スペシャルプレゼント






平凡な日々の
いつかの約束を
変わらぬものにする為に、今日がある





「あの、ユーリ」

コンコン、と遠慮がちに扉がノックされて、はいと返事をしたと思ったら突然扉が開いた。
その大胆さとのギャップに驚いたのもあるけど、それよりも入ってきたのがコンラッドだったのにもまた驚く。

「あれ?」
「え?」

何処か焦っているのにおれの疑問符にオウム返しをしてくる。不思議だ。
くるくると羽ペンを動かして、ペン刺しに止めると同時に彼は机の前に来た。

「どうしたのコンラッド」
「…ユーリこそ、執務室以外で机に向かってるなんて珍しいですね」
「余計なお世話。たまにはね、おれだって机に座るっての」
「すみません」
「そう思ってないくせに。顔が笑ってる」
「いえいえ…あ、何書いてるんですか?」
「…何だと思う?」

小さな受け答えが楽しくて、最近おれはすぐに答えを言わない。
問うと彼はいつだって嬉しそうに考えてくれるから。

「手紙?」
「ピンポン、じゃあ誰にでしょう」
「…グレタですか?」
「あれ、大正解」

そして大抵の答えは見破られてしまう。
そんな「わかってる」所もこれまた良いと思う辺り、相当キちゃってるんだけど。
でもちょっと、今日はコンラッドの様子がおかしい。

「で?コンラッドはどうしたのさ」

椅子をギッ、と後ろに引いて立ち上がる。
もっと話しやすいように…まぁほぼ無意識だったんだけど、彼の隣に立つ。
机に軽く腰掛けて、おふくろやギュンター曰く陛下ともあろうお方が机に座るなどだらしない、でもおれに言わせりゃ地球の高校生は女子でもよくやってる格好でコンラッドを見据える。
銀の光彩が、きらきら。

「…いえ、ちょっとユーリに聞きたい事が」
「おれに?」
「……はい」

うーん、これまた珍しい、言い淀むコンラッドなんて。
一体何だろうか。思い当たる事なんて無いのに。
まさか今更ヴォルフとの関係についてとかじゃないだろうし…。

「何だよコンラッド」

眉を下げて笑いながら「あの…」とか「えーとその…」とか言ってるコンラッドも見物なんだけど、やっぱり調子が狂うわけで。
イラついた様に眉を寄せて首を傾げるとやっと、コンラッドが口を開いた。


「…ユーリは誕生日に何が欲しいですか?」


「え?」

意外な答えに目を見開くと、まるで純情な野球少年みたいにコンラッドが照れた。
あの、試合会場の受け付けのお姉さんに頑張ってと言われただけで照れてしまう純情な少年の様に。待て、コンラッドは100歳越えてるんだぞ?

「ユーリ?」
「あ、ああゴメン、余りにも意外だったんで」
「?」

不思議そうな顔をされてハッと我に返る。
でもさ、この展開はドッキリかと思うくらいだよ。

「−考えれば考えるほど、わからなくなってしまうんですよ」
「え、プレゼントが?」
「…はい、何をあげれば、貴方が喜んでくれるのかが」
「おれだったら何でも貰えるだけで嬉しいよ?」
「でも、ユーリの欲しいものをあげたくて」

欲しいもの、か。
そう考えてくれるのはコンラッドらしいんだけど正直、彼が選んでくれるものなら何だって宝物になるわけで。

「それで、聞きに来たんだ」
「はい、あと半月程で誕生日ですし…本当は内緒にした方が良いと思ったんですが」

済まなそうなコンラッドに自然と笑みが零れる。
そんな事で、なんて言ったら傷つきそうだけどホントに、それだけの事でこんな顔してくれる彼が嬉しい。だって、おれの為にって事でしょ?

「何でもお願いしていいの?」

挑戦的な上目遣いで見ると、ホッとしたように笑う瞳とかち合う。

「ええ、何でも、…俺が叶えられる範囲でなら」

その言葉によしきた、と頷いて腰を160度捻る。机の上の紙を拾うとコンラッドに差し出した。

「それってグレタへの手紙じゃ」
「いいから読んで」

受け取りながら不思議な顔をしてきたが、文面に目を通すとまた同じ様な顔をしておれを見る。
何ていうか、おれって幸せ者だよな。


「…『いつも元気に過ごしてくれる事がプレゼント』ですか?」


「そういうこと」

にっ、と笑うと手紙を机に置くコンラッドを目で追う。
近づいた距離にふと、見上げるようにしてしまうと何だか誘ってるみたいで。
解りやすく目を逸らしてしまう。ごめんコンラッド。

「グレタも俺と同じ事を?」
「うん、何が欲しいか、何をあげたらいいか大好き過ぎて解らないって」
「…そうですか」

可笑しそうに、コンラッドが目を細めた。
それは同じ事を考えてたからってよりも、素直に言えない事や自分で決められない事が恥ずかしかったとかは後から聞いた話。
そしておれは返す様に笑って、ちょっとだけ期待した。キスを。
だけど出てきたのは真剣な言葉。

「ユーリは俺にも、『それ』を望みますか?」
「それ?」
「元気に、笑顔で、変わらぬ健康な日々を」
「…うん」
「皆と同じ様に、俺にも?」

うん、と言いかけて口を噤んだ。
笑顔で問う目の前の青年はやっぱりどこか変だ。
傷ついているのが顕著に伝わってきて、触れたくなる。
そして傷つけているのはおれだから、うかつに触れない。
おれ、何か間違った?

「コンラッド」
「はい」
「全部隠さないくせに、言わないのはずるいぞ」
「え?」
「何を望んでるんだ?」

本来ならここでコンラッドが欲した言葉が何かを解ってあげたかったんだけど、生憎おれは恋愛ビギナーだ。ちゃんと言ってくれないと解らない。直球じゃないと伝わらない。
それがおれ。知ってるくせに。

「…ユーリに、特別なものをリクエストして欲しかったんです」
「…特別?」

さっきよりも済まなそうに、というか拗ねたように彼はおれを見た。
右手がすっと伸びてきて、当たり前の様におれの左手に重なる。

「俺はユーリにとっての特別…ですか?」

その言葉に目を見開いてしまう。まさか、こんなに不安にさせてるとは思わなかった。
思わず握り返すと無意識に腕が伸びて。

「そんなの、勿論当たり前だろっ」

机に座ったまま無理矢理抱きついた。何て言葉を掛けるか悩むより先に体が動いてしまっていた。
悩むコンラッドを想像すると可愛いと言うより少々困惑してしまうけど。

「…すみません、ユーリ」
「あのな、コンラッドみたいな男前がおれの誕生日くらいで思いつめるなよ?」
「そんなの、ユーリが好きだからですよ」
「…だからおれはコンラッドがくれる物なら何だって嬉しいって言ったろ、それが他の皆と意味が違うって事位、解るだろ?」
「…はい」

口調は相当キツイけど顔は告白した後みたいに熱い。
それを解ってるのか、柔らかいため息が肩口にかかって。背がぎゅっと、抱きしめられた。
全く。プレイボーイと思っていたけど意外に甘えたな所も多いよな。なんて思ってたら。

「…ユーリ」
「何」
「『コンラッドが欲しい』、とかでもいいんですよ?」
「え?!」
「嘘だよ」

言葉の意味に心臓を跳ねさせたおれに苦笑するようにコンラッドの肩が動く。
心臓バクバクだけど、それでもおれが怒らないのはその言葉が嘘じゃないのを知ってるから。
多分半々。じゃなきゃおれの心臓が持たない。
どうしたものかと迷ったけれど、すっと息を吸って、おれはコンラッドの胸に頬を押し付けた。

「−コンラッドが欲しい」

小さく呟いて、ばっと顔を上げると驚いた瞳がこっちを見てた。
抑えきれない笑みをそのままに、おれは口を開く。

「1年分の、コンラッドが欲しい」

年俸はおれの愛で。なんて事は彼の専売特許だから言わないけれど。
少し卑怯な手だけど、ハッキリと言えない子供なおれにも彼はきっと付き合って行ってくれる。
笑いかけると100倍返しの要領で、コンラッドは腰砕け必死の笑みを浮かべた。

「…仰せのままに、ユーリ」








終わっては始まっていく
目まぐるしい日々の中で
出逢えた大切な奇跡を


戸惑いながらでも大切にして
生まれて来てくれたこの日が貴方を導くように










end.


ユーリ陛下、お誕生日おめでとうございますw