深夜のデート





ピカピカピカピカ…

「…んぅ?」

真っ暗な部屋にピカピカと光が入り込み、視界が眩しくなって瞳を開いた。
網膜に入り込む光に反射的に目を瞑り、皺の寄った眉間のまま目の前の携帯を見る。
サイレントモードにしているとは言え、着信時の光までは止められないのが携帯というものだ。

「何だよ…?だれ…?」

アラームを解除したまま枕元に置いて寝てしまったのが不味かったか。
メールにしては長すぎる着信に電話がかかってきたのだとぼんやり理解した。
近眼だから近付ければ、深夜の不躾な電話の相手が判明する。

「…ぁ…?」

だけどディスプレイに映ったのは「公衆電話」の文字だった。益々眉を寄せながらも無意識に通話ボタンを押していた。

「……はぃ」

眠気漂う低い声で返事をすると、聞こえてきたのは思ってもみない声だった。

「…むらた?」

「え?」

聞き覚えのある声が耳に入ってきた瞬間、眠気が一気に覚めた。
え?どうして?

「…しぶや?」

「……ごめん、こんな時間に」

「どうしたの?今夜中じゃない…しかも公衆電話からなんて」

驚いた。絶対にあり得ないと思考の隅から外していた相手からかかってきたのだから尚更。
完全に覚めてしまった頭を起こしながらこれまた無意識に眼鏡をかける。
普段ならこんな時間にかけてくる筈無い相手なだけに益々不思議で。

「…今な、お前ん家の近くのコンビニからかけてるんだ」

「は?」

コンビニ?

「…鍵無くしちゃってさ」

「…何の?」

「チャリの」

「……で、何で僕に電話するわけさ」

呆れた。何かあったのかと身構えてたのに。
出来事は対した事じゃなかった。

「…怒ってる?」

機械を通して聞こえる渋谷の声はいつもとは違くて、何だかそわそわした。
ゆっくりベッドから降りるとカーテンを開ける。夜だ。

「…呆れてるけど、怒ってないよ」

「…よかった」

「マナー違反だとは思うけどね、こんな深夜に電話だなんて」

「だってこっそり抜け出してコンビニに行ったら溝にチャリキ落としちゃってさ、夜だから見えないし。そんで途方にくれて…村田に報告したくなったと言うか」

少し慌てた声に、今の渋谷を想像して頬が緩んだ。
多分今、黒電話を使っていたらコードに指を巻き付けてしまうくらいに。
手持ち無沙汰にクローゼットを開けると、ふと思い付いてパーカーを取り出す。

「今どこのコンビニに居るの?」

「……おれん家の近くの、だけど」

部屋のドアを開けると玄関まで直行する。歩きながら受話器に笑いかけた。

「了解、今から行くから待ってて?」

「え?どうして」

「誰かさんのお陰で目が覚めちゃったからさ、会いに行くよ…ダメかな?」

靴を履くと財布と自転車の鍵をパーカーのポケットに突っ込む。幸い今夜は親も居ないし。
そうじゃなくても、会いたいと思ってしまったのだから。

「ダメじゃないけど…夜中だぜ?」

「構わないよ、明日は土曜だしね。じゃあ家出るから切るよ?5分位で着くから」

「えっ、あ、待って!」

「え?」

更に慌てた渋谷の声。ドアに手をかけたまま立ち止まると。

「…本当は村田ん家の近くのコンビニに居るんだ」

表情は見えないけれど照れ臭そうな声。
隠してた事実に驚いて、凄く嬉しくなった。

「…了解、じゃあ3分もしないね」

それは全て一瞬の事。
渋谷に会いたい気持ちが強くなるのに時間なんて要らないんだ。

「…うん」

「じゃあ切るね、すぐ行くから」

「わかった」

お互いそう言いつつ無言の会話が続いて。
振り切ってピ、とボタンを押すと電話は切れた。
家を出て、廊下に響かない様に歩くけど足取りは軽く、半ば小走りになっていた。
夜の空気は新鮮で、僕の胸を酸素で満たす。


****


行き慣れたコンビニの灯りの下に渋谷は立っていた。深夜の筈なのに中には数人、人も居る。
渋谷は僕に気付くと反射的に微笑った。ホッとしたように。
そういう瞬間、何故だか凄く嬉しくなる。まるでこっちもホッとしたかの様に。

「よ」

「やぁ。きみが深夜に出歩くなんて不思議だね」

自転車に乗ったまま挨拶をすると決まり悪そうな顔をされた。
それは灯りの下で、夜空の下でほわりと映し出される。

「昼寝しちゃって寝れなかったんだよ」

「昼寝?」

「今日学校が午前で終わってさ、家帰ってあー眠いなぁでも寝たら夜寝れないよなぁ…でも三時間位なら平気だよな…って寝てたら夜の九時になってた…って笑うなっ」

百面相をする渋谷に思わず笑うと、頬を膨らまして怒ってくる。
ありきたりな理由で良かった、と安心してる自分にも少なからず笑えるけど。

「そりゃ眠れないな」

「だろ?しかも夕飯もあんまり残ってなくて腹減っちゃって」

「だから抜け出して来たって訳」

渋谷の自転車は店の陰に置いてある。鍵を落としたとされる溝は確に、この暗さじゃ探したくない深さだ。

「そ。そしたらこんな事になっちゃってさ。鍵は明日店員さんが探してくれるって」

苦笑いを浮かべると渋谷はポケットから小さなペットボトルを取り出す。
それを僕に渡すと空いたポケットに手を入れた。

「何?」

「わざわざ来てくれたから、お礼」

小さく呟くと決まり悪そうに肩を突っ張らせる。
僕は手に滲む温かさに嬉しくなって、渋谷の顔を見て微笑んだ。
無器用な仕草も可愛い。

「そんなのいいのに…でもありがとう」

「ん」

ふるふると首を振る渋谷の手にある袋はまだ中身が入ってるみたいで。
荷台を指差して笑う。

「乗って。家まで送るよ」

「いいの?」

「勿論。その為に来たんだから」

そう言うと渋谷は嬉しそうにはにかんだ。
そんな風に笑うのを見たのは初めてじゃないのに、僕はその時物凄く胸が疼くのを感じた。
ぐ、と締め付ける感覚に思わず息を吐く。

「サンキュ」

そしてこれが、僕にしか見せない笑顔だって自惚れてしまうんだ。

「さ、乗って」

心地好い余韻に浸りながら渋谷を促す。
後ろに重みが加わると、ペダルを踏んで動き出した。
コンビニを出て渋谷家目指して走り出す。
夜中でも外灯が光るからあまり支障はない。声はやたらと響くけれど。

「なぁ村田」

「ん?」

コンビニを出て行き慣れた道を抜ける。二つ目の曲がり角付近で渋谷がふいに声を出した。

「…まだ時間ある?」

「別に平気だけど?」

服の端を掴む指が嬉しくて気恥ずかしい。
背中を介して伝わる声は、携帯を通じて流れてくるよりとても澄んでる。

「ならさ、公園寄っていかない?」

「公園?」

渋谷の指が僕の髪に触れた。何度か指に絡ませながらそっと呟く。

「…折角会えたんだからもう少し話したいだろ?」

照れ臭そうに言うと腰にぎゅ、と抱きつかれた。
背中に頬を寄せられて瞬間、ドキリとする。

「…いいよ、行こう」

動揺を悟られない様に呟くとペダルを踏む力を強くする。
こんな風にしてくるのは初めてで、トコトン夜の力は強いと思った。
触れた部分だけ熱を失わないから心臓は揺れるばかりで。
一番近くにある公園の入り口で自転車を停めるとくっついていた渋谷が離れる。

「…到着っ」

すっと熱が逃げて行って、その事を残念に思いながら僕も自転車を降りる。
そのまま渋谷を見ようとすると、バッと目を逸らして園内に入ってしまった。

「渋谷?」

鍵をかけると追い掛ける様に中に入る。
渋谷は外灯の近くにあるベンチに座っていて。
一息ついて見上げれば空は高かった。

「…星が出てるねー」

「だな」

横に座りながら渋谷の方を見ると、また目を逸らされて。
微笑ましく思いながらも距離を詰めてみる。

「渋谷があんなに甘えただなんて知らなかったよ」

「甘えた?!」

驚いた様子でこっちを見たと言うかは噛みつく様なカンジだ。
自覚アリって事かな?

「じゃあさっきのは何?」

もう少し距離を詰めてやると渋谷は観念した様に僕を見つめた。
それはそれは、艶めいた視線で。

「…さっきのって?」

「僕に抱きついてきた理由」

「…それをおれに言えっての?」

かあっと、頬が染まるのが見えた。
渋谷の肩に腕を回すと視線をもっと絡ませる。

「…言わなくても解ってるけど」

「じゃあ言わない」

「言って」

「やだ」

「…じゃなきゃキスしちゃうよ?」

ふふ、と微笑ってみせると渋谷はゆっくり、恥ずかしそうな瞳を僕に向けて。

「…」

沈黙は肯定の証。
渋谷の頬に手を添えると、額がくっつく位の距離で囁いた。

「…キスして欲しい?」

瞬間、渋谷の瞳が甘く揺らいで。

「…んっ」

そのまま返事も聞かずに、熟れた唇にキスを落とした。
柔らかい唇に重なる熱と、抵抗しない渋谷にドキドキしながら舌を少し差し込み、絡ませる。
渋谷の指が彷徨うように僕の服に触れて、ぎゅっと掴んできたらもう、止まらなかった。

「…ふっ…んぅ」

深く深く、咥え込む様に唇を重ねて舌を押し込む。
静かな公園に小さな息遣いと水音が反響している気がした。
熱く絡ませて吸い上げてやると唇の隙間から渋谷の息が漏れて。
だんだんと力が抜けていく相手の背を支えながら、まるでハロウィンのドラキュラみたいに渋谷の唇を貪る。
星に見られている気がして、渋谷の目に手をかざすと歯の裏を舐めて解放してやる。

「…っ…ぁ」

ゆっくり手を離しながら熱を放つと渋谷が浅く呼吸を吐きながら、虚ろな瞳でこっちを見た。

「…結局っ…したじゃん…」

それが凄く可愛くて、ぎゅ、と更に抱き寄せるとされるがままに胸に収まった。
パーカーの裾はまだ、ぎゅっと掴んだままで。

「じゃあ言ってくれたの?」

往来でこんな事をしたら渋谷はいつだって機嫌を悪くするのに。
照れた瞳はどこか満たされた様に優しかった。

「…言わない」

「でしょ?」

にこりと微笑むと頭を幾度か撫でてやる。
見上げた顔にまた唇を落とすと、頬に手を触れて。

「充電出来たかい?」

呟くと返す瞳が丸くなった。
小首を傾げて笑うと、逸らす様に胸に額を押し付けられる。

「……知らない」

そして囁く甘い言葉。その拗ねた口ぶりさえ可愛くて。

「…渋谷は本当、甘えただなぁ」

そう言いながらも同時に満たされている自分につい笑みが溢れた。
久しぶりのデートでまさか、こんなに甘い時間が過ごせるなんて。
そもそも電話をかけてきた時点でとっくに、僕は満たされていたんだけど。

「…村田のせいだ」

「はいはい」

夜の間だけ、こんな素直な渋谷が見れるならこのまま夜が明けなくてもいいかな、なんて。
そんな事を考えながらぎゅっと抱きしめてやると、渋谷が腕の中で幸せのため息を吐いた。











end.