さよならレイ
綺麗な夕焼けだった。
渋谷と2人で迎える朝日、なんて洒落たものは無かったけど沢山の夕日は見てきた。
今日もこうして、地平線に落ちていく太陽を迎賓塔の屋根の上で眺めている。
出窓から足場を作って昇れるようにしたのは渋谷。
そこにいつも連れ出すのは僕。
ふたりぼっちが寂しいなんて、思う事も無かった。
「…」
「…」
言葉はそこまで必要じゃなくて、今だって会話も無い。
でもとても暖かくて、胸はゆっくり、渋谷でいっぱいになっていく。
幸せってこんな事を言うんだろうなって膝に顔を埋めたら、ふいに肩に手を置かれた。
そのまま肩を寄せたら視界に影が落ちて、渋谷に覗き込まれていた。
「…ん」
「眼鏡、ちょっと邪魔だったな」
意思を持って触れた唇は妙に生暖かくて、湿っぽくて渋谷の味がした。
きっと僕しか知らない筈のやわらかい、いいにおいのする唇。
少しだけ笑って眼鏡を外してみると、深い瞳に射抜かれる。
真剣な顔。
心臓が、ドクリと沸いた。
「んっ…」
少しだけ細めた瞳の脇から差し込んでくる夕焼けの紅い光と、シンクロして熱を持つ重なる舌の甘さにくらくらと、酔いしれる。
多分誰かが通ったら気づかれてしまうだろう。
でも、気にもならないくらいに僕らは長くて短い、キスをした。
渋谷の両手が優しく肩に触れて、背中に、腰に回って。
唇が離れると急に恥ずかしくなってそのまま胸に額を押し付けた。
あぁ、だから抱きしめてくれたのか。
「…ね」
「んー?」
「…渋谷って、あったかいね」
「村田はいいにおいがする」
「そうかなぁ」
「うん、おれしか知らないんだよ、きっと」
僕の記憶の最後に映るものがきみであってほしい。
これからもこの記憶が続いていくのならば、自慢したいんだ。
僕が今まで過ごしてきた魂の器の中で一番幸せだったって。
「この先もそうだよ」
「おれしか知らない?」
「うん」
「じゃあ村田も、だな」
優しくて甘い嘘をまたひとつ、渋谷の胸の中で吐いた。
渋谷も甘いキャンディみたいな嘘を僕にまた、くれた。
舐めてる間はきっと、幸せでいられるから。
「渋谷の味は、僕しか知らないんだね」
「そう、村田だけだよ」
でもさ、渋谷。
きっと僕は嘘を吐いた振りをしてるだけなんだよ。
渋谷はいつか今日の事を嘘にしてしまうけど、僕の言った事はずっと、ずっと本当だよ。
「…嬉しいな」
でも渋谷には今日の事、嘘にして欲しいんだ。
だからその日が来たとしても僕にごめんねって、言わないでね。
「…綺麗だな、夕日」
「うん」
何もなかったみたいに夕日は沈んでいくけど、きっといつか、終わりが来るその日まで。
僕は渋谷と一緒に居るから。だから。
「…ずーっと、一緒にいれたらいいのにな」
「…うん」
…でも今は、もう少しだけこのまま甘い甘い嘘の中に居れたら。
そう思って今日も、僕はきみの隣で舐めるんだ。
甘くて幸せな渋谷の味の、キャンディを。
end.