be happy





執務室に向かう途中、二階の回廊を歩いていたら中庭にコンラッドが居た。

「あ」

丁度斜め上の方から見下ろすと、いつもは見ない旋毛を見つける。
何か変なカンジ。
嬉しいというより、得した気分。

「コンラッド」

手すりに手をかけて名前を呼ぶと、コンラッドは少し辺りを見回してから顔を上げた。
おれを見る前からもう、いつもの爽やかな笑顔。
全く、抜け目の無い奴。

「ユーリ」

でもほら、こうやって嬉しそうな声でおれの名前を呼ぶんだ。
ノロケじゃなくてさ、幾ら抜け目無くて爽やかだとしても感情を上手く隠せない時もあるんだなって、思う。
…ま、こんなのノロケにしか聞こえないよな。

「何してんの?」

「兵舎に行く所ですよ。ユーリはこれから執務ですか?」

「うん」

お互い、少しだけ声を大きくしてやり取りする。
いつもとは違った角度からいつもの声がして、それは不思議な気持ちにさせる。

「ユーリ」

「ん?」

「後でキャッチボールしませんか?」

「するする!」

つい身を乗り出して返事をすると、危ないですよと苦笑された。
あ、今の顔。
前とはちょっとだけ、違う。

「なぁコンラッド」

「何ですか?」

「いつからそんな顔する様になったんだ?」

「え?」

唐突な質問にコンラッドは不思議そうに首を傾げる。
そうだよな、これじゃ前後が不明だ。

「前とは違う顔してる、こっち来て初めて会った頃とは」

「そうですか?」

「うん」

ついつい笑顔になってしまっていたのか、コンラッドが返す様に笑いかけてくる。
格好良いとも思うけど、それより安心する笑顔だ。

「気づきませんでした…で、どんな風に違うんですか?」

「どんなんって…」

素直に返された言葉に普通に返そうとして声が詰まった。
あれ、今おれが言おうとしてたのって実は相当恥ずかしい言葉じゃ。

「ユーリ?」

「えーっと…」

しかもこの距離。ただでさえ大きい声で言う様な事じゃないし…何より誰かに聞かれたらマズい。

「?」

見下ろせば真っ直ぐこちらを向いて笑うコンラッドの姿。
その笑顔が他の人に向けてるのとは違うって事位、おれにだって解っちゃったのに本人は自覚が無いんだろうか?

「…おれが言わんとする事解る?」

「いいえ、全然」

少し困った顔で首を振るコンラッドにジト目を向けるがここからじゃ多分効果ナシ。
それどころか益々不思議な顔で見つめてくる。

「…後で言うよ」

「今じゃ駄目なんですか?」

「え、今じゃ無いとダメ?」

質問返しに中庭の名付け親は可笑しそうに笑う。

「…そんな風に言われると気になって仕事も手に付きそうに無いんですが」

腰に片手を当てて挑発的な視線を向けられると何だかなぁ、そんな気持ちになる。
言葉ではつまらなそうに言うけど決して強要はしない。
それがコンラッドの良いトコっちゃそうなんだけどさ。

「…うーん」

「どうかしました?」

たまにはね、たまにはおれもコンラッドを見習ってみようかな。

「あのな、コンラッド」

「何ですか?」

おれの声色で察したのか聞く体制に入るコンラッド。
本当は堂々と言ってやりたいけど、やっぱり人目を気にするお年頃なんで。

「…You're loving me very much, right?」

「?」

「…そんな顔してる」

使い慣れない言葉で言えば幾分楽かとも思ったけど、やっぱ恥ずかしいもんは恥ずかしい。
上手く隠せないから思いっきり笑ってみせると、コンラッドが下を向いた。

「あれ?」

どうしたんだろう。
あ、おれの英語力が下手すぎて翻訳出来なかったとか?

「コンラッド?」

名前を呼ぶと彼が頭を上げて。
口元を手のひらで覆いながらおれを見つめる。

…あれ?

「…参ったな」

「え?」

なんてこった。
コンラッドが照れてる。

「…俺、そんな風に見えちゃってますか?」

恥ずかしそうに目を細める仕草は初めて見るもので。
何だ、コンラッドが可愛いぞ?

「…」

意外すぎる展開に口を開けたまま頷くと、本当に照れくさそうな笑みを浮かべられた。

「そうか…自分じゃそんなつもりなかったんだけど」

やば。
今、悔しい位トキメいてしまった。
つーかあの顔は反則だろ。

「気付いてなかったのかよ?」

「ええ…すいません、自粛します」

「今更自粛出来るのかよ」

「もうバレバレですかね?」

困った様におれに答えを求める有様は、いつもと立場が逆転したみたいだ。

「ま、コンラッドの好きにしていーよ」

つい緩む頬をそのままに手すりに肘をつく。
おれとしてはバレても嫌だって気はしないからどっちでもいいんだけどね。
それに滅多に見れない顔も見れたし、また距離が近くなった気もする。
だからいいんだ。

「…今日はユーリ、余裕いっぱいですね」

「そ?」

拗ねた様に言うけれど見上げる笑顔はもういつものコンラッド。
どうやらポーカーフェイスはしないらしいけれど。

「その余裕で執務もこなしてくださいね」

「うわ、そう来るか」

「冗談ですよ」

その爽やかな微笑みで幾人もの美女を落としてきたんだろ。
心の中で小さく呟くと遠くから声がした。

「陛下!陛下ー!」

「やべ、ギュンターだ」

「みたいですね」

ギュンターはちょっとの遅刻も一大事に置き換えるからな。

「じゃあおれ行かないと」

手すりから身を乗り出してコンラッドに告げる。
聞こえる筈なのに無意識に声が大きめになってしまうのが何だか恥ずかしい。

「はい、執務お疲れ様です」

「コンラッドもな」

お互い目と目で笑い合うと勢いをつけて一歩下がる。
見送ってくれるコンラッドに背を向けて執務室へと向かおうとした。


「ユーリ」

「え?」

後ろ髪を引っ張られる様な感覚に慌てて振り向くと、見上げる瞳は弧を描いて細まる。

「I'm happy.」

外国映画で何度も耳にしたありふれた単語が胸に飛び込んできた。
おれの100倍流暢な声で。

「……」

「It's happy that I'm here with you.」

そうして微笑う姿は映画俳優そのもの。
届けられた言葉の意味を理解すると思わず頬が緩んでしまった。

「…Me too.」

サラリと流れた単語にコンラッドは嬉しそうに笑った。
見てるこっちが照れくさくなる位に。
そのまま兵舎へと向きを変えて歩き出すコンラッドの、その真っ直ぐな背中に笑いかけるとおれもくるりときびすを返し。

「幸せです、か…」

嬉しい言葉だな、と頷きながら小走りで執務室へと向かった。






end.