even if







「うー、冬って嫌いだ」

「どうして?」

「寒いから」

マフラーに顔を埋めた渋谷がポケットに手を突っ込んで呟いた。
それは今寒いだからだろ?と笑うと目だけで頷いて。
歩幅は一定で、並んで歩く僕等もそんなに身長差が無い。

「野球やっててもすぐ暗くなっちゃうし」

「それはあるね」

いつも野球をするグランドの脇を通りながらつまらなそうな声を出す。
まだ5時だって言うのに空はもうこんなにも暗い。
でもまだ、寒さの本番はこれからなんだけど。

「朝は床が冷たくて裸足じゃ歩けないし」

「僕んちは床暖だから年中暖かいけど」

「いいなー、家は犬が座るとこだけホットカーペットだぜ?」

「今はそんなのもあるんだ」

「そ、お袋が買ってきてさ」

そう話しながら笑う渋谷に、胸の奥が暖かくなる。
それと同時に、上手く笑えなくなる。

「渋谷」

「ん?」

何?と笑う相手に只名前を呼びたかった、何て言えなくて。

「まだ、時間ある?」

結局いつものポーカーフェイスで誤魔化した。










「わー…凄いな」

「でしょ?」

いつもの帰宅コースから少しずれた所にある高台、そこに案内すると渋谷は目を瞬かせて僕を見た。
ちょっと坂があるから面倒なんだけど、ここから見える景色は絶妙なんだ。

「こんな隠しスポットが近場にあったなんて」

「たまたま見つけたんだよ」

本当はずっと前から連れて来たかったんだけど。

「へぇ、村田って沢山隠しネタ持ってるんだな」

「まぁね」

眼下に見える家々の灯りを見ながら言うと、楽しそうに渋谷は笑った。
周りに高い建造物が無いからか、ここに立つと自分が凄く空に近い気がして。

「なぁ、星が凄く綺麗」

「ほんとだ」

見上げた空に丁度、消えそうなカシオペア座を見つけて渋谷を見ると、真っ直ぐに夜空を見つめる横顔を見つけた。
ポケットに隠れていた手がゆっくり、マフラーの下に伸びる。
それだけで胸が、ぎゅっと痛くなった。

「…あれ、北極星だろ?」

視線は空に向けたまま、右手に何かを握り締めて。
大事な大事な宝物を握り締めて。

「うん」

頷くと、切なそうに瞳を細めて北極星を見つめた。
ねぇ、どうしてそんな顔をするの。

「…あの星、あっちにもあるんだ」

「…へぇ」

さっきまでとは違って少し声のトーンが低くなった渋谷は、きっとウェラー卿だって見たことの無い顔をしてる。
こんな表情、きっと僕しか知らない。

「でもな、名前が無いんだって」

夜空から視線を落とすと、僕の方を見て少し笑った。
マフラーの下から覗いたライオンズブルー。
心はまだ、彼の物なんだね。

「そうなんだ…」

指がかじかむのも気にしないで魔石を握り締める渋谷に、本当に上手く笑えなくなって。
目を逸らして俯いた。
全部がどうしようもなく苦しい。

「…コンラッド、何してるのかな…」

それはまるで、同じ星を見ていてくれないかと願うかの様で。
そしていつか、そんな事を考えたことを思い出せるようにそっと、声に出したんだ。
悲しいのは、僕がそれを証明出来てしまう事。

「…きっとちゃんと、生きているよ」

生きていさえくれれば何も要らない訳じゃないけれど、生きていてくれないとその先に何も求められないから。

「…生きてるよな」

泣いちゃえばいいのに、そしたら抱きしめてあげられるのに。
もっと弱くなって悲しくなってウェラー卿の事なんか忘れちゃえばいいのに。

「渋谷…、あっちに行きたい?」

目を細めると渋谷は魔石から手を離してまたポケットの中に入れた。
曖昧な表情で小首を傾げる。

「行きたいけど…どうなってるのかが、怖い」

それは紛れもなく彼の事で。どうしてそんな切ない顔なんかしてるの。
ああ…帰したくない。封印して、結界を張って、渋谷が二度とあっちに行かなければいいのに。
そうしたらいつか、いつかきっと忘れてしまうだろう?
諦めてしまうだろう?


「渋谷…」


名前を呼んで、その先の言葉が続かない。
何を言っても、何をしてもこの気持ちは届かないのかな。
こんなに側に居るのに。
こんなにこんなに近くに居るのに。
手を伸ばしても肩を抱いてもきみは、彼を想って泣くんだろう?
それならもう、帰したくないよ。

「…でも、もう何があっても平気だから」

誓うように、夜空を見上げる渋谷の横顔はとても綺麗だった。
その全部が欲しくて、声を上げて泣きたくなった。
駄々を捏ねて手に入るものなんてたかが知れてるのに、想いを伝えたくて仕方なかった。

「…何があっても?」

本当はずっと前から、本当にずっと前から好きだったんだ。

「おれは、コンラッドを信じたい…」

ウェラー卿なんかにきみを、取られたくないんだ。

「信じてやれよ」

今だけでもいいから、僕のものになって…。

「…ん」

愛してる。

「渋谷…」

愛してる。

「何…?」

愛してる…。

「僕はいつも…渋谷の味方だからね」

…でも、無理なんだ。
離れたくなんかないんだ。
だからこのまま、僕はきみの側に居続けるんだろうな。

「…うん、おれも」

自然と緩んだ頬に、渋谷の瞳が嬉しそうに揺らいで。
頷くとそっと、ポケットから手を出して僕の手を握った。

「早くまた、会えるといいね…」

手のひらに溜まる暖かい温度に、胸が締め付けられるみたいだった。
それは繋いだ手の間にあるカイロのせいじゃなくて。
見上げた夜空に煌く北極星のせいでもなくて。







このまま時が止まってしまえばって想う僕の
独りよがりな願いのせいなんだ





end.