秋色散歩
「少しずつ涼しくなってきたよなー」
「そうですね、もう秋ですし」
眞魔国にもさわさわと秋風がそよぐ季節になった。今日の執務もひと段落したのでコンラッドと過ごそうかと声をかけると散歩に誘われて。
いつものランニングコースを今日はゆっくり歩く。
「空も高いなー」
夏場の暑さから解放された空は太陽に引っ張られて遠くに行ってしまった様に高い。
…って何ギュンターみたいな事考えてるんだろ。思わず苦笑すると、コンラッドが髪をかきあげて空を見る。
「あぁ、本当だ…天高く、馬も肥ゆるよ秋の空、でしたっけ?」
「へ?…まぁ間違っては無いけど間違ってる様な」
格好良い、と思ったのも束の間、名言と俳句のコラボレーションに気が抜ける。
何でそんな事知ってるんだ?という目を向けるとあぁ、と爽やかスマイルを向けられて。
「陛下の父君から教えて頂いたんですよ。確かハイク、でしたっけ?」
それじゃhikeだっての。
「ハイクじゃなくて俳句。にしても親父、なんつーデタラメを…」
そう言えば昔親父に会った事があるとか言ってたしな…。その時に聞いたんだろうけど、これじゃ歌壇に失礼だろう。
「あともうひとつ教わったんですが」
「え?何?」
いい予感はしないがそう訊ねる。また変な俳句なんじゃ…。
「ゆーちゃんや、ああゆーちゃんや、ゆーちゃんや」
「ブッ、何だソレ!」
思わず噴き出す。飲み物を飲んでいなくてよかった。
パクリかよ、と眉をしかめるがコンラッドは笑顔だ。
何考えてんだ親父…
「これは兄君が仰っていたと…」
「はぁぁあー?何考えてんだアイツ!」
って兄貴かよ!全く、おれの家族は何を考えてるんだ…。
バカ兄貴とアホ親父の発言に恥ずかしさで顔が赤くなる。俯いて悶々としてるとコンラッドがいきなり耳元で囁いた。
「ゆーちゃん」
ぴく。
「……」
「ゆーちゃん?」
「…ゆーちゃん言うな!」
絞り出す様に言ったけど俯いた顔が上げられない。コンラッドの気配が笑ってる気がする。と思ったらかみ殺した様な笑い声が漏れ。
「…っくく」
「あー!笑うなっ!」
顔を上げると爆笑中のコンラッドが居て。おれと目を合わせると「すいません」と声を震わせた。
「そんなに笑うなよー」
悔しい。反則だこんなの。甘い声で囁くなんて。
お陰で顔が真っ赤になったまま戻りそうも無いじゃないか。
「すいませんユーリ、こんなにも可愛い反応をしてくれるとは思わなくて」
「うるさーい」
息を整えながらおれを見るコンラッドに頬を膨らませるとさっさと歩き出す。
あー悔しい、悔しすぎる。こんな時、自分がいかに惚れているかを思い知らされるんだ。
後ろからコンラッドが付いてくるのが解るけど、絶対笑ってるから振り向いてなんかやらない。
「ユーリ、もっとゆっくり歩きましょうよ」
苦笑した声に前を向きながら頬に手を当てる。まだ熱い。
「コンラッドが笑うから嫌だ」
「ゆーちゃんが照れるからでしょう」
「だ、だからゆーちゃん言うな」
「どうして?」
「知らない!」
おれが聞きたいくらいだよ、何で恥ずかしい気持ちになるのかなんて。
別に兄貴に言われるのはいいのに、コンラッドに言われるとこんなにも恥ずかしいなんて。
あぁもう、情けない。
「ゆーちゃん」
「だからゆーちゃん言う…」
いい加減キレてやろうかと放った言葉は途中で途切れた。背中から前に回された腕にびくりと胸が鳴る。
「ちょ、」
「ユーリ」
柔らかい声が降ってきたと思ったら後頭部にちゅ、と口付けられて。
ぼふん!と頭から煙が出るかと思った。
「な、なにして」
「愛しい」
「え?」
そう呟かれるとぎゅうっと後ろから力を込められて。
それっきりおれは何も抵抗できなくなる。余りにも、コンラッドの一言が真っ直ぐだったから。
「…愛しい、ユーリ」
「……」
自分で思ってた以上に胸が高鳴る。もうドキドキ通り越してバクバク。
コンラッドの唇が頭に当てられる度に幸せが降ってくる様な、わけわかんない気持ちになる。
「こ、コンラッド…」
こんな気持ち、コンラッドも感じているのだろうか。
「…!」
前に回された手を取ると、甲にそっとキスをする。溢れだした愛しさ、それをどうにか表現したくて。
「ユーリ…」
あぁ、きっとコンラッドも同じ気持ちなんだろうな。誰か来るかも知れない道で抱きしめてくる位なんだから。
なんだ、よく見れば意外と直球じゃん。
「…ははっ」
つい笑ってしまうと、コンラッドも笑ってくれた。まるで同じ事考えてたみたいに。
「俺、大人気なかったですね」
苦笑するとそっと体を離すコンラッド。振り向くとちょっと頬が赤くて。
滅多に無い彼の仕草に自然と顔が綻んだ。
「へへ」
あぁ、何だかぎゅっとしたい気分だ。バカみたいにくっつきたい、なんて言ったらどんな顔するだろうか。
「機嫌直ったみたいですね」
「あんたがゆーちゃんって言わなければね」
「ユーリもゆーちゃんも大して変わらないと思うけど」
「ちゃん付けなんて恥ずかしいだろ?」
「俺に呼ばれるのが恥ずかしいって言ってくれないんですか?」
「はぁ?」
その言葉に体温上昇させるとコンラッドはいつもの笑顔を浮かべ。
否定してやろうと思った瞬間、ふと思い直した。
「…そーだよっ」
「え」
「コンラッドに呼ばれると凄く恥ずかしいんだよ…」
絶対に言わない本音を素直に言ってみると。
「……」
「…コンラッド」
赤面、という程では無いがコンラッドの頬が赤くなって。予想以上の反応にこっちが照れる。
ちょっとちょっと、罪悪感感じちゃうんですけど!
「…参ったな」
はは、とコンラッドが口に手を当てやられた、という表情をする。
不意打ちだったんだろう、いつものおれならそこで照れながら否定する所だし。
「な、そんなに照れるなよっ」
「すみませんユーリ」
「いや、謝らなくてもいいけどさ」
いつもと違うコンラッドに恥ずかしくなりながらも歩き出す。隣に並ぶコンラッドが歩幅を揃えてくれると素直に幸せ、という感情がこみ上げる。
「コンラッドってさ、意外に直球タイプなんだな」
さっき思った事を口にすると、コンラッドが何?という風に見つめてきた。
「え?」
「よく気づいてなかったけど…そーいう真っ直ぐなトコ、いいと思うよ」
そう笑うと、コンラッドは一瞬驚いた様に目を丸くしたが、次の瞬間悔しくなる位の笑顔になり。
「はい、ユーリ」
そう言って笑う彼の髪を秋風が優しく撫でて。それを見ながらおれは、今芽生えた気持ちをずっと忘れないと小さく誓った。
ストレートボールは速さが鍵だから
おれのミットに気持ち良く刺さるボールを
あんたは何度も投げ続けていて
そうすればおれはいつまでも
あんたとバッテリーを組んでいられる
そうだろ?
end.