いいのかな…?
優しい
キスが
したい
だけど
それは
難しい
*Kiss for you*
今日のユーリは機嫌が悪い。
ぼくが近くに寄るとじろっと睨んできて…わざとらしく席を立つ。
「おいユーリ、待てっ…」
「やだっ」
「っ……」
いつもならその態度に耐えきれず逆に怒ってしまうのだが、今回は違う。
完全にぼくが悪いからだ。
「はぁ……」
昨夜、折角ユーリが求めてきてくれたのに、寝ぼけたまま「いらない」と言い放ってしまった。しかも背中に抱きついてきたユーリに肘鉄を食らわせ…。
その瞬間目が覚めたのだが、ユーリは既に枕を持ってベッドを降りていた。そして引き留めたぼくに向かって「馬鹿」と叫び、出て行ってしまった。
馬鹿と言われたらいつもなら怒るのだが、その時のユーリは目に一杯涙を溜めていて…。こぼれない様に堪える仕草に、酷く後悔した。
ユーリが何処で夜を明かしたか知らないが、朝からずっとあの調子だ。
「コンラッド、キャッチボールしようぜ!」
当てつける様な満面の笑みでコンラートを呼ぶユーリに少し腹が立つが、昨日の涙を思い出すと胸が痛む。
折角、好きだと言ってくれたのに。
窓の外から見えるユーリとコンラートを見つめ、ひとつため息を吐く。
「謝らないと…」
ユーリに無視され続けるのは正直辛いものだから。
夕食時もユーリはぼくと目を合わせる事も無かった。ぼくはじっとユーリと目が合うのを待っていたのだが、視線に気づいているにも関わらず無視を続けるユーリにある意味感心してしまう。
コンラートがクスクス笑っているのが非常に腹立だしい。
「何がおかしい」
「いや、微笑ましいなぁと」
「コンラッド!」
ユーリの声に苦笑するコンラート。こいつは全てを知ってるらしい。全く腹が立つ。
…大方、ユーリは昨夜コンラートの部屋へ行ったんだろうけど。
「……」
そう思うと胸が少し痛くなった。
「ユーリ?」
夕食後、ユーリに会うのが気まずくてなかなか部屋に戻れず、兄上の仕事の手伝いをしていたらすっかり遅くなってしまった。
おそるおそる扉を開けると返事は無く。
「…すー…」
ベッドでは既にユーリが眠っていた。遅かったか、と思いつつその表情を眺める。
柔らかそうな肌に艶やかな髪。睫が軽く揺れて、それがとても愛しい。
「ユーリ…」
そっと名前を呼ぶと、ユーリの頬を撫でる。
柔らかい。
「…すまなかった…」
後悔と懺悔を込めて、唇をそっと押し当てる。
明日は必ず謝ろう、そう思いながら唇を離すと。
「……」
「ユーリ」
ユーリがゆっくり目を開けた。
そして口を尖らせてこちらを見る。
「…遅い」
「え?」
寝ていなかったのか、と思うのもつかの間、ユーリはむくりと起き上がってむくれた表情を見せる。
「何で早く謝りに来ないんだよ」
「それは…ユーリがぼくを避けてたから」
「何だよ、おれのせいかよ?」
「いや…そうじゃなくて」
怒りモードのユーリに少々たじろぐ。しかしそれとは別に、ユーリにある変化が見えてくる。
「…おれ、待ってたのに」
……マズい。
「何を」
「ヴォルフが探しにきてくれるの…待ってたのに」
ユーリが、泣きそうだ。
「しかしお前はコンラートの所に行ったんじゃ」
「…そんなわけないじゃん。グレタの部屋に居たんだよ」
涙が、溢れて…
「…そう、だったのか」
「おれ、ヴォルフが来るの待ってたのにっ…」
零れ、落ち−
「すまなかった…」
零れ落ちそうな涙をそっとキスで拭った。
塩辛い味が広がる。
「……っ」
そのまま抱きしめると、ユーリがぎゅっと抱きついてきて。
「もぉいい…コンラッドと浮気してやる!」
「悪かったから…」
口元に笑みを浮かべながら華奢な背を抱きしめ返す。すると、ユーリの掠れた声が聞こえる。
「…本当に悪いと思ってる?」
「あぁ…お詫びにユーリの願いを聞いてやる」
言うと、ユーリがそっと体を離して。潤んだ瞳が綺麗だ。
「……じゃあ、…優しく、ちゅーして?」
「…優しく?」
「ん、」
たったそれだけでいいのだろうか。そう思うとユーリが目を瞑って。
甘い誘惑を囁く唇に顔を近づける。
思えば優しいキスだなんて意識してやったことなど無いが、ユーリの為にありったけの愛を込める。
それがユーリの願いなのだから。
「ユーリ…好きだぞ」
呟くと、涙の味を溶かす様にユーリの柔らかな唇にキスをした。
end.