ひとりカメラ





きみのことを好きだと気づいてから、僕は無意識にしていたことがある。

「村田、どこ見てんの?」

「え?」

それは何度目かの野球観戦の帰り道だった。青と白のメガホンをポシェット掛けにした渋谷がふと気づいたように首を傾げる。腰の辺りでメガホンが乾いた音を鳴らして、僕はハッと相手の顔を見る。

「さっきからずーっと上の空?ってカンジ」

そう言うと渋谷は眉を寄せて、形のいい唇を尖らせた。そうやって簡単に可愛い顔見せちゃだめだよ、なんて思う自分が少し可笑しくて苦笑した。

「上の空じゃないよ、ちゃんと聞いてたって」

「まぁいいけどさ」

そうして横目で僕を見ると、渋谷はまた前を向いて歩く。
球場から駅への道は少し人通りがあって、僕はまた渋谷の話に耳を傾ける。
すると少し経ってピタリと、渋谷の話し声が止まった。

「……」

「?どうしたの?」

何かと思って横を見ると、渋谷がどこか不服そうな表情をしている。

「…またあさっての方向見てるぞ」

「…え?」

そういえば自分でも気づかなかったけど、さっきから周りの景色ばっかり見ていたような…。
おずおずと渋谷が顔色を窺ってくる。

「…村田、おれの話聞いてるのつまんない?」

「―まさか」

渋谷の深刻そうな表情とは対照的に、僕は至って普通の返答。だって自分でもあまり意識してなかったんだ。
渋谷の不安よりも自分の無意識の行動に驚いていた。
まさか、そんな感情が芽生えてたなんて。

「…なら、いいけど」

渋谷は小さく呟くとそれっきり黙りこんでしまった。
あれ、もしかして拗ねちゃったとか。

「渋谷?」

「…ん」

どうやら自分の話がつまらないと思われていると考えてた渋谷はもっと真剣味のある返事を期待していたんだろう。感情の温度差に素直に凹んでしまう彼の、その素直さは僕には絶対無いもので。羨ましいと同時に酷く愛しい。
さて、どうしようかな。

「渋谷、スキヤキのヤキの字を抜いてごらん」

笑って小突いてみると渋谷が呆れたような、でも何だかちょっぴり嬉しそうな顔を向けてきて。

「…それで?」

「それが僕の気持ち」

「…古い」

冗談めかして言うと、渋谷が肘で小突いてくる。わかりやすい態度に僕の頬は自然と緩んで。

「……恥ずかしかったんだよ」

柄にも無く赤くなってるだろう頬をそのままに、渋谷に笑いかけた。
わかるかな、このビミョーな心理。

「恥ずかしい?」

「そ」

思わぬ理由に不思議そうな顔をする渋谷に、恥ずかしいのを覚悟で口笛を吹いた。
一瞬目を丸くした渋谷が、今度は何かをかみ締めるように笑う。

「見つめあうと素直におしゃべりできないって…か」

「そーゆーこと」

どうして渋谷との思い出はやけに周りの風景が多かったんだろうって思ってたんだ。それはきっとこんな理由だったわけで。
1人で居るときは前しか向かないのにね。

「村田も案外可愛いな」

「そのセリフ、そっくりお返しするよ」

楽しそうに言う渋谷の頬が赤くなっているのが可笑しくて笑ったら、午後の日差しの中で彼はとても綺麗にはにかんだ。






その時僕はそっと
心の中でシャッターを切ったんだ






君の居る風景をずっと焼き付けておきたくて。