cos0゜





もし、あの時君と会わなかったら



君に恋をしていなければ




そんなイフなんかないって解ってる














「うむ……」

なんてラッキーなんだろうか。このシチュエーションは。

「おい、お前聞いてんのか?」

「あ、何?」

浮かれすぎてるのか意識が吹っ飛んでいたみたい。

「何じゃねーよ、何か飲むかって聞いてんの」

「何でも飲めますよー」

「ったく、何で俺が」

ぶつぶつ言いながらジュースをグラスに注いでくれる。

「ほらよ」

テーブルに座ってる僕にグラスを差し出すと、テレビのリモコンを放った。

「テレビでも見てろ、俺は部屋に行くから」

「えー、何かトークしようよ」

笑いながら言うと相手はふっと振り返って僕を見る。目が合うだけでなんだか嬉しい、なんて相当かな。

「何で俺が弟の友達とトークしなくちゃならないんだよ」

「だって渋谷はお風呂だしー、僕は暇だしー、ジェニファーさんはいないしー」

渋谷と野球の練習から帰る途中、急に降り出した大雨に渋谷家に避難させてもらった僕。取りあえず風邪を引かないようにとシャワーを借りて、服が乾くのを待っている。
シャワーを浴び終えると適当な服を渡されて、勝手に何か飲んで待ってて、と渋谷に言われた。じゃあ何か飲もう、と来たリビングで、彼に会った。

「だからテレビでも見てろって」

呆れたように言うその姿が何だか可愛い。それじゃあ、と椅子から立ち上がる。

「じゃあお兄さんの部屋行こう!」

「はぁ?何で俺の部屋にお前が来るんだよ」

「いーじゃないいーじゃない。別に彼女でもないんだし、服脱ぎ散らかしててもゴミ箱にゴミが溜まりまくっててもギャルゲー出しっぱでも文句言わないから」

「そんな汚くねーよ!」

ここまでノらせればこっちの勝ち。口をつけていないグラスを持つと彼の後を着いていく。

「おい、何で着いてくるんだよ」

「眼鏡っ子同士仲良くしましよーよ」

「眼鏡かけてるってだけで仲間意識持たれたくありませーん」

「大事な弟の友達なんだから接待してよ」

「ゆーちゃんのみなら大歓迎だけど」

「ブラコンも度が過ぎると嫌われるよー」

「うるさい」

彼は部屋のドアを開けて中に入る。閉めない、という事は入ってもいいという事か。口が緩むのを抑えきれないまま中に入る。

「へーぇ、今このゲームやってるの?」

「あぁ、そう…って勝手に触るなっ」

パソコンデスクの前に座りながら注意してくる。だけど全く怯む事なんかない。

「あ、まさかまたユーリとか言うキャラ名つけてないよね」

「つけてねぇよ…って何でお前が知ってるんだよ!」

「お兄さんノリツッコミ好きだねー」

慌てる彼も可愛い。手近な机にグラスを置くとベッドに腰掛ける。

「俺は芸人なんか目指してない」

「目指すは都知事だっけ?」

「何でお前が」

「お兄さんの大事な弟に聞いたんだよー」

「大事な」をわざと強調しながら微笑むと彼がこっちを向く。

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない」

「じゃあ勝利さん」

「……変な感じ」

眉を潜めると彼は僕に背を向けてパソコンをいじりだす。その広い背中を見てたら、何だか無性に本能が駆り立てられた。

「ねぇ勝利さん」

「あんだよ」

カチャカチャとキーボードを鳴らしながら声だけで返事をする。

「抱きついていーい?」

「は?」

間の抜けたような返事と同時に弾みをつけてベッドから離れる。眼鏡を外しながら三歩歩いて丁度振り向いた彼の首に抱きついた。

「は?お前何して…」

「抱きついてるよ」

「そうじゃなくてどうしてしてるかって」

「眼鏡取っていい?邪魔」

「お、おい俺のめが…」

彼の驚いた声を塞ぐように、そっと唇を合わせてみた。柔らかくてなんか気持ち良い。

触れるだけのキスをして唇を離すと、焦点の合わないような瞳で見つめられた。

「…お前、今」

「キスした」

「何で、キスした?」

「勝利さんの事が好きだから」


五秒程の沈黙。そして。

「はぁ!?」

ガタッと椅子から立ち上がる彼に微笑いながら眼鏡を渡す。

「大好きだよ」

そういいのけると、彼の頬が赤くなっていく。やっぱり兄弟ってやつは似てるな。

「な、お前、」

「お前じゃなくて名前で呼んでよ」

「は?」

「名前、村田でも健でもいいから」

「……健」

好きな人の口から自分の名前が呼ばれただけでこんなにも嬉しいなんて、やっぱり相当だな。

「なーに?勝利さん」

「…どうするんだ」

「何が?」

「今の事」

「事件事故のどちらでも処理してくれて構わないけど…」

「そうじゃねーよ!」

「だっていきなり言われても困るでしょ?」

それに僕だって即フられたくないし。

「…というか、お前は俺の事が真面目に好きなんだな?」

「お前じゃなくて名前で呼んでってば」

頷きついでにそう言うと、彼が苦笑する。その姿も格好いいな。

「…健」

「うん、そう呼んで」

「…お前よくわかんねぇ」

「そうかな?僕はとっても素直に正直に生きているような気がするけど」

「気がするだけかよ!」

「でも、勝利さんの事は本気」

じっと目を見つめて言うと益々頬に赤みが指す。やば、凄く可愛い。




「あれー?村田?」

リビングの方から渋谷の声が聞こえて視線をドアにやる。どうやら今日はここまでらしい。
ドアを開けると渋谷に向かって声をかける。

「渋谷ー」

「あれ?勝利の部屋にいたの?」

「うん、話し相手になってもらってた。今行くねー」

ドアを開けたまま戻って、机の上のぬるくなったジュースを一気飲みすると立ったままの彼を手招きする。

「勝利さん」

「何」

顔を寄せてきた彼に微笑むと肩を掴んで口付けた。
口に残ったジュースがほんのり流れる。多分甘いキスになったはず。

「…っ、けほっ」

彼の口に入ったジュースはそのまま喉に流れたらしく、軽く咳き込んでいる。

「甘かったでしょ?」

「…凄く」

言いながら彼は少し涙目で僕を見てきた。その目が見れただけで今日はもう満足。

「じゃあまた、勝利さん」

グラスを持ってドアに向かう。ドアの前で振り向くと彼が僕を見ていて。それが嬉しくて思わず口走った。



「この恋は運命の恋だから」



「…は?」



呆気に取られた彼を部屋に残して、僕は意気揚々と渋谷の待つリビングへ向かった。













だってさ


この世にイフなんかあるわけないんだよ?


それならこれは絶対


運命の恋ってヤツだ。




end.