チェリー








ただ、いつまでも忘れる事の無い青。





踏み締める草の音だけがやけに大きく響いて、昼と夜の音の違いに今更ながら気付く。
一人で歩く事は記憶が無くなってから初めてではないかと思う程に、夜は音を持たなかった。

「…その方がより、煩わしくないと言うのか」

投げ付けられた言葉は、思ったよりも胸の内を侵食している。
言い合いの果てにぶつけられるものであれば幾分感情のせいにも出来よう。
しかし、彼は真っ直ぐに、そして残酷な言葉を放った。
それは以前からずっと決まっていたかのように。

『お前に指図される言われは無い』

知ってしまった。それが本心だと言う事を。
紛れも無い、彼の心情だと言う事を。
感情的になったのは自分の方。
心が抉られたのも自分の方。
言葉は空を切って、彼の金の髪が揺れたのを最後に私は、部屋を後にしていた。

「私も人の事を言えない、な」

感情のままに生きるのは良くないと、何度か口にした事がある。
それは意のままに生きる彼への嫉妬も含まれていたのかもしれないが。
そしてその度に彼は狡猾な笑みを浮かべて囁いた。

『それならお前を欲しいと思うこの衝動でさえ抑え込めというのか?』

彼は強くて、気高くてそれでいて少し脆くて、優しい人だった。
勿論意見の相違も衝突も幾度も繰り返しはしたが、それ以上に馴れ合っていたのも事実で。
自覚する前に失った気持ちの宛ては、この世界に置いておこうか。

「あぁ…夜明けだ」

東の空から太陽が産まれる。白みがかった群青の空に光が満ちて、夜が明ける。
この世界で最後に見る朝がこんなに綺麗だなんて。

「…後ろ髪を引かれる思いだ」

長く揃えた黒髪の輝きが好きだと、彼は何度も囁いた。
私は彼の金色の髪と海の様な瞳が好きだったけれど、それを口にすることは一度も無いまま。
そして伝えられる事も二度と無いまま。
箱を置いた水辺に降り立った白い鳩が、水面を揺らしてそれが美しい。

「…愛してます、これからも、あなたに幸多からん事を」

届かない言葉は自分への勇気になれば良い。
この想いがいつだって強さをくれたというのなら、自分はきっと、彼を憎めないのだから。
いや、最初から憎める訳無かった。
自分にとっての太陽は彼だったのだから。

「あなたの住む世界に、何時の日か戻れますよう」









それまで全て、覚えておこう。

私の記憶全てがあなたの色で満たされるその日まで。










初眞賢…自信を持って</捏造>です!!