short trip in 京都





『渋谷!明日は旅行に行くよ!え?行き先?今回は京都にしてみたから!』


たまには旅行にでも行きたいなーと言ったのはつい先日。
ホントのホントに3日前くらいに言ったんだ。
なのに今日、おれは関東圏外に居る。
「さー!着いたねー京都!天気も良くてさいっこう!」
「ていうか本当に京都に来ちゃったのか…」
おれの荷物は小さめのボストンバッグ。右に立つ村田もそれに習って。
…新幹線を降りるとそこは、古都・京都でした。




「なぁ村田」
「んー?」
「お前さ、いつの間に計画立ててたんだ?」
邪魔な荷物は駅に置き、京都駅からバスに乗り込んで一番後ろの席。通勤時間帯らしい車内は少し混雑してて、おれが普通に話しかけても声は浮いたりしない。
隣の秀才・村田さんはガイドブックを開いている。しかもドッグイヤー付いてるし。
おれだけが微妙にこの展開に着いて行けていない様な気がするのは気のせいか。
「渋谷が旅行に行きたいって言った日だよ」
「あれって日曜じゃなかったか?そんでもって今日って木曜だろ?…早くねぇ?」
「だって旅行に行きたいなーって思ってたら渋谷が丁度その話したからさ、運命かと」
「…運命かよ」
「でもこんなに早く願いが叶うと嬉しくない?僕頑張っちゃったよー」
えへへ、と笑う村田。
しっかし行動派だとは感じていたがまさかここまでやってみせるとは思わなかった。
昨日学校から帰ったらいきなり『明日、京都に行こう!』とか言われて、言われるがままに支度して朝の新幹線に乗って。
たった数時間で、年内には無理だと思ってた旅行に来れちゃうなんて。
「…まだ実感沸かないんですが」
「一緒に暮らし始めてから初めての小旅行なのにー?」
「だからサプライズ過ぎたんだって。学校もサボって来ちゃったし」
「1回くらい欠席してもどうって事ないよ、そういう授業取ってる日でしょ?」
僕、ちゃんと調べてあるんだよ?と機嫌良く笑う村田に苦笑する。
おれの知らないトコまでホント、良く知ってるな。
「あ、次で降りるよ」
「お、おう」
急にしっかりとする村田に慌てて財布を出すと、お金を払ってバスを降りる。
空が青くて、少し肌寒いけど陽射しが暖かい。
村田はマフラーを巻き直して笑顔になる。
「じゃ、行こうか!金閣寺!」
「おお!金閣寺!」
昔の将軍が建てたっていう有名な金の寺。
存在は知ってたけど行くのは初めて。いや、京都自体初めてなんだけどさ。
「なぁなぁ、やっぱり全部金色なのかな」
「うーん、ガイド本見るとそうみたいだけどね、僕も実際見た事は無いから」
「あ、そーなの?てっきり高校ん時の遠足か何かで来た事あると思ってた」
「京都は初めてだよ?…一応きみとは、高校時代も付き合ってたんだから知ってると思ってたんだけど」
「え?いやだってちゃんと付き合うようになったのは高校も半分過ぎた頃じゃん」
「僕はちゃーんと、覚えてるけどね。きみがどこに遠足に行ったとか、そういうの」
「…」
「ま、でも大して気にする事でも無いし!やだなぁ渋谷、僕は怒って無いよ?それよりホラ、もうすぐだ」
「あ、あぁ」
怒っては無いけど拗ねてたよな。
ていうかおれが無神経なだけか。テンション下げる様な事言って。
でもこういう時に気を遣ってくれる村田って良いな。
そんな事を考えながら砂利道を進んで行くと、開いた場所に池があった。
そしてその向こう側に金色に輝く建物が。
「おおーっ」
「すげー、本当に金色だ」
朝の陽射しを反射して一層輝く金閣。その姿は水面にまで反射して、最初からひとつのものだった様に見える。
綺麗で、ちょっとだけ立ち尽くしてしまう。
「凄いね、キラキラ光ってるみたいだ」
「うん、何かカンドーする」
日常では見る事が無いものなので、何だか急に旅行に来たという実感が沸いてきた。
村田の顔を見ると、やっぱり笑顔。
「これって僕らが生まれる何百年も前からあって、それが未だに美しいって思えるんだから凄いよね」
「おれ達もまだまだ日本人って事かな」
「かもね」
視線が合うと、村田がはにかむ。
どういう意味合いで言ったのかはおいておくとしても、何だか嬉しくなるのは村田と居るからだろうな。
「じゃあそろそろ、庭回って次の場所行こうか」
「だな、今日はハードスケジュールなんだろ?」
「うん、一応清水寺と嵐山には行ってみたいんだ。渋谷はどこか行きたいトコある?」
「おれは村田に着いて行くよ。その方が面白そうだもん」
「じゃあ決まりだねー!言っておくけど、こういう時の僕の行動力は凄いよ?」
「ホントかー?」
…なーんて笑っていたのだが、村田の旅行先テンションはおれの想像を遥かに越える事となった。




*八坂神社*

「大きい!」
「赤い!」
「道路のすぐ側!」
「…でも中はあんまり人がいないねー」
「ちょっと参拝して行こうぜ、村田」
「うん、今旅最初のお参りだね!何お願いするの?」
「んー、内緒」
「おっ、この僕に内緒事だなんて渋谷ったら」
「人に言うと願いは叶わないって言うからな」
「ま、大体予想は付くけどね」


*三年坂*

「京都っぽい町並みだなー」
「だねー。ここで転ぶと、3年以内に死んじゃうんだって」
「え、やべーじゃんそれ!」
「大丈夫、渋谷が転んだらお守り買ってあげるからっ…と!」
「ったくあぶねーな村田!今転びそうになったじゃんか」
「あ、あぁごめん渋谷…助けてくれてありがとう」
「ホント危なかったなー、下手したらおれまで転ぶトコだったよ」
「…それはそれで、悪くないかも?」
「何言ってんだよ、ばか」


*清水寺*

「うわー壮観!これが有名な清水の舞台ってやつか!」
「凄いねー、日本人と観光客の割合が半々だよ」
「まぁそう言われてみれば多いよな」
「僕達って彼等の目にどうやって映るんだろうね?恋人同士だってバレてるかな」
「っ、いきなりそういう事耳元で言うなよ」
「今夜は僕も、清水の舞台から飛び降りちゃおっかなー」
「へ?」
「勿論、渋谷も一緒にね?」
「な、何…」
「あれ渋谷、ほっぺ赤いよ?」
「う、うっさい!」


*地主神社*

「ちょっとここ、男同士で入りにくくないか?」
「何言ってんの、えんむすび神社なんて珍しいじゃないか」
「そうだけどさ…って村田早いから!」
「ねぇねぇ渋谷!縁結びの石だってよ!」
「縁結びの石ぃ?」
「片方の石から目を瞑ってもう片方の石に辿り着くと恋が叶うんだって」
「へぇー」
「僕達もやろうよ!」
「おれはいいよ、村田やれば?」
「えー。…じゃあ僕だけやる。渋谷、サポートして!」
「わかった。じゃあ村田、目ぇ閉じて」
「うん、じゃあ行くよ…」
「そうそうそのまま真っ直ぐ…あ、村田、そっちじゃない」
「え?どっち?」
「だからこっちだって…あ、危ないっ」
「っわ!ふ!」
「…ったくもー、危ないって言ったろ?」
「…ず、随分違うトコに辿り着いた様な」
「壁に激突しそうになったんだぜ?しかも危ないって言ってるのに歩くスピード緩めないから。フツーは目ぇ閉じたら歩きがおそるおそるになると思うんだけど」
「ごめん、何だか大丈夫な気がしちゃって」
「おれがいなかったらぶつかってたろ」
「だって渋谷がいたからさ、平気な気がしたんだ。それに…辿り着けなかったけど、目ぇ開けたら渋谷がいたからそれでいいや」
「な」
「人前で抱き寄せられたのも初めてだし」
「…それは仕方なく。つーかそんなに嬉しそうな顔するなよ」
「だってさ、嬉しかったんだもん」
「全く…もう行くぞ!」
「え、ちょっと待ってよー」


*祇園*

「これが祇園かー」
「この一帯だけ町並みが違うね、京都らしいというか」
「祇園精舎の鐘の声〜ってやつ?」
「平家物語だね。でもその祇園はここの事じゃないよ」
「え、そーなの?」
「祇園精舎はインドにあったとされる寺院の事だよ、お釈迦様が説法を説いたっていう」
「へー、流石は村田だな」
「僕も昔、同じ間違いしてたからね」
「そうなんだ、だから覚えたんだな」
「うん、あっ…渋谷、舞妓さんだよ!」
「あっ、本当だ…すげー、生舞妓さんだ!」
「ちょっとドキドキしちゃうね」
「こういうトコって、紹介が無いと入れないんだよな」
「らしいね、僕もいつかお座敷に行ってみたいなぁ」
「おれも」
「眞魔国なら簡単にVIPなお座敷にも行けそうだけどね、ホラ、秘密のハーレムがあったじゃない」
「魔王奥の事言ってるのか?あれは勘弁だから!」



*嵐山*

「おー、人が多いなー!しかも年齢層が若い」
「今は嵐山花灯路ってイベントがやってるからねー」
「だから夕方になってから嵐山、って言ってたのか」
「夜がメインのイベントだからねー。じゃあ僕らも渡月橋でも渡ってみようか」
「わ、山が紫にライトアップされてる!」
「凄いねー、月が丁度山の上にあるよ」
「うわー、幻想的だなぁこれは」
「正に月が渡る、ってカンジだね」
「うん…なんかいいなぁ、こういうの」
「渋谷ったら嬉しそうな顔しちゃって」
「だってすげーんだもん。なぁ、竹林の方にも行ってみようぜ」
「うん、にしても人が多いね」
「カップルも多いよな」
「僕らもその一部じゃない」
「だからあんまり人の居るトコでそういう事言うなっての」
「はいはい」
「お、ここか竹林…うわ、青だ」
「おお、これは…でも青ってきみの好きな色だろ?」
「いや、青は好きだけどさ…、竹に青ってちょっと不気味だよ」
「まぁね、怪しい雰囲気ではあるけど」
「所々にある行灯が可愛いな」
「そうだね、癒される…でももの凄い人だね」
「おれもそれを言おうとした」
「しかも暗いからはぐれちゃいそうだし…渋谷、僕から離れないでね?」
「わかってるよ、ホラ」
「え?いいの?」
「うわ!手ぇ繋ぐって言ったんじゃねぇよ」
「違うの?じゃあ…」
「おれがはぐれない様に、村田のカバン掴んでるって事だよっ」
「…渋谷」
「昔よく、家族で出かけた時にはぐれないようにって勝利の服の裾を掴まされてたんだよ」
「それをやろうとしてるの?」
「そうだよ、…嫌?」
「…嫌なわけないだろ、ホラ、行くよ」
「おう…あれ、村田?歩くの早くない?」
「そ、そうかな、ごめん」
「…(もしかして照れてるのかな)」




「はーっ、つ・か・れ・た!」
「流石に僕もくたくただよー」
朝から今まで歩き回って、やっと今日の宿に到着する。村田が取っておいてくれた宿はちょっとした旅館だった。
「なぁここ、何か立派だけど大丈夫なのか?おれあんまり持ち合わせ無いけど…」
「大丈夫だよ、父さんの知り合いのコネですっごく安くなってるから」
「そうなんだ」
良かった。村田父に感謝だな。三日間で親に連絡して宿を手配する村田の素早さにも驚きだけど。
「それに宿代は僕が持つよ」
「え?だけどお前だっておれと同じ大学生な訳だし」
「あぁ、僕はちょっと株に手を出してるから。それに彼氏が宿代を持つのは常識でしょ?」
彼氏ってなんだ彼氏って。さらっと言うな。
それより村田が株で稼いでたなんて初耳だぞ。いや、やってるのは知ってたけど、儲けていたとは。
「…おれ、彼女じゃないけど」
「でも財布は寒いでしょ?だから大丈夫、この旅は僕がプロデュースしたんだから。たまには彼氏としてエスコートさせてよ」
あ、また言った。
でも正直、村田が出してくれるならありがたい。今月は何かと出費もかさむし…。
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
「うむ!」
了解した!と言わんばかりの笑顔で村田は旅館のフロントへと向かう。おれが彼女ポジションを認めたことに対してかは解らないけど。いや。おれはその部分は譲る気は無いんだけどさ。
そして案内された部屋は広い和室だった。
これぞ旅館!ってカンジの。
…あぁ、毎度思うがおれの語彙って少ないな。
「いい部屋だなー」
「だね、先にお風呂入ってからご飯にする?」
一息ついて、仲居さんが淹れてくれたお茶をすすりながら村田が尋ねる。
風呂・メシ・寝る!が基本のおれには嬉しい提案。
「うん、風呂行こう。浴衣出さないとな」
「ありがと」
ウキウキしながらも早速浴衣に着替えようと、物入れの扉を開ける。
するとそこにあったのは、青い浴衣と何故かもう一枚は。
「おい村田、浴衣が赤と青とになってるぞ」
「え?…ホントだ」
明らかに女物の赤い浴衣。
これはどういう事かと2人で首を傾げると、仲居さんが部屋に入ってきた。
「お客様失礼します、赤の浴衣が入ってましたよね。青とお取替えしますわ」
「え、あぁ」
「なんせこういう所に2人でご宿泊となると、大抵男女の連れ合いさんなので…すみませんでした、ではごゆっくり」
交換された浴衣を持ちながら、おれは数秒その場に固まった。
後ろで村田の微かな笑い声がする。
「僕達、男女のカップルだと思われたんだね」
「…みたいだな」
予約するときに男同士のペアです、なんて言わないもんな普通。
しかし恥ずかしい。仲居さんの言葉の裏に隠された何か別の意味とか。
そうか、男2人で旅館に泊まるって結構アレなんだな。
「僕達の事、カップルだって思ってるのかな?」
「…かもな」
ちょっと楽しそうな村田とは裏腹に、おれは恥ずかしさで顔を覆いたい気持ちになった。
自分でもどうして恥ずかしいのか解らないけど。
「しーぶや、気にする事無いよ。だって本当の事だもん」
「そりゃそうだけど」
「お。今僕、『本当だけどそうやって言うなー』って返ってくると思ってたのに。意外ー」
「いや、世間から見ておれ達ってそういう目で見られるんだなーって思って。そしたらいつものセリフが出てこなかった」
別に嫌なことじゃ無い。
村田の事を好きなのは変わりないんだし。
ただちょっと、自分の置かれている状況を客観的に見ただけだ。
「…渋谷」
「わ」
いきなり村田に抱き付かれて、持っていた浴衣が落ちる。
村田なりに宥めてくれているのが解って、そんな心遣いが嬉しい。
「僕は渋谷と一緒に居る事に、後悔なんて何一つしてないよ」
ふわりと自信有りげに囁かれた言葉。恥ずかしいセリフだけど、今は心地良い。
「…おれもだよ」
「ん、じゃあお風呂行こうか、お腹も空いたしね」
ぽんぽん、と背中を数回叩いて村田は体を離す。
それだけでおれの気持ちを前に向かすのだから、恋ってやつは偉大だ。




その後、温泉では無いが情緒ある造りの檜風呂を堪能したおれ達は、伝統ある京料理に舌鼓を打ち(もの凄い腹も減ってたので尚更)、そのまま晩酌を頂いちゃったりしていた。
「うー、やっぱ雰囲気ひとつでお酒の味も変わるよな」
「そうだねー、やっぱり旅館と言えば日本酒熱燗で!って気分だよね」
「おれ、あんまり日本酒飲めないけどついつい飲んじゃうし」
「きみはお酒があんまり強くない割にはよく飲むもんねー」
「お前だって酔うじゃん」
「まぁね、でも今日は気持ちよく酔えそうだな。肴が良いからかな?」
「これ美味しいもんなー、程良くピリッとしてて」
「そうじゃなくてさ」
「え?」
「僕の目の前に居る肴が、すっごく美味しそうで」
そうして合う視線に、村田の言葉の意味を理解する。
しかし今のセリフはちょっと親父臭く無いか?
「おれはツマミかよ」
「ううん、メインだよ」
どっちかと言うとお酒の方がツマミかな?なんて言いながら、村田は立ち上がる。
向かい合わせに座っていたおれの方に回ると、横に腰を落とした。
こてん、と肩に顎を乗せられて、村田の方を向こうとすると。

ちゅ。

頬に当たる柔い感覚。
そのままおれの動作はやんわりと止められて、すぐ横で笑う村田の存在がやけにリアルに感じる。
おれの頬にキスをしたいと思ってくれた。その事が、嬉しい、とか。
おれ、酔ってるのかな。
「渋谷、お代官様ごっこしたくない?」
「しねぇよ」
「男のロマンなのに」
「…このエロ親父」
「やだなぁ、渋谷だってエロいくせに」
クスクス笑いながら村田が自分の帯を緩める。
着崩れた合わせ目から、やや白めの肌が見えて。
「っ」
「ん?」
ニッコリ微笑まれるとまるでおれが期待していたかの様で恥ずかしくなる。
ていうか、ヤバイ。
「お、おれ、もう一回風呂行ってこようかな」
それを打ち消そうと無理矢理笑顔を作って村田を見ると、意外にもあっさり頷いた。
「うん、行っておいで。僕は待ってるから」
「わかった」
そそくさと立ち上がると戸の方に向かう。出来るだけ村田を見ないように。
だって、村田の乳首が見えたくらいで。
おれの…あ、アレが反応するなんて。
「あ、渋谷ー」
「え?」
スリッパを履くと奥から村田の声がして。
「勝手にヌいちゃ駄目だからねー?」
「!」
その言葉に返事はせず、おれはダッシュで部屋を出た。
まさか気付かれてたとは。
「…あー、格好悪ぃ」
ぺたぺたとスリッパを鳴らしながら呟く。
簡単に赤くなる頬に渇を入れながら、おれは風呂に向かったのだった。




「ただいまー…」
二度目の風呂を味わって部屋に戻ると、本来聞こえてくる筈の村田の声は無かった。
奥に入ると、座敷は隅に置かれて部屋の半分に布団が敷かれている。
勿論、お約束の様にくっつけられて。
「…あれ、村田?」
その片方の布団に乗っかるようにして村田は寝ていた。
眼鏡も外さずに、小さく寝息も立てて。
もしかして狸寝入りかとも思ったけど、どうやら本当に寝てしまった様だ。
「…今日はあちこち回ったもんな」
タオルを洗面所にかけて、村田の側に寄る。
眼鏡をそっと取ってやると、小さく身じろぎをしたが起きる気配は無い。
「うーん…」
多分、結構疲れてると思うんだけど。
でもおれとヤル気でいたとは思うんだけど。
おれも実際、その気だったんだけど。
「…こんなに気持ち良さそうに寝られるとなぁ」
呟きながらも村田の事を、改めてまじまじと観察してみる。
男にしては荒れてない顔、日焼けして無い肌。
なんだ、村田って結構可愛いじゃん。
そうだよな、どっちかってーとおれの方がまだ男らしいよな。アクティブだし。
しかし村田、まつげも結構長いよな。
唇も薄すぎないし、声だって低くない方だ。
手も綺麗だし、それなのに鎖骨が綺麗に窪んでて。喉仏があって。
「男、なんだよなぁ…」
結ばれていた帯を、無意識に解く。
いや、ちょっとは悪いと思ってるんだけどさ。
少しエロい気分になってきちゃったんだ。
「むらたー…?脱がせちゃうぞー」
すっごい小声で囁きながら村田の浴衣を肌蹴させる。
ご開帳、とばかりに見下ろせばさっきチラ見した乳首も、下着に繋がるへそも、脚も見える。
そんな無防備な村田に馬乗りになりながら、段々、自分でも解る程に興奮していくのが解った。
「…っ」
いつもは乗られる立場で、こんなじっくり余裕を持って村田の裸を見る機会もなくて。
なのに今日は形勢逆転と言わんばかりに、おれが襲う役。
いかん。まだ何もしていないのに…気が早いぞおれの息子!
「…む、むらた」
どうしよう。不意打ちみたいな事をしてもいいのか。
でもおれのマイサンは最早固くなってるし。
ていうか村田が先に寝てるのが悪いんだし。
「…襲うぞ?」
「…ん」
鼻にかかる寝息に、何だか無性におれの中の雄が興奮した。
その勢いで、おれは。
「んっ…ふ、…っ!あっ?」
「あ、起きた」
「っ、しぶやっ?どどどどこ触って」
「どこって…」
村田の息子さんですが、何か?
今ので完全に目が覚めたらしい村田は、おれの突飛な行動に頭がついていかないのか、珍しく動揺している。
「あれっ、浴衣も着てない…まさか渋谷が?」
「さぁ、どうだろ」
「っ、しぶやどーしちゃったの?」
「いや、おれは普通」
「じゃないよね?僕今、攻められてるんだよね?ってそこ触らないでっ…」
「あ、堅くなってきた」
「っあ、しぶやっ」
ちょっと待ってちょっと!と言いながら村田はおれの攻めをかわして下から逃げようとする。
その頬が赤くなってるのが可愛くて、つい羽交い絞めにしたくなってしまう。
今日のおれはやっぱり酔ってるのかな。
「村田って案外可愛いな」
「え?それは渋谷だってば!」
顔を真っ赤にしながら反抗する村田。照れを隠せない仕草も可愛らしい。
そう思って笑うと、腕が首にかかって。
お、と思ったら勝ち気な瞳と視線が絡む。
「んっ」
「っ…」
村田のキスが、舌が入り込んできた。
弄る手を止めなきゃいけない程に深くて、濃いキス。
村田の切り札であり、おれの鎮静剤。
舌がおれの咥内を舐め回して、吸い付いて、段々村田のペースになっていく。
結構頑張ったけど、多分ここまでだ。
「…っ、渋谷から仕掛けてくるなんてやるじゃない」
唇を離せば至極嬉しそうな村田の表情。
反対におれはボーっとした顔。
でも、スイッチが入ってるのはどっちも一緒。
「…興奮する?」
「凄くね」
「…でももう、降参です」
片手を上げて敗北宣言をすると、村田が殊更エロく笑って。
「では、僕のターンで」
そうして体勢を入れ替えられたおれは、お返しと言わんばかりの村田の愛撫を受ける事になったのだった…。





そして翌朝。
盛り上がっちゃったおれ達の起床時間はやっぱり遅く、仲居さんに起こされてやっと行動を開始した。
あ、勿論明け方に目が覚めた時に、別々の布団で寝直したけど。そこんとこは抜かりなくやってくれる村田の心遣いがナイスだと思う。
そのまま朝食を食べて、新幹線の時間まで余裕があったから二条城に行く事にした。
紅葉はすっかり終わってるけど、中は広くて見応え十分で。
二の丸御殿を見終えた後、これまた広い庭を村田と歩いていた。
「あっという間の一泊二日だったなー」
「だねー、もうすぐ関東に帰らなきゃいけないだなんて嫌だなぁ」
砂利道をざくざく進みながら村田が拗ねた声になる。
「でも帰っても別に離れ離れになるわけじゃないじゃん、同じ家に住んでるんだし」
「まぁ、それはそうだけどさ」
そこまで拗ねた声を出しながら、おれの顔を見て急に頬を緩ませる。
何を考えてるのか何となく予想は付いてるけど。
「何だよ」
「昨日の渋谷、ホント凄かったなぁ」
「…やっぱり」
「夜這いってやつ?僕の寝込みを襲うなんてさぁ、しかも浴衣まで脱がして。うっかり寝ちゃったのは誤算だったけどお陰であんな渋谷が見れたから良かったかな」
「…本当に襲っても良かったんだぞー」
「え、何今の。爆弾発言?ついに僕が受身になる日が来たの?そりゃ渋谷がどーしてもって言うなら甘んじて受けに回るけど僕としては渋谷に一杯ご奉仕してあげたい気持ちの方が多いと言うかもふ」
「心の声が出すぎだから!」
村田の口を手で押さえながらここは公共の場だということを言い聞かせる。
まぁ、村田が驚いたのも無理は無いけどさ。
おれからあんな大胆に誘ったのは初めてだし。
しかも寝ている村田を勝手に剥いで観察して興奮する位なんだから…っておれ、確実に変態だったよな。
「ぷは、だって渋谷が」
「待て。それ以上言うと、お前が起こされるまでにおれが何してたかバラすぞ」
「え?」
「…村田って意外と、乳首の周りピンクいのな」
「っ!え、ちょ、渋谷?」
真昼間から意味深な発言をしてみせると、いつもクールな村田が一気に動揺した。
これは言う方も結構恥ずかしかったりするんだけど、村田は気付かない様で。
「んー?」
「きみ、僕が寝てる間に一体何してたのさ!」
「へへ、村田の観察をちょっとな」
ニッと笑って見せると村田の頬が急に色身を増して。
顔を腕で覆うと照れた瞳だけ覗かせる。
「きみねぇ…!あーもう、油断も隙も無いなぁ」
「いつも見る機会無いからな、たまにはいいだろ?」
「別に見られて困るものでも無いけどさ…ああでも、恥ずかしいっ…」
「へへ」
そんなお前にムラムラ来ちゃったんだぞ、と言ったらきっともっと赤くなるだろうけど、それを言うのはおれも恥ずかしいので辞めておく。
今の村田の照れた表情だけでも結構楽しいし、可愛いから。
いつもはおれが照れる方なのに、この旅行では村田が照れる回数の方が多い気がする。
「なぁ村田、また旅行来ような」
「…渋谷が優位に立てるからでしょ」
「そうじゃなくてさ、おれこの旅行すげー良かったから」
「…」
「突然の旅行で驚いたけど…村田が色々プラン立ててくれて、色んなトコ回って楽しかった。ありがとな」
「…うん」
「京都も桜の頃に来たらまた綺麗だろうし。今度はおれも一緒に計画立てるからさ、また来ようぜ」
「…うん、行く」
「決まりだなっ」
横で嬉しそうに笑う村田。おれも負けじと笑顔だ。
やっぱりいつも一緒に暮らしてても、旅先ではまた違った一面が見れると言う事だろう。
「あーあ、僕この旅行で渋谷に惚れ直しちゃったな」
「何だよ急に」
「だって渋谷、やたらと男前なんだもん。本当は僕に惚れ直させようと思ってたのにな、これじゃあ彼氏失格だ」
そんな事言うのは、甘えのサインだって解ってるけど。
おれだってその言葉に緩んでしまう頬を抑えられないんだから。
「ばーか。おれだって…」
「おれだって?」
「…やっぱ何でも無いかな」
「えー?言ってよちゃんとー」
言うわけ無いだろ。
サプライズで旅行を企画してた時点で、とっくに惚れ直してるとか。
昨日一日でどれだけ好きだなぁって実感させられたとか。
そういうのは言わないのが男ってモンだ。
「おれは彼女じゃないから」
「ってそこー?」
「そうだ、おれは村田の彼氏だからな」
「…うわー、今のグッと来ちゃった。ねね渋谷、もっかい言って?」
「…さーて、そろそろ駅に向かうかな」
「渋谷のケチー!」


そんな村田の声も、仕草も全部。
お前が思う以上におれはお前の事、好きだから。


京都の空は青く高い。
おれ達のこれからも、今日みたいにずっと晴れますように。






08インテで出したコピー本です。なつかしー!