いじらしくも




渋谷
渋谷…
好きだよ。
大好き。


「ん…」

薄く目を開けば朝だという事に気付いた。
カーテンの後ろからひかりが溢れだしそうになっている。
ぼんやりと状況を確認して、隣を向いた。

「…」

親が居ないって言うから泊まりに来て、そのままいろんな事して…風呂入って寝たんだっけ。
裸の首筋が華奢で、うなじに沿う線がまっすぐ。
背を向けて寝てる村田をまじまじと観察すると、指がたぐる様に動く。
肩に触れ、その暖かさを確認すると腕を辿って包み込む。
体を近付けて密着させれば、村田の体温がおれのと混じっていく。
肩に唇を押し付けるとそっと甘噛みしてみる。柔らかくて美味しそうで。

「…んぅ」

もぞ、と村田の体が動く。寝返りを打とうとしたけどおれが抱き締めてるから出来なくて、そこでやっと目が覚めたみたいだ。

「んー…」

「おはよ、村田」

「…ん…ゆぅ…り?」

「……う、うん」

甘くて寝惚けた声。
ぎゅっと抱き締めたら名前を呼ばれて。
最中にも一度だって言われた事無いからドキリとした。
頬が温かくなって、くすぐったくて恥ずかしくなる。ただ、名前を呼ばれただけなのに。

「…ぁ…れ?」

村田の声が急にハッキリと聞こえて。
同時にさっきまで緩慢だった動作が素早くなる。

「あ?起きた?」

「っ…」

声をかければ急にぎこちなくなる村田。

「おはよう」

ぎゅう、と力を入れて抱き締めると腕に村田の手が触れた。
小さく抱き締め返されて、それも嬉しい。

「…おはよ、渋谷」

その声は照れ臭そう。ゆっくりおれの方に向きを返ると、眼鏡の無い瞳と目が合う。
そして今度は、抱き締められる番。

「…渋谷、体は平気?」

「ん?平気だよ…多分」

前髪を上げて額に口付けられて、村田はそれからおれを見て。
優しく笑う。
夜に見せる意地悪い笑みじゃなくて、大切でしょうがないっていう笑顔。
おれはいつもそれにドキドキしてしまうんだ。

「…よかった」

村田の部屋は余りにおいがしない。
服に染み付くくらいのにおいがあれば、いつでも思い出せるのにっておれは思う。
だけどこうして抱き合ってる時だけは村田のにおいがおれを支配する。
胸の奥が痺れて凄く安心して。だけどいつまでも留まってはくれないからずっと抱き締めていたくなるんだ。

「むらた」

「ん?」

「…おれの事名前で呼ばないの?」

包む腕が、少しだけ動揺を見せる。
村田はおれを可愛い可愛いって言うけど、村田だって可愛いと思うよ。

「…やっぱり言ってたかぁ」

「やっぱりって何だよ」

「や、何かさ、恥ずかしくて」

「普段言わないからちょっと驚いた」

「僕も…秘密を知られてしまった気分だよ」

「どういう事?」

村田の顔を見て何気無しに耳に触れる。
食べたらきっと、どこだって美味しいんだろな。

「僕ってば、1人になるといつも名前で呼んでんの」

「おれの事?」

「そ」

もぞ、と背に回っていた村田の手が動く。腰の辺りを撫でられ始めておれは村田ともう少し近付く。

「普段だって呼べばいいのに」

「きみの口から言われちゃうとなぁ…でも今さらじゃない?」

「そう?今だから、だと思うけど…っちょ、村田」

「じゃあきみも僕の事名前で呼んでくれる?」

「ん…やだ」

「ほら、おあいこだよ」

本当は名前で呼ぶくらい簡単なんだけど、恥ずかしがる村田が可愛いから内緒にしておく。
甘く笑う村田が、おれの唇に熱を落とせばほら。

「…好きだよ、村田」

「……どうしちゃったの渋谷」

「ん、…別に?」





それだけで
凄くしあわせ。




 


2007/2/6より。
ラブラブムラユ。
なのになぜかユリムラっぽい(笑)