手を繋いで
茜色から群青に移り変わる時間、渋谷と2人で家路を歩く。今日は少し暖かくて、登下校にマフラーも必要ないくらいで。
「…でさ、次の体育はサッカーをやるとか言ってさー。野球と3票差だぜ?悔しくって」
隣の渋谷は今日の出来事や最近の話を思いつくままに話していて。その声を聞きながら規則的な歩調に揺られる。
「…って村田、聞いてる?」
「うん?聞いてるよー」
隣を向いて微笑むと、そっか、と笑う。聞き逃さないわけなんて無いのにね。だって今日は久々の放課後デートなんだし。
「村田は最近何かあった?」
「ん、僕?」
渋谷とつき合いだして少し経つけど、今まで殆ど恋人らしい事はしてない。軽いキスが1回、それだけ。
毎日のメールも、渋谷が携帯を持ってないから無理。電話が週に1度、草野球の練習の為にかかってくるくらい。僕からかける時もあるけど、頻繁にかけるとお兄さんが怪しむから精々月に3回。
今日だって、野球の練習以外で会うのはひと月ぶりくらい。
「うん、面白い事」
「あー…面白くないけど昨日、イミダスを足の上に落とした」
「へ?イミダス?」
自分の知らない単語に首を傾げる渋谷にちょっと、可愛いなんて思ってしまう。
「分厚い辞書だよ」
そう大雑把に言うとしばらく想像してるみたいだったけど、突然こっちに向き直り。
「って村田、平気なのかよ!?」
「え?」
「え?じゃなくて足!怪我しなかった?」
「あ…アザになったけど他には特に」
「痛かった?」
「そ、そりゃ痛かったけど…今は全然」
「……そっか」
な、何いきなり。心配そうな顔して質問攻めにしたかと思ったらまた笑って。
「何?」
「…いや、大した怪我じゃ無くてよかったなって」
「……」
…あからさまにホッとした顔なんてしないでよ。嬉しくなってくるじゃん。
「村田のドージ」
「渋谷程じゃないよー」
茶化す渋谷に笑って返すと、そうかも、と肩を竦められた。
そんな些細な仕草にドキリとしてしまう。
「あ、車」
渋谷の声に前を向くと丁度前方から車がやって来て。
広くもない道だから端に寄って塀にくっつくようにすると、後からついてきた渋谷の指と僕の指が触れた。
本能的に、その指を軽く絡ませると。
「…!」
バッ
「……」
…払われた。今、払われたよね?…これはちょっとどころじゃなく、ショックだ。
嫌だった?こういうの。
「…渋谷」
車が通り過ぎてから、そっと斜め後ろの渋谷を見ると。
「……ぁ」
夕暮れのせいかもしんないけど、真っ赤な渋谷がそこにいて。
戸惑った瞳で僕を見つめている。
…あぁ、そういう事。
「っ…あははは!」
「なっ!何いきなり笑うんだよっ!」
「だって…」
だって、渋谷の反応が新鮮すぎるとゆーか、まさかそんなに照れるとは思ってなくて。
「っ、そんな笑わなくてもいーだろっ!」
そんな渋谷が、愛しくって。
「ゴメンゴメン」
笑いを堪えて謝ると渋谷は少し膨れていたけど、空を見上げると「あっ」と、すぐに明るい表情になる。
「村田!見てみろよ!」
「ん?」
言葉と視線につられるまま顔を上げると、頭上に夕暮れとそれを覆っていく夜の綺麗なグラデーションが流れていた。それは凄く広くて、思わず頬が緩む。
「キレイ」
「だな…」
「この時間帯いいね」
「おれも言おうと思った」
渋谷の顔を見ると、渋谷も僕を見ていて。目が合わせて微笑み合う。
この笑顔だけで幸せになれるんだからまだ多くは望まないでいよう。
そう思ってまた歩き出そうとすると。
「…村田」
「何?」
ギュッ
「……さっきは、ゴメン」
今日の気温を考慮しても暖かすぎる渋谷の手。
「……」
それに真っ赤すぎる渋谷の頬。
「…気にしてないよ」
そんな事されたら、さっきまでのショックなんてどこかに行っちゃったよ。
繋いだ手の平をそっと握り返してみると。
「おれ、こういうの初めてだから…」
恥ずかしそうに告げられて、その照れが僕まで伝わってくる。
あぁ、可愛いな。
「僕はそんな渋谷を好きになったんだよ?」
だから、無理しないでいいから。
「……うん」
そうやってはにかみながら、嬉しそうに笑う渋谷が好きなんだから。
「じゃ、帰ろっか」
渋谷に笑いかけるとゆっくりとまた歩き出す。
人通りもないからもう暫くこのまま手を繋いで帰ろう。
メールも電話もデートも、恋人らしい事も殆どしてないけどね。
あったかい手を持ってる
それだけでいいよ。
end.