あまえたちゃん




最近帰りが遅くなる。
本当は帰る暇がないのだが、毎日どうしても顔が見たくて無理矢理帰っていたりする。
当然朝は早く出なければいけない。と言っても、ユーリがトレーニングに行っている間に起きるのだが。
起きて着替えを済ませて軽く朝食をとると丁度ユーリが帰ってきて、おはよう、とか今日も頑張れよ、とか短い会話を交わしてまた出発する。
『一週間もユーリの顔が見れないなんて嫌だから』、なんて理由をユーリは呆れたように聞いていたが、その頬が少し緩んでいたのが嬉しかった。

やる気なんてそんなモンで沸いてくるんだ。





「…でも、流石に疲れるな」

月明かりが差し込む部屋に入ると思わず呟いた。いつもならユーリより先に寝ているのにここ最近はずっとユーリの寝顔を確認して眠る日々だ。
サイドテーブルにはぼくの帰りを待つようにランプが燈っている。ユーリは頭をあちらに向けて眠っていて、その上掛けに包まれた背を見るだけで安心する。
夜着に袖を通すとベッドに近づき、ランプを消してユーリを起こさぬように隣に入る。暖かさの滲むユーリの背中が愛しい。

「ユーリ…」

ゆっくりとユーリの背に頬を近づけてその暖かさに触れてみる。今日はユーリはどんなことをしたんだろうか。考えればキリが無い嫉妬はまた今度するにしても、今はこれだけで十分幸せだ。
任務も明日には終わるだろう。そうしたら沢山ユーリの側に居れるな。
…さぁ、寝るか。





「…ん?」

「…ヴォルフ」

寝ようと目を瞑った頃に、遠慮がちに横に居た体が反転した。寝返りを打ったユーリは目を開いていて、ぼくはそのことに少し驚いた。もう随分と夜中なのに。
ユーリはぼくの顔を見ると何故か唇をきゅっと結んだ。いや、笑ってくれると思っていたわけではないのだが。

「どうしたんだ…?いつもなら寝てるのに」

くぐもった夜独特の声が部屋に響く。眠気が混じって舌がよく回らないけれど感情のまま笑う。するとユーリは益々唇を尖らせた。
月明かりがよく差し込む部屋だ。ユーリの表情がよく解る。
でも一体、どうしたのだろうか。

「…手」

「え?」

手が、どうしたんだろうか。取りあえずもぞもぞと左手を出してみると、ユーリは今度はとても恥ずかしそうな表情をした。意味が解らなくて眉を寄せると、ユーリの口から思ってもみなかった言葉が出た。

「…手…握って、いい?」

そう言って右手を差し出すユーリ。

「え…?」

「だから…手」

そう呟くユーリの頬が何だか赤いような気がする。ぼくは一瞬理解ができなくてぼんやりしてしまったが、意味が解った瞬間自然と笑みが零れた。

「そんなの、許されてることなのに」

その台詞に自分で酔いながら、ぐっと体を引き寄せた。抱きしめるのも本当に久しぶりで思わず力を込めると、ユーリの方がぐっと抱きついてきて。
そんなこと滅多にしないのに。

「ヴォルフ…」

熱く吐かれた吐息が夜着ごしに肌に染みて。

「…あと、どれくらいかかるんだよ?」

胸に顔をうずめたユーリがそんな、拗ねる様に呟くから。

「明日で終わらせてくるから…」

疲れなんてバカみたいに吹っ飛んでしまった。
宥めるように背中をぽんぽんと叩くと、むずかる様に一度頭を動かしたユーリが嬉しそうに息を漏らす。

「うん…」

ごめんな、と続けて小さく呟いたユーリに愛しさで胸が満たされる。ごめんを言うのはぼくの方なのに。
いや、ごめんより伝えたい言葉があるから今はそれを伝えようか。

「ありがとう、ユーリ」


ぼくを愛してくれて、ありがとう。