みがさす。それまさか計算じゃないよね?

「……」

「言っとくけど、勝利さんがファーストキスだよ?」

男同士では、ね。
それにこの技術は記憶のお陰だったり。

「……そうかよ」

「そうだよ」

にっこり笑うと勝利さんの頭を抱きしめる。抵抗されないって事は嫌われてるわけじゃないんでしょ?

「勝利さんが好き」

それならこれくらい、何度でも言うから。きっともっと距離が近づく。

「……」

「本気で大好き」

そうでなきゃこんな事しないよ?

「……健」

「ははいはー!」

ビクッと彼の体が震えた。僕もハッとドアの方を見る。
このおかしな帰宅の挨拶は。

「はれー?むらはひへふのー?」

「…ゆーちゃんだ」

「そうみたい。じゃ、僕行くね」

「ああ、早く行け」

「名残惜しくない?」

「ない」

「ふーん」

そう言われると撫でたくなるんだよな。

「っ!」

額に小さくキスを落として体から身を離す。

「今日は勝利さんに会いに来たんだからね?」

「…あぁ」

「会えてよかった」

「…あぁ」

ふっ、と彼が笑った。そんな顔初めて。自然と頬が緩む。
ドアを開けながら振り返る。

「また来るから」

部屋から出ようとすると。

「……あぁ」

え?
一気に振り向いた。ベットに座った彼は…微笑んでいて。

「早く下行けよ」

そう笑う姿が、たまらなく格好良い。

「あー、むらはー」

階段下から渋谷に呼ばれて慌ててドアを閉めた。

「や、渋谷」

「なにひてたんは?」

階段を降りながら渋谷と目を合わせる。

「暇だったからお兄さんと話しに来てた。…渋谷こそどうしたの?」

「はー、はいひゃへまふいひへー」

「麻酔してそんなになるの?」

「いや、ひあはんは」

「舌噛んだんかい」

思わずツッコむ。渋谷もアホで可愛いなぁ。

「…むらはきへんいいほ?」

「機嫌?何で?」

「すへーうへひほーはほ」

「…そう?」

「うん、ほっへほ」

楽しそうに言われてついつい僕も笑い返してしまった。

「そうかも」











だって、あんな嬉しい事言われて喜ばないわけないだろ?


あぁ、やっぱり間違いない。


これは恋だ。


運命の恋だ。




end.