夢の降る丘で







僕の空には今も、きみという夢が降る





「なぁ」

「んー?」

「なぁ、もう目、開けて良い?」

「もうちょっと待って」

さく、さく。
踏みしめる足元の草の音だけが大きく響く夜。まだ春には少し遠くて、重ための上着とマフラーを着込んだ僕と渋谷は森を歩いていた。
こっそり渋谷を連れ出したけれど、眞王廟からそんなに離れていないから大丈夫だろう。
だって誰にも邪魔されたくなかったんだ。

「なー村田、おれは一体いつまで目を瞑ってればいいの?」

「ごめんね、後少しで着くから。転ばないように気をつけて」

「いや、謝る事でもねーけどさ」

とっておきの場所に連れて行くから、僕が良いって言うまで目を瞑っててくれる?
そう言って出発してから暫く経つ。
素直な渋谷がちゃんと目を瞑ってくれてるから、裸のてのひらがとても暖かい。
さりげなく繋いだ手の、間に流れる体温が心地よくて嬉しいんだ。
そんな事を考えると頬が緩んで、あっという間に目的地に到着する。
僕の、大切な場所。

「…渋谷、目、開けて」

丘の中心に立って、渋谷に声をかける。
どんな反応をするのか早く見たくて胸がざわめく。

「いいの?」

「うん、もう着いたから大丈夫」

繋いでいた手をそっと離して、それと同時に渋谷の瞳が開く。
2、3度目を瞬いてからそれは大きく見開かれて。

「う、わー…」

驚きに開いた口元が笑顔の形になるのを見届けてから、僕も視点を空に移す。
今日は良く晴れていたから、きっと綺麗だと思ったんだ。

「すっげーな、この星空…」

「でしょ?周りに何も無いから凄く良く見えるんだ」

満天の星空。
僕の昔の記憶にあって、今の記憶にもあるこの場所。
血盟城からは離れているからなかなか気づきにくいけど、彼は此処をとても大切にしていた。

「綺麗だな…」

「うん」

この全てが、貴方の物。
彼は此処で夜空を見上げて呟いた。
空を覆い尽くす星も、夜に飲み込まれる自分さえも、全部。
それは彼の大切な思い出。
僕も此処に立ってやっと、彼が思わず呟いた感動の意味を知ったんだ。

「…此処って、村田の大事な場所?」

「そんなトコ、かな」

「…そっか」

渋谷が横で笑った。
冷たくなりかけた手のひらが、温かくなる。
渋谷から繋いできた指先。
絡まった指先がしっかりと組み合わされば、心だって満たされる。

「…」

「…何か、こんなに綺麗だと胸が押し潰されそうだな」

そう話す横顔が綺麗で、思わず口をついて出てしまいそうになった言葉。
だいすき、と。
手のひらに滲む熱が、夜の蒼に溶けていく。

「…渋谷」

「ん?」

「…もうちょい、近づいて良い?」

そう言いながら身を寄せると、渋谷が一瞬固まって、それからゆっくり僕の方に傾いた。
くっつく体が、服を通してでも温かさに変わって伝わってくる。
これが僕の宝物。絶対に無くしたくない、大切なもの。

「地球じゃ田舎にでも行かない限り見られないかな」

「そうだな、こんなに沢山の星が見れる場所なんてそうそう無いよな」

「…此処ね、大賢者の思い出の場所だったんだよ」

伺うように瞳を覗き込む。
少し驚いた輝きに合わせてキスをすれば、併せて閉じてしまうから。
一瞬だけの口付けにも、渋谷は頬を赤らめた。

「…いきなりすんなよ」

「どうしてもしたかったの」

頬を緩ませて言えば渋谷は仕方なさそうに口をへの字に曲げる。
ごめんね渋谷。自分で言ったのに、渋谷が僕以外の事を考えるのが嫌になったんだ。
そんな子供らしい感情、きみの前でしか見せないけれど。

「…でもね渋谷、今は僕の大切な場所なんだ」

「村田の?」

「そう、僕だけのプラネタリウム」

でも一人じゃ広すぎて寂しかったから。
きみを連れてきたかったんだ。

「プラネタリウムか」

「うん…でも渋谷には見せたくて」

星の降る丘に、いつか貴方を連れて行きたかった。
微笑みながら呟いた言葉を受け継ぐ訳もつもりも無いけど。
渋谷の喜ぶ顔が見たかったんだ。

「…そっか」

「うん」

「ありがとう、村田」

そうやって嬉しそうに僕を見つめてくれる渋谷に会いたくて、連れてきたんだ。
昔から変わらない、それより増えた気もする星達が降る中で、きみに好きだって言いたくて。

「…どういたしまして」

笑ったまま顔を近づけると渋谷も今度は笑っていた。
そしてそのまま、唇を重ねる。
そこから伝わるように、心で強く唱える。

渋谷
好きだよ。

「…」

「…」

唇を離せば優しい瞳と目が合う。
照れを隠せない眼差しが、はにかんだ口元に良く似合った。

「…おれも」

「え?」

目を見開くと、恥ずかしそうに繋いだ手に力を込められて。

「おれも…、同じ気持ちだから」

何も言って無いのに、通じる想いがあるんだ。
胸が柔らかな温度に包まれて、まるでお湯の中にいるみたい。

「…渋谷、ありがとう」

それは彼だって得難かった感情。
目の前にいる渋谷にしか貰えない感情。
視界の端で、流れ星が零れて。

「…うん」

目の前で笑う渋谷の手のひらを握り返せば、春の夜風が吹いた気がした。