きれいな夜






言ってなかった事があったね。
きっと、僕はきみを好きだよ。



「…」

夢を見た。
目が覚めたら世界は、きれいな色をしていた。
おれの心が、今すぐに、と呟いていたんだ。

今すぐに、あいたい。

どこにそんな、今は夜だから、とか非常識だから、とか言う気持ちを跳ね除ける力があったんだろう。
ただ直ぐに逢いたくて、声を、言葉を聴きたくて。
ベッドを抜け出し、お供も連れずにおれは走っていた。
眞王廟の裏から入り込んだ廊下は冷えていて、靴を履いていないことにその時気づいて。
バカだな。
きっとそう、言ってくれるんじゃないかとか思いながらおれは村田の部屋に急いたんだ。

「…むらた」

開いた扉の向こうにはいつもの姿は無かった。
少し開け放したバルコニーへの扉から風が流れて頬を撫でる。
あの部屋が、脳裏に浮かんだ。




村田の部屋から出ると右へ進んで、像の前まで来る。
そう言えば石の位置を覚えていないと思っていたら、台座が動いていた。
あの部屋に続く通路が、見える。
少し暗いその道を歩き出す。
ひたひたと、足の裏になじむ感触は決して滑らかなものではないけど気にならなかった。
夜が、月が、おれを導くようにその部屋の前まで来ると扉を押す。
向こう側に、村田が居た。
ベッドに座って窓を開けて、あっち側を見ている。

「村田」

振り向いた村田は、此処に来るのを待ってたみたいな、全て解ってたみたいな顔をしてて。
おれを見て、ゆっくり微笑んだ。

「渋谷」

村田。夢にお前が出てきたんだ。
それっておれがお前を想っての事なのかな。
お前がおれを好きだって想ってるなら、もしかするとそのせいなのかな。

「…気づいたらここまで来てた」

「うん、…バカだな渋谷は、靴くらい履いておいでよ」

「ごめん…でも急いでた、から」

「どうしたの?」

「夢に、村田が出てきた。おれを好きだって言ってた」

「…」

見開かれた瞳に、立ち止まっていた足をまた動かす。
ベッドに近付くと、村田がおれを見て目を逸らす。
それが何だか、凄く愛しくて胸が痛くなった。


「村田、おれもきっと、お前が好きなんだよ」


とっくの昔にきっと、そう思っていたんだ。
きれいな色をしている、世界はまるで恋をしたように。
今までの関係ではもう、物足りないほどの愛おしさ。

「…うん」

「村田の事が、好きだ」

静かな部屋に夜の音。おれの声は緩く響いた。
言葉にしてみれば凄く単純で、水の様にさらりと告げられた。
照れる事も、強がる事も無くてただ、それが当たり前だったみたいに。

「…僕も渋谷が好きだよ」

「…そう」

「ずっと好きだった様な気がする」

「おれも」

気づかない振りをしていたと言うよりは気付いていなかった事実。
通じ合うのも当たり前だとその時おれは確信していたから。
自然と村田を求めた手が拒まれる事なく、重ねられて初めてその柔らかさを知った。

「…胸がドキドキするんだけど」

「本当?僕もだよ。ドキがムネムネする」

夜の明かりは何一つ無い夜空に輝く月の光だけ。
互いの姿を確認すると、少し笑い合った。
村田が近づけてきた唇に、おれも合わせて唇を寄せて。
初めてのキスは思ったより冷たくて、胸が熱くなった。

「…ん」

そのまま、どちらとも無くベッドに倒れて。
何度か唇を重ねて、少しずつ舌を重ねて。
体が自然と動いていた。やり方とか、そういうのを知らない筈なのに、まるでずっと解っていたかの様におれは、村田に触れた。

「…渋谷、僕でいいの?」

「どうして?村田こそおれでいいの?」

首筋に触れた指に温まる心と熱を覚えながら、村田の表情を読み取る。
肌蹴た胸元を、肌を重ねると温度が心地よくてそのまま眠りたくなって。
一糸纏わぬ姿のおれ達は酷く無防備で、頼りなくて、だから寄り添いたいと思った。
それが誰でもいいわけじゃないと心の底から感じている。

「…ううん、渋谷がずっと欲しかったから」

「だからだよ、きっと。おれは村田に惹かれる運命だったんだ」

「それなら、僕は渋谷に全てをあげたい」

それは村田の心からの、告白だった。
どうしてだろう、こうなるのも必然だった気がしてならない。
おれは胸が満たされていく心地良さに浮かんでいて。
背に回された2本の腕が、おれの心を包んでいた。

「おれの全てを、村田が貰ってくれるなら」




そうやっておれ達は月の明かりが差し込む部屋でひとつ階段を上った。
そこから見えた景色はやっぱり今までとは違って見えていて。
幸せのかけらが沢山、落ちていたのに気付いたんだ。



end.