初体験





−たぶん、

好奇心だと思う。


だって渋谷は

童貞だったしね








「あー、暇」

うららかな午後、渋谷の部屋、隣の部屋にはお兄さん…は今日はいないらしい。ジェニファーさんは本日夫婦でお出かけらしく、渋谷家には渋谷と、呼び出された僕の2人っきり。

「暇って、もう勉強しないわけー?」

広げたノートにはいくつか数式が書き込まれている。

「だって疑問解決しちゃったんだもん」

勉強嫌いの渋谷に呼び出されたと思ったらノートいっぱいに書かれた問題を出されて、明日提出だから手伝ってくれって。

「まぁ、解き終わっちゃったけどね」

ささっと解き終えてしまいましたが。だってこの問題、殆どが中学の復習だよ?

「流石はムラえもんだよ〜」

「そう?」

ベッドに寝っころがりながら安心したように呟く渋谷は少し目が眠そう。

「コレ渋谷だって出来るでしょ」

「出来る!と思ったんだけどなぁ〜、無理だった」

頭を掻きつつ笑う渋谷にタメイキが出る。勉強しましょうよ。

「勉〜強〜は〜裏切らないんだよ〜」

「はいはい」

「うわー、冷たいな渋谷」

渋谷の為を思って言ってるのになぁ。2年後後悔するよ、きっと。

「なぁ、何か面白い事ない?」

トレーナーの裾から、引き締まった肌がちらりとのぞく。

「……んー」

何故だかわかんないけど、その瞬間思った言葉が口をついた。


「じゃあ、キスする?」


「…え?」

笑いを含んだ声を出されて、お返しにとにっこり微笑み。顔だけ上げた渋谷の唇に唇を重ねる。記憶にある以上に柔らかい感触は何だか腕に唇をつけたみたいだ。
離しながら目を開けるとまん丸く開いたままの瞳と視線がぶつかって。

「……え?何?」

状況が理解出来てない様子。そりゃそうか。
でももう引き返せない。渋谷の頬が染まるのと同時に僕の頬も熱くなる。

「嫌だった?」

取りあえず聞いてみる。渋谷は開けたままの口の端を少しあげる。

「いや…別に嫌じゃないけど……なんで?」

なんで、こんな事したのかって聞きたいんだろ。僕だってわかんないよ。わかんないけど…。

「…キスしたかったから」

理由なんてわかってるくせに。

「ねぇ」

渋谷の瞳を見つめ、手を取る。


「−エッチしよっか」


「は?」

「ううん、『したい』だな」

「何?どういう事?」

ベッドに片膝をつけて乗っかる。
まだよく意味を理解していないらしい渋谷は、そのままの姿で固まっている。

「ねぇ渋谷、エッチしようよ」

「…は?だって…おれとお前は」

「いいじゃん、ね?」

頬に手を滑らせて視線をしっかり合わせると、2度目のキスを落とす。渋谷は少し受け身体制になりながらそのキスを拒まない。どうやらまだ動転しているらしい。
舌を入れてみるとくぐもった声で軽く抵抗する。あぁ、ディープは嫌なんだ。

「ちょ、ちょっと、むらた」

ばっと僕の胸を押し返して声を紡ぐ。困惑してる。でも、唇が誘うんだ。このままどうぞって。

「渋谷…、僕の事嫌い?」

「嫌いじゃないけどおれ達はと…っぁ」

服の中に手を入れてその突起を摘むと突然の展開に渋谷は声を上げる。
…ていうか、僕って狡いな。嫌い?だなんて、そんなわかりきった質問だけで事を進めようとしてるなんて。矛盾に気づかれない内に思考が回らなくしてやろうとか思ってるなんて。

「や……ひゃっ」

摘んだ指をなぶるように動かすと渋谷は声をあげて。喘ぐような自分の声が恥ずかしいのか慌てて手で口を押さえる。

「今更押さえても遅いってば」

からかうように笑って、渋谷のはいているジャージに手をかける。

「ちょ、村田?ダメだってば!」

これから何をされるか理解したようで、僕の手を抑えようとする。だけどそれで僕が引き下がるとでも思ってるわけ?

「駄目?」

「だ、ダメっ」

「何が?」

営業スマイルで応えるとジャージの中に手を突っ込んだ。下着の中にも手を滑らせて渋谷の自身を握る。

「っ……!」

「あれ?」

渋谷が目を瞑り、深く息を吸った。

「半勃ちしてるよ?」

「……触ん…なっ…」

「じゃあ、立たせちゃう?」

「っ、むらたっ、」

掴んだ手を動かしていくと抵抗していた渋谷の力が抜けていく。
焦るような、必死で堪えようとするような瞳を見るとどうにもこうにも、血が騒ぐ。

「無理しないで」

−長くは続かないんだから、さ。

「っ…ぁ、…ぁ」

苦しそうな息遣いの中に時折混じるその声が…ヤバいよね。

「渋谷ぁ、こんなになってるよ」

僕の手を濡らす生暖かい液体を全体に絡めてやりながら指を這わすと、渋谷の口から熱い息が吐かれる。

「っ……やば…むらた…おれっ…」

「あ、もうヤバい?いいよいいよ」

追い上げるように手を素早く動かすと、渋谷が切なげな表情になる。先端をすりつぶすように擦ると唸るような声と共に手に白濁した液体が溢れた。

「…っ……はぁ…」

大きく息を吐きながら虚ろな目で僕を見据える。ちっとも怖くない上に、誘ってるみたいだ。

「むらた……」

「ん?」

「ダメって…言ったろ」

「でも、気持ちよさそうだったよ?」

赤い頬で怒られてもダメージなんか受けない。どうせきっと後で痛いくらい後悔するんだから。

「そ…ゆ事じゃなくて」

「渋谷、僕も気持ちよくなりたいんだけどな」

「……え?」

渋谷の出した液でべとべとの手をある場所に伸ばすと、目を見開く。

「っ!?ちょ、ドコ触って…」

「解さないと痛いんじゃないかな?僕経験無いからわかんないけどさ」

「なっ、何で…んっ」

何で、そこまでするんだよ?って聞きたいんでしょ?だから…わかんないけど渋谷を見るとね、凄く凄く燃えてきちゃうんだよ。

「まずは一本」

「ひっ…」

「流石に入らないもんだよねー」

「何呑気にそんな事言って…んだよ…っ!」

痛そうだったからまた自身に手をかける。さっきイったばかりだから今度は早いかな?

「っ……」

「あ、やっと一本入ったよ」

狭い中で適当に動かしてみる。問題は入り口だよな。

「後ろがっ…気持ち悪い…」

「じゃあ前は気持ち良くしてあげないとね」

嫌悪の表情を浮かべる渋谷に笑みをこぼすと、前を幾度も擦ってやる。途端に息が荒くなっていき、萎えていたモノも少しずつ成長し始めてる。
…ヤバいな。

「…あと2本程追加するよー」

僕もツラい…かも。

「…むら…た…」

「…ん?何?」

「ヤバい…また…っ」

「マジ?ちょっと待って」

パッ、と手を止めると渋谷の瞑っていた目が薄ぼんやりと開いて。

「むらた…?」

「ちょっと早いかもだけど…入れてイイ?」

汗ばむ顔の正面に視点をあわせて、お願いしてみる。てゆーか駄目とか言っても無理だけどさ。

「…痛い?」

「わかんないケド…それより気持ちイイかもよ?」

渋谷の目に迷いが滲んだけど、かき消すように瞼に唇を落とすと

「……いーよ…」

そう、声が聞こえた。

「じゃー、お言葉に甘えます」

−後から思った事だけどその時の僕はかなり切羽詰まってて、渋谷の言った言葉の意味なんて何も理解しちゃいなかったんだ。

そしてそのまま自分のズボンを下ろして、渋谷の足を持ち上げると限界に近い自身を押し込む。

「いっ…!」

「ごめ…僕のが凄すぎるのかも」

「んなわけ…ない……!」

こんな時でも律儀にツッコむ渋谷が可愛い。だけど表情は苦しそうで。悩ましくもあるけれど。

「渋谷…ちょっと力抜いて…僕も痛い…」

「じゃあ…抜けぇ…」

「冷たい事言わないで…よっ」

「い?っ…ふぁ……っ」

苦し紛れに渋谷の自身に指をかけると少し力が抜ける。その隙に力を込めて入れてみた。

「あっ…いぁっ…」


「……凄い、入っちゃった」

いつの間に汗をかいたのか、頬に滴が垂れる感触がする。

「…このやろ…痛い…」

「ごめんね?」

そう言いながらなんだか胸がいっぱいになる気がする。ついに入れちゃったよ、渋谷に。

「……何か変なカンジ」

「僕もそう思う、痛い?」

「…うん」

「ごめん、」

「……あやまるなら…」

「え?」

「……何でも、ない」

「そう?……動くよ?」

「ん……」

腰を抱えて、思いっきり引いてみる。そしたら勢い余って抜けそうになって。慌ててその反動で押し入れる。…やっば、めちゃくちゃ気持ち良い。

「…っぁ…ん!」 

渋谷の口からも甘い声が溢れる。気持ちいいのかな。

「渋谷…思いっきりいくからね」

もう余裕ぶってられないかもしんない。だって渋谷の中が気持ち良すぎて、ヤバい事にすぐにでも達しそうなんだ。でも、初体験だからいいよね、きっと。

「あっ…ん…っ…やぁ」

「…っ、渋谷…の…中良すぎ…っ!」 

ぶつかり合う音と鈍い擬音、荒い息の三重奏に段々頭の中がからっぽになっていく。締め付けが凄くて、くらくらする。
渋谷も目尻に涙を浮かべてさっきまでは恥ずかしがっていた声を高らかに上げている。

「っ…む…らたヤバ……っ…あっ…んっ」

「…っ…っあ」

「いっ…あー、っ!」

「しぶ…や…っ!!」

堪えきれなかった自身は渋谷が達した時の締め付けにより呆気なく絶頂に達した。どくどくと吐き出される白濁は僕には止める術も無く、埋まったままの渋谷の中にそそぎ込まれていく。
…堪えきれなかった。これはマズいよな。

「…っ」

「渋谷…中に出しちゃった」

申し訳なさそうに笑うと、渋谷も眉を下げて笑った。気がした。

「……ばか」

「うん…」

「村田…抜いて…」

「あ、はいはい」

本当はもっとやってみたいなーとか思ったけど、そんな事は言えるはずもなく。渋谷から引き抜くと汚れた箇所を拭いてやる。

「なぁ、村田」

「…ん?」

「気持ちよかった?」

予想外の言葉に顔を上げる。こんな事をした理由を聞かれるとばかり思っていたから。

「……」

でも、渋谷の顔を見たとき胸が痛んだ。その表情はなんだか泣き出しそうで。何かを必死に堪えてるみたいだ。

「うん」

でもここで謝ってしまったらいけないって、思う。

「そっか」

渋谷は自分の腰を見ながら笑った。いつも見せる表情で。

「謝って欲しい?」

「謝られたら殴ってやるつもりだった」

「そう思った」

僕は脱ぎ散らかした渋谷の服を広い集める。トレーナーを手渡すとそれを着始める。

「おれ、まさか初体験が村田だとは思わなかった」

「僕も、まさか渋谷が抵抗しないとは思わなかった」

というか、それは計算した上での行動だけど。


「……村田」

「何…っ痛!」

突然耳を引っ張られて驚きに声をあげると、耳元で大声を上げられた。

「え?しぶ…」

「村田のバカっ!」

じーんと体中を駆け抜ける衝撃に頭がふらつく。な、なんで怒るのさ?

バシバシと肩を叩かれて慌てて後ずさる。そりゃ、渋谷が怒る理由なんて沢山あるけど…何かマズい事言ったかな?

「な、何渋谷っ」

「バカバカバカっ……お前なんか…っ」

その声は怒りと悲しみが込められてるみたい。思わず、ごめんと言ってしまいたくなる衝動を抑える。

「…嫌いになった?」

そう呟くと叩いていた手が止まり、苦い表情の渋谷と目が合う。ゆっくりと首が横に振られる。

「…嫌いとか、そういうんじゃない…」

「…じゃあ、何?」

「…わかんない…」

情けなさそうに呟くと、困ったような表情をした。そんな顔しないで。

「渋谷」

「…何」

「もう、しないから…」

こんな事しか言えない自分がムカつくけど…困ったことに渋谷の気持ちがわからない。
渋谷は返事をしないまま服をまた着始める。僕もちゃんと身なりを整えると、まるで何もなかった時に戻った気がする。

「腰、平気?」

「平気じゃないけど…平気なフリしないとマズいし」

「ああ、お兄さんとかカンが良さそうだもんね」

「…何楽しそうな顔してんだよ」

呆れ顔の渋谷はすっかりいつもの渋谷で。僕も努めて冷静に笑う。

「そうかな?」

「あのな、スポーツマンの腰は大事なんだぞ」

「大丈夫、若いからすぐ直るよ」

「…筋肉痛かよ」

「違うか、やっぱ」

目を合わせるとお互い少し微笑み合う。さっきからあまり動いてない渋谷の体が心配だけど、どうしてやる事も出来ないから笑ってみる。

「…ねぇ、渋谷」

「はい?」

「嫌、だった?」

「……少し」

そりゃ、半ば強引にヤっちゃったからな。そう思って当然だよ。

「ごめんね」

「謝るなって言っただろ」

「そういう意味じゃなくて」

謝るなら最初からヤるなって事じゃなくて…

「渋谷の優しさに甘えちゃって…」

渋谷の事だから、拒まなかったんじゃなくて、拒めなかったんだよね。

「………」

拒めばきっと、僕達の仲は壊れてしまうと思ったんだろう?

「追いつめてごめん」

無言で脅迫したも当然だよな。きみは僕が傷つくのを嫌うだろ?……友達だから。

「…おれ……」

そこまで呟くと視線を逸らされる。

「でも、許してくれなくても仕方ないと思ってるんだよ…だから」

だから…僕は何をしたいんだろう。許してくれなくてもいいのに謝るなんてそれこそ卑怯だ。
言葉を詰まらせた僕の腰に渋谷のグーが軽く入った。

「う」

「…そんな顔してんじゃねーよ」

「…乱暴だなー」

「何でおれが村田を励まさなくちゃいけないんだよー」

「どっちかと言うと逆だよね」

「村田になんか励まされなくもないけど」

「冷たいなぁ、友達無くすよ」

「お前がゆーな」

全くその通りだ、と笑うと渋谷も顔を向けてへらっと笑う。
また、渋谷の優しさに甘えちゃってる僕がいる。でもそれに縋りつく僕がいることも事実。

「…渋谷、僕そろそろ帰る…けど、平気?」

「あぁ、…平気」

渋谷を放置して帰るのは気が引けるけど、このまま居ると余計な事まで言ってしまいそうで。

「渋谷痛いんだろ?玄関まで送りにこなくて平気だよ」

上着を羽織ると部屋の入り口で声をかける。渋谷はわかった、と頷く。相当痛いのかもしれない。

「じゃあ、また」

「うん…村田」

「ん?」

「…おれ、怒ってないから…」

「………」

「…無理に責任感じなくてもいいから」




「……ありがと」


胸が酷く痛んだ。
渋谷に軽く笑顔を向けると玄関に向かい靴をはいて外に出る。
冷たい空気が暖まった体にまとわりついて、息を吸うと喉がひりひりする。

「……はぁ」

歩きながら、苦しくてシンドくて足がふらついた。

大事な事を言い忘れてた。

「好きな事、言ってないや…」

一番言わなくちゃいけなかった事だけどそれは言えないままで。でも渋谷はわかってるんだろうな…。
なのに、なんでそんなに許してくれるのさ。

「って僕のせいか…」

友達という立場を利用して渋谷の童貞を奪って…いや、奪ったのは童貞じゃない気が。まぁ、どっちでもいいや。

「後悔はしてないんだけどな」

また僕らは普通の友達になっていくんだろうか。
渋谷の為にも、僕は頑張って普通に接していかなくちゃいけないんだろうな。

なんだか酷く切ない。


「渋谷の方が切ないかな…」



呟いて空を見上げると一番星が空に光っていた。地を蹴って家路を駆け抜ける。胸の痛みは只増すばかりだけど。

「バカみたいだっ」


思わず涙が溢れた、初体験の帰り道だった。





end.