強がり






おれ、お前を泣かせたかったんじゃないよ。
いつだって幸せに、笑っていて欲しかったんだ。
それがずっと出来なくて、ごめんな。



「坊ちゃん」

待ち構えたように眞王廟の外で待っていたヨザックに、急に自分の地位を思い知らされた気がして立ち止まる。
もう何もかもお見通しなんだろう、と、無理に笑顔を作るのは辞めにした。

「…ごめん」

「何がです」

「勝手に、ここまで来て」

「…解ってるならいいです」

その代わり、城に帰るまでにその目元だけは冷やしておいてくださいよ。と渡されたハンカチは濡れていた。
目元に当てると、ひんやりと熱を奪う。
唇をぐっと噛み締めると、村田の温度を思い出した。
最後の最後に、おれはまた、傷つけて。
でもきっとこれで、おしまいだから。
今度こそ。

「…なー、ヨザック」

「何です?」

「おれ、ちゃんと笑えてる?」

ハンカチで目元を拭って、出来るだけの笑顔でヨザックを見る。
おれが村田の幸せを願うなら、これからも同じように過ごしていかなきゃいけないんだから。
これくらいの事、出来なくてどうする。

「…ちょっと辺りが暗くて、すいませんが良く見えないですねぇ」

珍しく眉を下げてヨザックは笑った。
おれに見えるものが、ヨザックに見えないわけ無いのに。

「そっか…」

おれも同じだ。
村田がずっと見てた現実を、見ない振りして誤魔化してた。
ただ最初は、好きという気持ちだけしかなかったのに。
いつの間にそれが、立場とか、環境とか、そういうもの全部に囲まれていって。
…違う。この恋が、全部に影響する様になってしまったんだ。
だから村田は、駄目だって言った。

『僕をこれ以上好きにならないで』

真っ直ぐにおれの目を見て、そう言うから。
思わず頷いてしまったんだ。
あの日。

「…おれが、おれがいけなかったんだ」

軽く考えすぎていたんだ。
甘く見すぎていたんだ。
国も、環境も、立場も、おれ達の未来も。
解ってなかったんだ。
村田がそれをどれだけの思いで言ったのか。
どれだけの覚悟で言ったのか。
村田はきっとあの時、今日がくる事も、知ってたんだ。
こんな日がくる事も。

「坊ちゃん」

「おれだけ、何も、知らないままでっ…」

ずっと側に居たかった。
だから村田の言う通りにしようと思った。
でもそんなの、出来るわけ無かった。

「…」

「…違う、本当は、解ってた」

最初から本当は、解ってた筈だろう?
無理だって言ったら、そこで終わってしまう気がしたんだろう?
でも、余りにも幸せだった日々に差し込んだ影が、日々世界を侵食していくのに気付いてしまった時にはもう、遅すぎて。
見失ってしまったんだ。

「坊ちゃんも、猊下も。お互いを想う余りに傷つき合う…それでも、幸せになれると思うんですか?」

「でも、これが村田がおれにくれたものなんだ」

「オレは…そんな2人を見たくない」

それでも、幸せにならなくちゃいけない。
村田がおれに望んだ、最後の願いだったから。
それと引き換えに、村田は自分から痛みの雨の中に走って行ったんだ。
そこでずっと、苦しんでいたんだ。
そんな村田をもう、見て居たくなかった。
おれの腕の中で泣きながら、壊れそうになっていく村田を、解放しなくちゃいけないと思った。
だから、おれは、あんな風に。

「だって、しょうがないんだ」

さよならさえ上手く言えなくて、わざと言わせて傷つきにいった。
おれは最後まで、村田に甘えたままで。
こんなおれを、どうか嫌って、憎んで、いつか、忘れて欲しい。
その為になら幾らだって、幸せな振りをしてみせるから。

「…しょうがないなんて一番聞きたくなかった」

「…だって」

だって、だって、だって。
こんなにも愛しているんだ。
こんなにもこんなにも、村田の事を愛しているんだ。
愛してる愛してる愛してる。
だから。

「…愛してるから、離れたんだっ…」

村田の心が、これ以上ここに留まらないように。
どうか村田が、幸せになれるように。