反則






いつだってユーリは何も言わないんだ。

ぼくはこんなに言いたくて仕方ないのに。








「ヴォルフ、どうしたんだ?」

一緒に風呂に入って一緒に部屋に行って、同じベッドに寝て…毎日ずっと側にいるのに。

「…別に」

小さく答えるとそのままベッドに潜り込む。枕に頭を落とすと先にベッドに居たユーリが不思議そうに顔を覗き込んできた。

「別にって…何も無いようには見えないんだけど」

「…何も無い」

そう、こんなに一緒に居るのにぼく達の間には何も無いんだ。
ユーリはぼくの気持ちなんか解りきっている筈なのに何も行動を起こしてこない。
こっちは漆黒の瞳と視線が絡むだけで鼓動が早くなってくると言うのに。

「ふーん…ならいいけど」

そう言うとぼくから離れて枕に顔を埋める。
ほら、すぐにそうやって興味を無くすんだ。ぼくの事なんかどうでもいいみたいに。

「…」

「…なぁ、本当に何も無い?」

不貞腐れて寝ようとした時、隣から声がした。
顔を埋めたままなのか少しくぐもったユーリの声に、反射的に胸が熱くなる。
ぱふっとユーリが息を吐いたかと思うと、ぽんぽんと肩を叩かれた。

「…ん」

向き合うように体を横に向けると、ユーリがじっとこちらを見ていた。
何かを覗うような視線がとても嬉しい。
見放されている気持ちになっていた自分が恥ずかしくなる位に。

「最近元気無いみたいだけど…どうかしたのか?」

その瞳は本当に真っ直ぐで。
ぼくがユーリの事で悩んでいるのを知っていてわざと聞いているようには到底見えなかった。

「…いや、少し考え事をしているだけだ」

だとすると、やはりユーリはぼくにそのような感情を抱いてるわけではないんだ。

「考え事?」


その事実が、こんなにも苦しいものなんて。


「…そうだ」

呟くと、世界が時間を無くした様にユーリの瞳が丸くなった。

「ちょ、何?どうしたんだよヴォルフ」

慌てて起き上がるユーリの仕草がどうしようもなく辛かった。
本当に何も、何の感情も抱かれてないんだ。


ぼくがユーリに抱いてる切ない感情はひとかけらも。


「へなちょこ…」

「う、わあっ!」

押し倒すように抱きつくとユーリの瞳が今度は驚きの色で一杯になって。
それでも照れとかそんな感情が滲むことは無かった。
ただ、ゆっくりと頭を撫でてくれる。

「…泣く程の考え事なのか」

言いたくなければ言わなくていいとでも言うように、その言葉は酷く優しく、温かく。
この優しさがいつか他の誰かに向けられてしまうのかと思うと、苦しくて仕方が無かった。

「違うっ…」

「え?」

ぎゅっと抱きしめると、暖かい匂いが脳に染み渡って。
ずっと欲しかった暖かいぬくもりに額を埋める。
涙が溢れた。


「ユーリが…好きなんだ…っ」


もうどうしようもなくて、ユーリの胸で泣きながら叫んだ。
ずっと塞き止めていたこの言葉は嗚咽と共に放たれてしまった。
愛の言葉はもっと綺麗なものだと信じていたのに、どうして。



「…うん」

ユーリの言葉はさっきまでと同じ様に、温かくて優しかった。
胸の中が痛くて千切れそうで、それでも顔を上げてみる。

見上げた先のユーリは本当に綺麗に微笑っていた。


「おれも…好きだよ」


そしてその唇から出た台詞に、目を開けたまま固まってしまった。
今ユーリは何と言った?
好きだと…言ってくれたのか?

「ユーリ…?」

「ん?」

「ユーリは、ぼくを好き…なのか?」

放心状態のまま訊ねると、ユーリは少しだけ頬を染めて頷いた。
もうそれだけで、今までの世界が一変するような気がして。

「じゃあ…どうして言ってくれなかったんだ」

「…気付いてたんだと、思ってた」

「な…」

衝撃的な事実に呆然としていると、ユーリが今まで見たことの無い笑顔を向けてきて。

「…何だか恥ずかしいや」

そうはにかんだユーリが余りにも愛しくて、怒る気持ちもさっぱりぽんと失せてしまった。
沢山のユーリの表情を近くで見てきたが、まさかこんな隠し玉を持っていたとは気付く訳も無く。

「…お前には敵わん」

「へ?うわはっ」

嬉しさで胸を満たしながら今度は堂々と抱きついた。
このぬくもりが本当にぼくの物になるなんて夢みたいだ。
胸に頬を摺り寄せると、物凄い速さの鼓動の音が聞こえる。

「ん…?ユーリ、お前心臓が…」

視線を上に向けて見ると、ユーリの耳が真っ赤に染まっている。
表情はいつもとさほど変わらないのに。
ぼくの方を見ると、恥ずかしそうに頬を緩ませた。

「あんま聞くなよ」

不覚にもその言葉に脳天が痺れそうになった。
ぼくは本当はユーリの事を解ってなかったんだ。
だって、こんなにもユーリはぼくを想ってくれていたのを気付けなかったのだから。

「ユーリ…すまなかった」

「へ?何が?」

懺悔を込めて双黒の瞳を見つめると、そのまま無意識に首に腕をかけて頬に唇を押し当てた。
柔らかい感触を感じてそっと離すと驚いた瞳で見つめられ、頬を赤くされる。

「…今のは反則だ」

そう小さく呟いたユーリがたまらなく愛しくて仕方なくて。

「…ユーリの方が反則だっ」

緩みきった頬でそう言うと、ぼくは不思議そうな顔をしている婚約者を力いっぱい抱きしめた。









いつだってユーリは何も言わないんだ。

でも、大事な言葉は何なのか解っているんだ。



だから時々でいいから、これからはその言葉をー…




end.