今夜、愛しい人に




気づいているのだろうか、彼は。
隠しきれないおれの気持ちに…。



「…バレバレなのかな」




おれ専用のだだっ広いベッドに転がりながらため息を吐く。今日も1日色んな事をして過ごした。運動して、仕事して、勉強して。その全てに共通して思い出すのはコンラッド。

「うーん…」

毎日顔をあわせているのに最近は全然普通に話せなくなってしまった気がする。彼は至って普通に接してくれているのに。

「……」

意識、し過ぎなのかな。

コンラッドと話したり、目が合ったり、それだけなのに何故か恥ずかしくなって。少しの事に動揺したり焦ったり…。あぁ、おれどうしちゃったんだろ。

ごろん、と寝返りをうってGショックを見ると時刻はもうそろそろ寝る時間を指していて。待ちわびたように欠伸がでる。

「…にしても、ヴォルフ遅いなぁ」

いつもならこの時間には戻ってくるはずなのに。おれの同居人は一体何処で油を売っているのだろう。

「もぉ寝よっかな…」

もぞもぞと這いながら枕元まで移動する。ふかふかの枕にタッチした時、ドアが開く音がした。
やっと帰ってきたか。

「ヴォルフー?遅いから待ちくたびれて寝るトコだったぜ?」

言いながら枕を掴み、ふと当ててやろうと思いついた。振りかぶりながら頭をあげてドアの方を見る。

「いくぞヴォルフっ…」



だが、目が合った瞬間、腕の力が抜けてしまった。枕はぽす、と音を立ててドアのはるか手前に落ちる。

「…あ」

「すいません、ヴォルフじゃなくて」

訪問者はクスクス笑いながらドアの近くに立っていた。
そこにいたのはわがままプーじゃなくて、たった今まで考えていたひと。

「コンラッド…」

「ヴォルフは酔いつぶれちゃったんで今夜は来れないです」

枕を拾うとベッドに座ってるおれの側まで来る。

「はい」

「あ、どーも」

ふわふわ枕を受け取るとコンラッドはおれを見て何故だか笑った。
よくわからないけど、胸の奥がくすぐったい。

「ヴォルフが酔いつぶれるなんて事あるんだ?」

「アニシナの発明品の犠牲者ですよ。何か飲まされたらしい」

「へ?アニシナさんの?」

「ええ、寝室に運んだ時はしきりに陛下の名前を呟いてましたよ」

「おれの名前?」

「凄く嬉しそうな表情でね。いや、怪しいと言うのかな」

おそるべしアニシナの毒。一体どんな発明をしたんだよ。ていうか

「ヴォルフはどんな夢を見てたんだよ…!」

怪しい表情してるっていうのが凄く気になる。しかもその夢におれが居るっていうのが…。

「陛下とのピンクな夢でも見てるんじゃないかな」

「うわー!言うな!ちょっとそれ思ってたのにー」

自分の想像力を軽く呪う。それもこれもこの世界の慣習のせいだ。同性愛にも寛容なお陰で、おれの思考は大幅に変わってしまった。性差別がないというのはぜひとも地球にも取り入れたい慣習ではあるが。

「いいじゃないですか、夢に文句は言えませんよ」

さらっと言うけれど明らかに楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

「そーだけどさー」

おれがヴォルフの夢の中で何をしているのかが怖い。健全なままでいてくれますように。

「陛下は同性愛には反対ですか?」

名付け親は何かを含んだようにおれの目を見つめる。

「いや、別に差別はよくないし好きな気持ちは男女問わず関係ないとは思うけど」

「けど、想われるのは嫌、ですか?」


おれを見るコンラッドの瞳が少し細くなる。心臓がいきなりドクン、と波打った。

「い…いや、別に」

見透かされた気がした。おれの気持ちが顔に出ちゃいないかって思う。
わざとこんな質問してるんじゃないかって。

「そうですか」

柔らかく笑うコンラッド。だって、おれが嫌だって言ったらコンラッドを想ってる事にも意味が無くなるじゃん…。おれはコンラッドに好かれるなら全然嬉しいよ?

「…コンラッドは?」

よくわからない感情がこみ上げてきて声が心なしか震える。コンラッドはおれに好かれても平気なの?それとも…。

「俺を想ってくれる人なんていませんよ」

嫌味の無い口調。
おれの胸の奥で何かがぐっと、締め付けられて。

苦しい。なぁ、おれはコンラッドが…。



「…と、もう陛下は寝る時間ですよね」

今の話を軽く流すようにコンラッドは笑い、黙ったままのおれにおやすみなさいと言うとドアに向かおうとする。


コンラッド。


「……?」

「……」

無意識にコンラッドの服の裾を掴んでいた。そんな自分が急に恥ずかしくなって手を離す。
振り返ったコンラッドは不思議そうな顔で。

「…へーかって呼ぶな」

口から出た言葉はいつものやりとり。こんな事言いたいわけじゃないのに。うまくいかない、全然、全然。

「…すいません、癖で」

見つめられて顔が赤くなる。自分でもわかるんだから勘の良いコンラッドにはもうきっとバレてる。でも、たった一言が、言えなくて。でも…

「おやすみ、ユーリ」


名前を呼ばれて、こんなにも照れくさくなった事があっただろうか。
微笑まれて、こんなにも嬉しく、切なくなった事があっただろうか。



あぁ、ヤバい。凄く大好きらしい。


「コンラッドっ…」

ベッドを降りて、ドアに向かうコンラッドの背中に手を伸ばした。勢い余って突っ込んでしまったが。

「っ、ユーリ?」

背中から抱きつかれたコンラッドは驚いた風に声をかける。きっとおれがどんなに赤い顔してるかもわかってると思うけれど。だって情けないことに肩が震えてる。


「…コンラッドは……おれの事………どう………お、思ってる?」


振り絞るように呟く。なんでこんなに恥ずかしくて仕方ないんだろう。
コンラッドの前に回した手も震えてる。もう、バカみたいだ。

「……ユーリは、俺の事をどう思ってるんです?」

前に回した手をそっと握り込むようにされ、そのまま解かれてこちらに向き直る。銀の虹彩がいつにも増して澄んでいる気がする。
恥ずかしさで溶けてしまいそうだ。たった一言がどうしても出てこない。頭の中ではずっと想っていた事。でも、告げるのが何よりも難しい事。


コンラッド、
コンラッド……


「………」


感情が高ぶりすぎて涙が溢れてきた。無性に苦しくて、コンラッドの目が見れなくて…、そっと抱きついた。






「………す…き…です…」



胸が震えて、仕方ない。こんなにも好きなんだって言葉にしたら改めて気づいた。心臓は有り得ない早さでドクドクいうけれど。


「……ユーリ」


ぎゅっ、とおれの体に圧力がかかって、コンラッドの声が聞こえる。抱きしめられて、胸が痛い。

「俺も…同じ気持ちです」

涙が滲む。わけわかんないけど止まらない。

「好きです」

コンラッドが、おれを好きだって言ってくれた。

「ユーリが凄く、好きです」

抱きしめられている腕に力がこもる。頭をそっと撫でられ、唇が押し当てられた。

「…!」

いきなり頭にキスされてバッと離れると、コンラッドは嬉しそうに笑っていて。

「ユーリ」

「はい?」

「…キスしていいですか?」


裏返った声で返事をしたら突然そんな事言われて。急に体温が上昇した。

「え…あ……」

真っ赤な顔で頷くと、コンラッドは見たことない甘い瞳で見つめてきて。
惚けたままのおれの唇にそっと、柔らかい感触が触れた。


「……」


何か、離れたらすぐ忘れちゃいそうな儚さで…息をするのも忘れてた。

唇が離れて目を開けると、すぐそこにコンラッドの瞳があって。胸が高鳴る。

「あれ?」

目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。なんだなんだ。なんで泣けてくるんだよ?

「ユーリ…泣かないで」

困ったように笑うとコンラッドはまた抱きしめてくれた。

−よせよ、また涙が止まらないじゃん…。

「だって…おれもわかんないけど泣けてくるんだ……」

最後は掠れたようになりながら、コンラッドの服を掴む。

「…ユーリ」

頭を優しく撫でられ、幸せな気持ちが体中に溢れる。大好きだよ。本当…。

「…ありがとう」






……コンラッドの腕の中でおれは、このひとと出会えてよかったと心の底から思った。
そして…ずっとずっと傍にいたいって、素直に思ったんだ…。




end.