例えば君の夢を
−…おれを呼ぶ声がした。だから、振り向いた。
『誰?』
『陛下』
あ、コンラッドだったんだ。
コンラッドはおれを見つめるとにっこり笑う。男前度3割アップの微笑みに、なんだかおれも嬉しくて。
『何かいい事あった?』
そうおれが問うと、
『見て下さい』
といってミットをおれに差し出した。
『え!ミットじゃん!どうしたのコレ』
びっくりしてコンラッドを見ると、さて何故でしょう、というような目でこちらを見てくる。
『陛下はキャッチャーですからね』
そう言うとおれにミットを持たせ、コンラッドは距離をあけて。
『キャッチボールしましょう』
と笑った。
『キャッチボールじゃねーよ、投球練習!』
おれはしゃがんでミットを構えると、コレめがけて投げろと叫ぶ。
コンラッドがボールを投げると、それはバスッと音を立ててミットにダイレクトに入った。
『っおお〜』
久々の感覚に、おれは感動の声をあげる。
『さすが陛下!ナイスキャッチ』
コンラッドが向こうから叫ぶ。
『陛下って呼ぶな名付け親!』
お決まりのセリフを叫ぶと、コンラッドがすいません、と笑った。
『ナイスピッチング』
そう言ってボールを投げる。だがボールはコンラッドの手をかすめ、後ろに転がっていく。
『あ、ゴメン!』
『すいません、ちょっと拾ってきます』
コンラッドはそう言うと後ろを向いて走りだした。すぐ近くにあるはずのボールはどこに行ってしまったのか、コンラッドの背中がどんどん離れていく。
『コンラッド?』
おれの声にも振り返ることなく彼の姿が遠くなっていく。
コンラッド、どこに行くんだよ。
おれもコンラッドを追って走り出す。だけど彼はどんどんおれとの距離をあけていく。待てよ。待ってくれよ。
『コンラッドっ…!』
思わず右手を延ばす。届くわけなんかないのに、凄く悲しくて。行かないでよ。おれを独りにしないで。
−その瞬間、右手に暖かい感触が滲む。
顔を向けるとコンラッドがいて。
『ユーリ』
…あぁ、コンラッド。
『…いなくなったかと思った』
いつもの笑顔のコンラッドを見ると、なんだか安心して涙が滲みそうになった。
『ユーリ…泣かないで』
コンラッドが困ったように笑うからなんだか凄く恥ずかしくて。
『な、泣かねーよ!…これは…コンラッドのせいだ』
コンラッドがいなくなるかと思って。
ありえねぇとか思って。
でもいなくなって。
怖かったんだ。
『ユーリ…俺はいつも…』
コンラッドがおれをじっと見ると、ふいに顎を掴み、口づけてきた。
『う!?』
唇を離すと、驚いたままのおれを見て柔らかく微笑んだ。
『俺はいつも…、貴方のそばにいますから』
「…ん…?」
ぼんやりと目を開けると、見慣れた天井とコンラッドの顔が見えた。
「…コンラッド…?」
「はい」
コンラッドは笑顔を浮かべるとカーテンを開けに窓に近寄る。
…おれ、何の夢見てたんだっけ。コンラッドが出てきて…そんで…えと、どうしたっけ。
コンラッドの背中を目で追うと、開かれたカーテンから日差しがパーッと差し込んできた。思わず目を瞑る。
「ま、まぶしー」
「今日は快晴ですからね」
「そっか…いー天気」
寝ぼけたまま体をむくっと起こすと、コンラッドがこちらを見た。おれは大きく伸びをする。
…でも、とっても安心してた気がする。今みたいに。あたたかい気持ちだった。
少し熱を持った唇に気づいたけど、そのままコンラッドに笑いかけた。
「…おはよー、コンラッド」
今日も宜しくな、名付け親。
「おはようございます」
暖かそうな日差しを浴びながらコンラッドは柔らかく笑った。絶対的な安心感を与えるように。
小鳥のさえずりが、青空に時を告げる。
end.