きみの て







霧雨がきらきらと外の景色を覆って、秋の気配が色濃くなる。
この季節の雨は気が重くなる。
バルコニーに出て、1人雨の欠片を体に浴びた。

「…冷たい」

おれの事を、綺麗に隠してしまうくらいの霧雨。
指に伝う雫に村田の温かさを思い出して、ふいに顔が歪んだ。
泣きそう。

「ちくしょ…」

おれだけが忘れてしまうのかな、このまま。

「んなの、違う…」

何時の日か全部、思い出になるのか、なんて。
そんな事思いたくない。
それを村田が望んでるとしても、今はきっと泣いてる。
おれが今、泣いているみたいに。
だっておれ達は、少なくともおれはこういう結末を望んだんじゃない。
村田が胸を焦がす相手がおれだった事に間違いは無かったのだから。

「覚悟してたのは、村田だけだったなんて」

呟いて、溢れた涙を腕で拭った。
少しだけ温かい生まれたての涙は、村田の手のひらみたいで。
あの優しい指がおれに触れる度、おれの心は幾らでも満たされた。
おれより少しだけ小さな手が、いつでもおれを守っていてくれた。
温かさは確実に、おれの全てを包んでた。
あんな気持ちになれたのはうまれてはじめて。

「…まだ、こんなに好きなんだよ…」

村田が居る事。それがおれにとっての特別だった。
あの小さな部屋で過ごした時間が、2人で居た日々が、おれの好きな笑顔が。
全部が今でもこうやって立ちすくむおれに降り積もる。
それは記憶の灰の様で。
涙だけ簡単に零れ落ちる。
欲しい笑顔も手に入らないのに。

「あんなに側に居たのに」

村田、と小さく呟いてゆっくりと項垂れた。
愛しい気持ちだけが幾重にも重なって、心が破裂しそうに苦しくて。
痛みを忘れられない村田を思うと、涙は更に零れ落ちる。
おれはそうしてずっと、バルコニーに立ち尽くしていた。
霧雨がおれを消してしまえばいいと思いながら。






end.