引力





側に居たくて指を握った。
11月23日、始まったばかりの夜の道で。



昨日の昼間、コンラッド達が眞魔国からやってきた。
だが俺は大学に居たのでそんな事は知る由も無く、ゼミで開いてくれた誕生日前の飲み会に参加し終電で駅に着いたのだが。
改札を抜けた瞬間、視界に入った人物にまだ酔いが回っているのかと思った。

「ショーリ」

声をかけられて現実だと理解した瞬間、頬が熱くなるのが解った。
酔いの所為だと言い訳しながらコンラッドの側に寄る。

「何してんだアンタ」

「今日の昼にこっちに来まして。ショーリを迎えに来たんですよ」

「俺は1人でも帰れるが?」

「そんな赤い顔して。にしても、随分遅い帰りですね」

そうにっこり笑う彼にこれは夢かとも考える。
もう二度は会えないと思っていたから。
それなのに口をついて出る言葉はスラスラと、憎まれ口ばかり。

「…お前、いつから待ってたんだ?」

「んー…1時間くらい前かな。ジェニファーはショーリは今晩飲み会で帰ってこないかも、と仰っていたので」

「…じゃあ待ってても来なかったかもしれないじゃないか」

「でも、もしかすると帰ってくるかもと思って。終電の時間までは居ようかと」

「俺が来なかったら意味無いじゃないか。外も寒いし」

「でもちゃんと来た。それに寒いのは慣れてる」

嬉しそうな笑顔を浮かべる相手に口許が勝手に緩みそうになる。
1時間も待っててくれた事にも驚いたが、それよりもまた会えた事が嬉しくて堪らない。
怒っている様な口調だが表情は完全に緩んでしまっているかもしれない。
まさかまた、地球で会えるなんて。

「…そうか」

「さ、帰ろうショーリ」

ゆーちゃんに借りたであろう青いマフラーを巻き直すと、コンラッドは人気の消えた改札口から家の方向に向かって歩き出す。
その後を歩きながらこっそり、コンラッドの背中を観察する。

「…」

信じられない。
素直にそう思った。もう会えないとまで思っていたのに、こんなに突然、こんな日に。
忘れようとまで思っていたのに、再会した瞬間に全てが引き戻された。
愛しいという感覚を覚えてしまったあの日に。

「ショーリ」

振り返って、優しく名前を呼ばれる。隣に並ぶのを待って居るかのような笑顔。
誰も居ない夜道だ。
少しくらい距離が近くても、心臓の音は聞こえないだろう。

「ショーリ」

「何だ?」

隣で歩くコンラッド。その光景を何だか不思議に思いながら浸っていると、ふいにこちらを見つめる柔らかい視線。
そっと合わすと、頬を緩ませて彼は俺の手を取った。

「っ!」

「…誕生日、おめでとうございます」

ぎゅ、と握られた手の平は冷たくて、俺の心臓はビクリと跳ねる。
そしてにっこりと笑う姿と言葉に、思わず足を止めてしまっていた。

「…この言葉を、ショーリに一番に言いたかったんだ」

そうしてコンラッドは、秘密を打ち明けるように呟く。

「…だから、待ってた」

いつもはそういう事は何一つ言わずに黙ってやってみせるのに。
どうしてこういう時だけ可愛らしい仕草を見せるんだ。
そうやって俺が喜んでしまう事ばかりやってくれるんだ。

「コンラッド」

返す様に指を握って、そのまま背中に腕を回した。
どうしてだろう。こんな感情を抱いたのは生まれて初めて。

「ショーリ」

「…もう少し、2人っきりでいたい」

今夜は帰したくない、なんて台詞、ドラマの中だけだと思っていたのに。







「…随分派手な部屋だな」

「あぁ」

強引に連れてきたわけじゃないのにぶっきらぼうになる言葉に自分で驚いた。
幸い相手はそんな俺に慣れているようでいつもの笑顔のままでいてくれたが。
しかし自分でもやりすぎた気はしている。
こんな場所に来てしまうなんて。
しかも、男同士で。

「…ショーリ、これが『ラブホ』なのか?」

「…そ、そうだ」

…そう、俺は何を思ったのかコンラッドと2人で来てしまったのだ。
世間で言う『ラブホテル』に。

「米国にはこういう建物が無いから知らなかったな」

「…ラブホは日本特有のものらしいからな」

無駄にデカイがゆーちゃんの魔王ベッドなるものよりは小さいであろうベッドに腰掛けながらコンラッドは珍しそうに辺りを見回した。
なんて事は無い、ベッドとテーブルとシャワーとがあるだけの簡素な部屋だ。
しかし内装はそれなりに凝ってはいるが。

「ショーリ、隣に座らないのか?」

手招きされると困ってしまうが、そっと隣に腰掛ける。
一応、ラブホがどういう用途で使われるのかは説明しておいた。現代版連れ込み宿みたいなものだと。
それを聞いたコンラッドは数秒首を傾げた後、俺は構いませんよとあっさり言い放ってくれて。
もし嫌だと言われたらがっかりだが、直ぐにOKを出されるのも何だか落とし甲斐が無いと思った。
…それはギャルゲーでの話かもしれないが。

「…コンラッド、…その、この前会った時の…アレはもう平気か?」

「…アレって?」

首を傾げるコンラッドにちゃんと向き直ると、独特の色をした瞳と目が合った。
その手がそっと伸びてきて、眼鏡を外してくれる。
合意を得る必要も無いのだと、心の隅で思った。

「…体とかあの後変になったりしなかったか?」

「…身体的には大丈夫だよ、でも」

そこまで言うとコンラッドは抱きついてきた。
俺ももう、限界だと思っていた。
何も言わなかったけど、コンラッドの唇に触れる権利が自分にはあると確信できたんだ。

「ショーリのぬくもりが忘れられなくて」

情の籠もった声を聞いたのはこれが2度目。
あの晩、ニュートンも驚くほどの引力で引き寄せられた俺達が味わったリンゴは、中毒性があったみたいだ。
甘くて甘くて、食べたくてまた会いに来てしまった。
許して欲しいとでも言うように摺り寄せられた頬に、俺は唇を落として笑う。

「俺はコンラッドが来てくれて、凄く幸せだ」

「…そんな事を言われると、泣きたくなる」

「それに、聞き分けの良いコンラッドだったら恋にだって落ちなかった」

自分の事を愛しい存在だと言ってくれた。
それは有利に感じるものとは全く違う事とも。
言葉を塞ぐ様に交わしたキスは久方ぶりの蜜の味で、胸の奥がジンと痺れた。

「…ショーリの前では我慢できなくて」

「俺だって同じだ」

何度かキスを交わしながら服をお互いに脱がせて、早急な愛撫が始まる。
ゴールがあるわけでもないのに早く、より早く繋がり合おうとするお互いに苦笑のひとつも零せば良かったのだが生憎そんな考えは何一つ残って居なくて。
まだ夢の中に居るかのような感覚を残しながら、確かめたくて必死にコンラッドを求めた。

「ショー…リっ」

「ん…っ、コンラッド、コンラッド…!」

繋がり合う感覚もその行為自体も慣れているものではなくて、実際にはこんな風に触れるのは2度目なのに。
会えない時間が愛を育てるとはよく言ったもの。再会して数時間で、俺は嫌ってくらいコイツを好きなのだと実感させられた。
だって面白いくらいに体がコンラッドに反応している。
自分より遥かに筋肉質な体に触れる度、漏れる甘い声や仕草、俺を見つめてくる視線の色っぽさ。
全てに今まで感じた事が無いくらい、欲情する。
繋がった箇所から漏れる音も、揺さぶられるコンラッドが俺を求めるように差し出す腕も、零れる息も全部が快楽へと繋がっていく。
そして果ててしまえば、これは現実だとやっと確信できた。

「…コンラッド」

息があがっているのは本来俺じゃ無い筈だがこの際その辺の事は置いておく。
少し傷の多い肌と自分の熱を分け合うようにくっつけながら、小さく唇にキスを落とす。
すると、首に回っていた腕が背に回り、腕の中に収められ。

「…ショーリ…愛してます」

「…んだよ、いきなり」

「俺はショーリを好きになれて良かった」

確かめるように肩口に鼻を寄せられた。
俺の匂いを、ぬくもりを辿る様に。
今までこんな風に自分の存在を確認してくれた人なんて居ただろうか?
それが自分の好きな人だなんて、尚更。

「…じゃあ、これからも好きで居てくれよ」

ぎゅ、と甘える様に抱きしめる。愛しさを噛み締めるように。
もしコンラッドが俺を忘れようとしたって、この言葉でいつだって、拘束しておくから。

「愛してるよ。愛してるんだ…コンラッド」

以前は言えなかった言葉をあげるから。
もう2度と会えないなんて思わせないでくれよ。
いざとなったら俺、村田に土下座してでも会わせて貰うから。

「…ショーリ」

「だからそんな、悲しい顔して俺を見るな」

じっと瞳を見つめて、頬に指先で触れる。

「絶対俺は、お前を側に置いてみせるから!」

渇を入れるように小さく、頬を叩いた。
返事は待たずに首筋に紅い印を付けて、何食わぬ顔で笑ってみせた。

「これでコンラッドは俺のものだからな」

一瞬呆気に取られた顔をしていたが、綺麗な瞳に涙が溜まるまでそう時間はかからなかった。
滲んだ雫を舌で拭うとくすぐったそうに目を瞑り、俺の事を抱き寄せて。

「…勿論、お側に置かせて貰います」

傷の残る眉を下げて、コンラッドは微笑った。






end.





2006年度勝利誕生祭に捧げたお話を2007年に使い回してUP!