不安と衝動
本当は不安で仕方なくて、でもそんな振りを見せたら幻滅されるんじゃないかと思っていた。
どんなに愛してくれてるのかも知ってるはずなのにいつだって嫌われるのを恐れていた。
「どうしたの」
玄関先の明かりを背負った村田は表情がよく見えない。
でも何だか、泣きたいくらいホッとした。
「村田、今誰か家に…」
「いないけっ…、ど」
言い切る前に両手で目の前の体を包み込んだ。少しちくちくする素材の村田の袖が、まくったままのおれの腕に当たる。
驚いたように立ちすくんだのは一瞬のことで、村田は冷静におれの瞳を覗こうとする。
「…どうしたの?」
少し身体を離して表情を窺おうとする村田を、押さえ込むように腕に力を入れた。
そのまま背中をまさぐるように服の中に手を突っ込むと、相手の身体が震える。
びくり、と。
「渋谷」
どうもしない、どうもしないんだ。
だけどどうかしてるんだ。
「好き…好きだ、しぬほど」
抱きしめながら人肌に手を這わす。躊躇無く先を急ぐ不躾なおれの手は、その下方にある迷彩柄のジャージの中に入り込む。
ズボンを無理矢理ずらすと、村田の胸がおれを押した。
「っ…」
早急すぎるおれの行動に戸惑いながらも背を仰け反らせた村田に、もう止まらないと思った。
「…しぶやぁ」
だが熱を持った、だけど困ったような声にはっとして我に返った。ホッとしたように村田の肩が少し下がって、背中に温かい感触がする。
村田の手のひらだ。
「…おれ」
「…やっと渋谷が帰ってきた」
そう言って小さい子でもあやす様におれの頭を撫でてくれた。
おれをぎゅっと抱きしめてくれた。
わかってたのに。
「…好き」
「僕も」
「好きなんだ、すごく…」
「泣かないで、渋谷」
不安なんて消えるはず無いってわかっているのに。
「ごめ…ん」
「何で謝るのさ…ねぇ、渋谷」
頬を包む温かさに目を合わせる。
「その素直さに何度も救われてるって、知ってた?」
眉を下げて微笑う村田の指におれの涙が伝った。
「…」
「渋谷、僕はいつだってきみの側に居るから」
「…何で?」
「何でって…あぁ、」
わかった、と村田が何か理解したような表情になる。
すると、頬を包んでいた手が熱を増した。
一度だけ、触れるような口付けを貰って。
「村田健は、渋谷有利を愛しています…世界中の誰よりも、ね」
だから、と村田は笑う。
「愛してるから、一緒に居るんだよ。勿論、この先もずっと」
『ずっと』なんてありえっこないのに。
『愛してる』なんてセリフ、言ってくれたことも無いのに。
リアリストの村田が、不確定な未来の『絶対』を言い切るはず無いのに。
なのに何で、そんなに自信たっぷりな顔して。
「…うん」
おれの為に笑ってくれるの?
「…やっと笑ったね」
おれの目尻を指で拭うと、村田は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔におれの方こそ、何度救われていたことか。
「ありがとう…」
呟くと、村田は笑って首を振った。その瞬間おれは幸せだと素直に思った。
たとえ不安が消えなくとも、村田が今ここに居るだけで。
そんでもって、この先も一緒に居たいって思う。
「村田が、好きだ」
「僕も好き」
さっきとは違う温度を持った言葉を交し合ったら酷く胸がいっぱいになった。
「…ひとつ、約束して?」
村田の瞳を見て笑みを漏らすと、何?と楽しげな声が返ってきて。
「10年に1度でいいから、愛してるって言ってくれるか?」
そう告げると、村田が可笑しそうに笑って、嬉しそうに頷いてくれた。