花火





今年のきみの誕生日は、ちょっとだけ天気が悪くて天の川が見えない。

「だからって言っちゃなんだけど、自転車で行っていい?」

『だからって何だよ。開口一番言われてもわかんねぇから』

電話口の声は楽しそうに揺れる。家族団欒の誕生会に招待されたけど、塾の夏期講習のせいですっかり遅くなってしまった僕は、ケーキタイム後の一時を分けてもらう事にした。
マンション前の駐輪場から立ち漕ぎで渋谷家まで向かうと、丁度渋谷が電話の子機を持って外に出てくるところだった。

「お」

「ごめん、遅くなったね」

「いいよ。ていうかおれの方こそ、わざわざ来てもらっちゃったし」

玄関先の明かりを受けながら電話を切った渋谷はもう片方の手にバケツを持っていた。僕が用意しておいてねって頼んだから。
僕の自転車の前かごには花火のパックが入っている。それはさっきスーパーに駆けこんで買ったもので、もっと前から考えておけばよかったなんて今更思う。本当は今日だって一日渋谷と一緒にいたかったけど、補習に出る羽目になった渋谷が僕も塾に行って来い、だなんて言うから。
八つ当たりもいいとこだけど、その代りに夜泊りに来いって言うから。
まぁ、二つ返事でOKしたのは言うまでも無いよね。僕って優しいし!

「渋谷の誕生日だし、当たり前だろ」

そう返すと嬉しそうに笑うから、僕も楽しくなる。自転車を置いて荷物を持つと、取りあえずご両親に挨拶をしておかないと、と玄関に向かう。
でもその前に。

「渋谷」

「ん?」

家の人の目が届かない玄関前で僕は渋谷を引き止める。

「あの、電話でも言ったけど…おめでとう。誕生日」

「ん、サンキュ」

「あのさ、抱きしめていい?」

「…ここで?」

ちょっと動揺してる渋谷の隙をついて、頷くついでにギュッとしてやった。荷物は落としても構わない物だったので気にせず放る。鼻先を耳元に擦りつけると、少しだけ汗のにおいがして。

「うわ、村田」

相変わらず驚くのか固まるのか微妙なところで、渋谷は僕を押し留めようとする。でもいつだってそれは上手くいかずに、僕の強引さに負けてしまうばかり。

「おめでとう、好きだよ渋谷」

「…あ、ありがとう」

「ね、風がちょっと気持ち良いね」

「うん」

「…へへ」

そっと体を離すと、日に焼けた頬に指を滑らす。ごくりと、喉が動くのが可愛らしくて僕はクラクラする。それは健全な高校生としてはおかしくない感情だと思うけど…まだ、そこまでは出せない。
だから渋谷が大丈夫な範囲までは踏み込む。

「渋谷」

「っ」

肩を掴んで、引き寄せれば強張りながらも抵抗されなかった。
玄関先で、触れる様な軽いキス。
僕がしたキスが、誕生日に貰った初めてのキスであればいいなんて思いながら唇を離すと、照れくさそうな瞳がそこにあった。
ばかじゃねぇのって、言われてるみたい。
でも嬉しそうだから、説得力ないよ、ゆーちゃん。

「何か、僕の方が嬉しいんだけど」

「…何それ、おれだって負けねぇよ」

「え?」

突然の言葉に驚くと、渋谷が荷物を持って、玄関のドアを開ける。
僕がもう一度聞こうとすると、急に大声で美子さんを呼ぶからそれきりになってしまったけど。

「じゃあ花火すっか!」

その声が嬉しそうだったから、それだけで僕はもっと嬉しくなってしまう。

「うん!」

願わくば、それが渋谷にも伝わってるといいなぁ、なんて思いながら。