Without leaving






それはとても、小さな一言だった。











いつもなら起きるはずは無い時間に目が覚めた。
薄ぼんやりとした視界の中にはまだ薄暗い光が射していて。
隣にあるはずのぬくもりに手を伸ばすと、そこには空気しかなかった。

「ユー…リ?」

くぐもった声で何度か手を動かしながら意識が覚めていくのを感じた。
肩肘を突いて体を起こすが、寝ているはずのユーリはどこにもいない。
一瞬悪寒が背を走ったが、抜け出たような上掛けの跡と上着が無くなっている事に気付くと少しだけホッとした。
連れ去られたわけでは無さそうだ。

「…ユーリ」

彼は自分の意思でどこかへ行ったんだ。それが厠ではない事位解っている。
では、一体どこへ。

「…」

この間城に帰った辺りから、ユーリの様子が今までと変わったことに気付いていないわけじゃなかった。
でもその理由は解らないままで。
不思議だった。自分に接する彼の態度は変わらなかったので余計に。
目が合えば微笑んでくれるし、側に居ようとしてくれる。
ただ、帰ってきたその日は何も無かったけれど。

「何処に行ったんだ…」

幾つかの想いが頭に浮かぶ。
ユーリの行き先を考えればキリが無いが、ほぼ本能的にひとつの場所が脳裏をよぎった。
何があったんだろうか。
こんな夜中に、ぼくの目を盗んでまで行かなければならない理由なんて。











控えめな音がしたのはそれから数刻後。
扉の開く音と、ユーリの靴音が聞こえてきたのに息を吐いた。
半覚醒したまま眠れなかった瞳を本当に少しだけ開けると、ユーリが上着を脱いでいるのが目に入った。
月明かりのお陰で視界は真っ暗ではなく、その表情も少しは読み取れそうだったが。

「…」

反射的に、目を閉じた。

目を閉じながらドクドクと鼓動が早くなっていくのが解った。
それと同時に起きてはいけないと理性が体を押さえつける。


どうして。

「…ッ」

泣いているの。


涙を頬に零したユーリは、一度だけ嗚咽を漏らした。
目を閉じたままのぼくの耳に届いたその悲しげな声に、どうしたのかと詰め寄りたい気持ちで一杯になる。
理由を教えてくれ。
こんな卑怯な真似はしたくないんだ。

「…ふ」

瞬間、隣に少し冷たい体温を感じた。
おもむろに回された腕の感触に一瞬堪えていたものが切れそうになる。
しかし呟かれた一言に、胸が震えて何も考えられなくなった。


「おいてかないで」


それはとても、小さな一言だった。


その一言にユーりの感じてる全てが込められているような気がして、涙が出そうになった。

「…」

こんな事をされて起きない方が不思議なのかもしれないが、ユーリは気付かない様子でぼくの髪に口付けた。
暖かくて、少し震えている。
ユーリの心の中がそのまま伝わってきたかの様で、冷たい胸の中でぎゅっと目を瞑った。






ぼくは今、ユーリの瞳にどう映っているんだろう。








end.