幸せにしてくれる?




 幸せにはキリが無い。
 もうこれ以上与えられたら死んでしまうってくらいの幸せを感じても、本当に死んでしまう事は無い。 それは不幸についても同じ事で、どんなに深い絶望に突き落とされても、そこで死ぬことは無い。
 ご飯を食べて、睡眠を取る。それだけで人は生きていける。欲と生死は別の土俵にあるものなんだ。
 だから人の欲望は無限に有り続けるし、それを浅ましく思うのは少々間違っているとも思うんだ。
 ねぇ、渋谷?

『だから僕のわがまま、聞いてくれるよね?』

『…だからって、こんなに長い願い事叶えられるわけ無いだろーッ?』



―Could you make me happy?―



 それは渋谷の、何気無い一言から始まった。

『誕生日、何か欲しい物ある?』

 僕としてはその時点で、渋谷が僕の誕生日の存在をちゃんと覚えててくれた事と、何かプレゼントをしてくれるつもりだと言う事が嬉しくて堪らなかった訳なんだけど。
 でも折角恋人が買ってくれるって言うなら、その気持ちを形にして残したいっていうのもあるし、何か今欲しい物でもあったかな、とすぐさま脳内の必要な物リストに検索をかけ始めたんだ。

『あー、でもあんまり高い物だったら、今持ち合わせが無いから先送りになるかも』

 短期のバイトしか入れない渋谷にとって、月々の仕送りを切りつめても残るお金はあんまり無いもんね。僕は株を少々嗜んでいるのでバイトをせずとも安定した収入は得られるけど、一般大学生の渋谷にとっては漱石が一人増えるか減るかでも相当の問題なのだろう。あ、今は英世だっけ。
 まぁ、それなら僕も、渋谷の財布に負担をかけないプレゼントを強請ろう。そう考えた結果がコレだ。

「…で、これが『誕生日におれにやって欲しい事リスト・改』ってわけか」

「そう、僕が一晩寝ずに考えた究極の誕生日プランをあっさり却下されちゃったからねー、渋谷の言った通り、10個に絞りました」

「レポート用紙2枚に渡って箇条書きで書かれたらお前だって怒るだろ」

「いや、渋谷の為ならそれくらいやり遂げてみせるよ?」

 そう言ってのけると、渋谷は面食らった顔をしてから長い溜息とともに頭を掻いた。唇が少し突き出しているのは照れている時の証拠で、何だかこっちが嬉しくなる。

「…んじゃ、早速やりますか。えーと、『1、今日の僕の服を選ぶ』…これは、おれのセンスで良いって事?」

「うん、渋谷のコーディネートにおまかせするよ」

 今日はいい天気だし、プレゼントも兼ねて久々にデートの予定だ。渋谷が僕の服用収納ケースを開けて服を選び出すと、急にワクワクしてきた。



 一緒に部屋を出ると、日差しがさんさんと降り注ぐ。渋谷がチョイスした服はジーンズにシャツに薄手のブルゾン、という僕もよく着ている組み合わせだった。『2、僕の髪をセットする』も含めて渋谷に全身コーディネートを施してもらった僕は…まぁ、どこからどう見ても普段と変わらないけど、気分だけは凄く新鮮なまま、電車に乗り込んだ。

「天気が良くて何よりだよな」

「うん、お出かけ日和だよね」

「でも『3、本屋に付き合って欲しい、4、その後昼食食べて、5、のんびり散歩』って…普段とそんなに変わらなく無いか?」

「そうかな?でもいいじゃない、僕がして欲しい事、してくれるんでしょ?」

「まぁな」

 ちょっと腑に落ちない顔の渋谷だったけど、僕が笑うとようやく笑顔になった。僕としては結構、このプランは楽しいんだけどなぁ。
 その後都内有数の本屋を探索した僕等は、気分で立ち寄ったそば屋でご飯を食べて、昼間の公園でコーヒーを飲みつつ休憩していた。僕はサッカー、渋谷は野球の雑誌を広げながら。穏やかな陽気だからか色んな人が思い思いに過ごしていて、場所は違えど、眞魔国を思い出して懐かしい気持ちになる。

「…血盟城の庭、思い出すな」

 雑誌を見ていた筈の渋谷も、同じ事を思っていたらしい。噴水を見つめる横顔が何だか大人びて見えるのは、長く一緒にいるせいかもしれない。

「そろそろ呼ばれ時かもね」

「そうだな、でも今日だけは勘弁だな」

「どうして?」

「どうしてって…そりゃ、村田の誕生日だからじゃん」

 当たり前の様に言われて思わず頬が緩んだ。深い意味は無くたって、都合良く考えてしまう。それって、僕の為、って事でいいのかな。
 その耳が少し赤いように見えたのは、気のせいって事にしておこう。



 散歩の後、夕飯の買い物をして家に戻ると、時刻は夕方を回っていた。『6、夕飯を作って』のリクエスト通り、渋谷がカレーを作っている間に、僕はお風呂を掃除する。ついでに洗濯物を畳んで待っていると、鼻をくすぐる良い匂いがして、エプロンをつけた渋谷がお皿を二つ持ってくる。

「はいお待たせ、カレー出来たぜ」

「わーい、待ってました!」

 渋谷の作る料理は何でも好きだけど、ついカレーをチョイスしてしまうのは美子さんの影響もあるからだと思う。簡単なサラダも作ってくれて、喜びながら席に着く。

「美味しそう、いただきまーす」

「いただきます」

 一口、二口と口に運んで味わうと、渋谷を見て親指を立てる。美味しい、の合図に頬を緩める姿が愛らしいなぁと思いながら、スプーンを構えると、渋谷に向かって差し出す。

「しーぶや」

「…」

「あーん」

 『7、渋谷にあーんして食べさせてあげる』を早速実行すると、きたか、という視線で返される。そりゃ、渋谷からあーんしてもらうのも嬉しいんだけどそれじゃあ余りレア度が無いからね。僕からした時に素直に口を開いてくれるっていうのが嬉しいじゃないか。

「…あーん」

 目立った抵抗もせず、渋谷は口を開いてくれた。にやけながらスプーンを口に入れると、ぱくりと食べてくれる。こういう恋人らしい事って、改めてやると結構恥ずかしいな。

「美味しいでしょ」

「なんせおれが作ったんだからな」

 そう返しながら渋谷がスプーンを差し出してくる。一瞬驚いたけど、口を開ければ渋谷からもあーんをしてもらえた。これは結構、嬉しいかも。
 そうしてご飯を食べ終わった僕は、一番風呂を譲ってくれた渋谷に甘えて、先にお風呂に入ってきた。髪を拭きながらリビングに戻ると、渋谷がソファに座っていたので隣に腰かけると、読んでいた雑誌を置いて笑顔を向けられる。

「良い湯だった?」

「うん」

「じゃ、髪乾かすか」

 『8、髪を乾かしてくれる』の通り、渋谷がドライヤーを持ってきてくれる。ソファに座ったままそれを待っていると、コンセントを差し込んでから隣に座ってきた。やりやすいように渋谷に背を向けると、くい、と肩を掴まれる。

「ん?」

「村田」

 そう呼ばれて振り向くと、渋谷の胸に引き込まれた。ぎゅ、と肩を抱きしめられて驚いていると、そのままドライヤーのスイッチが入れられる。機械音が耳に響いて、熱風が髪に当たるとドキドキと心臓が鳴る。渋谷の胸に押しつけられたまま髪を撫でられてるみたいな気分になって、思わず背中に腕を回す。渋谷の匂いに染められるみたいで余計に胸が躍る。何も言えなくて目を瞑ると、渋谷にそっと身を預けた。

「うん、大体こんなもんかな」

 数分後、機械音が止んで、ドライヤーを置く音がする。そのままゆっくり髪を撫でられて、小さく名前を呼ばれた。

「村田」

 頭を上げると渋谷の目が僕を見つめていて、その口が笑顔の形になる。

「ドキドキするな、これ」

 その顔が可愛過ぎて、思わず僕の方から抱きしめていた。

「うわっ」

「渋谷、反則」

「反則って」

「『9、渋谷の精一杯の愛情表現』がこれだなんて。もっとドライな感じかと思ってたら…まさかこんな甘いとはね」

 ぎゅっと抱きつくと渋谷が肩越しに呆れた調子で返してくる。

「…あのなぁ、おれお前が思ってる程淡白じゃないつもりなんだけど」

「うん、知ってる。でも嬉しくて。十分『10、幸せにして』もらったよ。ありがとう」

 本当はお願いを聞いてくれた時点で既に幸せだったんだ。それが一つ叶う度に嬉しくて、楽しくて、でもそれってきっと、ものすごく単純な事だった。

「ばか、まだ残ってるよ」

「え?」

 そう言うと、渋谷が耳元でそっと囁いた。

「誕生日おめでとう。産まれてきてくれて、ありがとう」

 そして小さく、なんだか、おれも幸せな気分。なんて呟くから。

「渋谷がいてくれるだけで、僕は世界一幸せだよ」




 幸せの理由を僕は、胸を張って答えたんだ。










月に愛を、ありったけの愛を!様の企画に参加させてもらいました。「幸せにしてくれる?」というお題です。どうもありがとうございました。
ちなみにケーキの描写が少しも無かったですが、この後ちゃんと出てきて食べてますよ。恐らく。