Just Be Friends
優しい別れ方なんてどこにもなくて。
思い出だけは溢れ返るくらいにあるのに、これから先の未来は一つも無いんだ。
「別れよう?」
小さく呟いた一言に、渋谷はただ、傷ついた顔をしていた。
なんでだろう。僕はもう、終わっているもんだと思っていた。少なくとも、渋谷の中では…。
自分自身の事で精一杯で、会話すら無い日もあって、側にいる事が当たり前じゃなくなって、それで、もう、だめだって思ったんだ。なのに、なのに渋谷は苦しそうな顔をした。
「…本当に?」
全部解ってたと思う。この関係が終わればきっと、自由になれる。渋谷はきっと進むべき道に歩むだろう。
僕と過ごした日々に縛られることも無いし、好きな場所にだって行けるんだ。
そう、きみは多分…眞魔国に行くんだろう。
だから僕は、こうしなきゃだめだって何度も思って、何度も思い直して、それでひとつの答えを出したんだ。
それを告げるのがこんなに苦しくて、切ないなんて知らなかった。
知っていた気になっていただけだったんだ。
「…本当だよ、もう、一緒にいても僕達は、だめになるから」
時間の問題だった。月日が経つ内にそれが浮き彫りになるのも解っていて、それでも一緒にいたかった。二人ならきっと、どうにかなるって信じてた。
でも、渋谷。
きみが持ってる輝きを僕のせいで、曇らせたくないんだ。もう、ずっと。
「…村田はそれで、平気なのか」
静かに渋谷がそう言った。目を合わせたら真っ直ぐにこっちを見ていた。ここで平気じゃないなんて言ったら渋谷はどうするんだろう。
今でも、こんなに愛してる。
でも、これからは、愛さないって決めたんだ。
「大丈夫…これから先、渋谷のいない人生の方がずっと長いんだから」
答えにはなってない。でも渋谷はもう何も言わなくて。
もうケンカする事も出来ないなんて、どこから僕達は変わってしまったのかな。
「…おれ、村田といれて良かった」
一言一言が、心に刻まれる。声も温もりも顔も全部、覚えていれる様に。
「僕もだよ」
「…こんな事になるなんて、思ってなかったし、願ってたわけでもない」
もっと感情的になるのかと思ったけど、渋谷は凄く落ち着いていた。思い出を数えるみたいに噛みしめた唇が歪んで、それでも涙は流さない。
「…おれ、後悔はしてないよ。お前といた時間も、なにもかも」
「……」
「…村田、今まで、…ありがとう」
ありがとうと言えば、この恋は終わる。渋谷はそれを解って告げたんだ。
どうしよう、胸が、心臓が、心が壊れそう。
「…うん」
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
あったかい事も、優しい事も、愛しい事も、全部。
渋谷がくれた。
「…僕の方こそ、ありがとう。…きみに出会えて良かった」
嬉しい言葉なのに、全然笑顔になれないのはお互い様で。情と言ったらそれまでだけど、一緒にいた日々は本当に長くて。
でももう、本当にこれでおしまい。
愛してたよ。
「……村田」
優しい声で、僕の好きな声で、僕の名前を呼ぶのもきっとこれが、最後。
次に呼ばれる事があってもそれはもう、こんな響きは持たない。
「………さよなら」
そうして渋谷は、部屋を出て行った。
一人の部屋で、渋谷が置いて行った指輪を光にかざす。
安物のそれは雑貨屋で買った何の変哲もないシルバーリング。
輪の間から見える景色は全部、優しい思い出ばかり。
学生服の帰り道。
大学時代によく行った店。
二人で出掛けたいろんな場所に、季節が重なる。
指輪をプレゼントしたあの年のクリスマス。
恥ずかしがって全然付けてくれなかったけど。
幸せそうに笑っていた、あの日も。
泣き顔も、怒った顔も、寝顔も、笑顔も。
今だって全部覚えてる。
出来るなら、あり得ないけど、もしも、奇跡が起こるなら。
もう一度だけ、渋谷に会いたい。
あの日の、あの日々の渋谷に。
さよならをいつかいう事なんて知らなかった、あの日の渋谷を抱きしめたい。
「…っ」
予想していた痛みは涙になって流れていく。
渋谷の背中にしまっていた羽はきっと、もうすぐ開いて羽ばたいていく。
その時に僕が側にいれないのはもう、仕方のない事。
さよなら。
さよなら、さよなら。
ずっときみだけを、愛して生きていたかった。
光の向こうの今日の空は、真っ青で世界はやけに色づいていて。
手から滑り落ちたシルバーリングが床に跳ねて部屋に響いた。
ルカの曲にインスパイアされました。大好きな曲です。