SUNNY
大切な休日を
君に使おう
「いっけー!」
隣で拳を振りながら叫ぶ弟。額に滲む汗は顎に伝うくらいで。
まだ6月だというのに真夏日とはどういう事だ。何もしてない俺だって汗が滲む。もっともそれは、隣にいる暑苦しい弟のせいかもしれないけれど。
「うわぁぁっ!ゲッツーかよーッ!」
青のユニフォームに身を包んだ有利はベンチに帰っていく選手を見ながら悲愴的な叫び声をあげた。悔しそうな表情でマウンドを見据えている。
全く、良く見えるな。
「ん?」
視線に気づいたのか、有利はこちらを向いて頬を膨らませた。
「おいー!勝利ももっと気合い入れて応援しろよ!」
「してるって」
青のキャップのつばを上げながら有利を見ると、口を尖らせて早口になった。汗が滴り落ちる。
「もっと選手の動きを見て試合の流れを掴んでさー、叫んで歌って熱中しろ!」
「俺の視力じゃよく見えないんだよ。それに試合の流れは把握してる」
左耳にはラジオのイヤホンが入ってるので中継は聞いてるし、具体的に誰とは解らないがちゃんと試合も見ている。しかし元がそんなに野球に熱くならないタチなのでそこまでハマれないのだ。
「うー、負けたら勝利のせいだかんな!」
「なんでだよ!」
有利はそれが気に入らないらしいけど。
−有利が楽しみにしていたデーゲーム、一緒に行く筈だった友達が急に風邪を引いたらしく、丁度家に居た俺にお呼びがかかったわけだ。
「勝利、ちょっとー」
部屋でパソコンをいじっているとドアが遠慮がちに叩かれ、同時に有利の顔が覗いた。
「何だ?」
「あのさー、今日暇だったりする?」
上目遣いに見られて一瞬ドキリとした。頬をかきながら首を傾げる姿に思わず頷くと。
「じゃあ野球見に行こう!」
パッと満面の笑みになり、部屋に上がり込んでくる。
「野球!?」
「そ。村田が急に風邪引いちゃってさー、勝利暇なら一緒に行こうぜ?」
有無を言わせない口調でチケットを突きつけてくる。嬉しそうな笑顔は最近やってる草野球で焼けたのか、着実に球児に近づいている。
野球はそんなに興味は無いんだが…。
「な?」
「あぁ…」
ねだる様な視線と言葉に、気づけばチケットを受け取っていた。
試合は9回裏、1点負けた状態で迎えた1アウト。有利が額の汗をグッと拭う。
「いけいけいけいけー!!」
暑さはある意味最高潮で、周りの観客のボルテージもあがっている。
ここが見せ所だよな。
「勝利、お前も気合いを送れー!!」
野球の事になると人格が変わる弟は、次なるバッターに念を送り続けている。ラジオからは「面白くなってきましたねー」なんて言いながらも興奮気味の司会者の声が。
「はいはい」
バッターボックスに立つ人物を見ると心の中で呟く。
かっとばせー、ホームラン。
「あーっ!ストライクーッ!!」
願い空しく1ストライク。有利が隣で悔しそうな表情をする。
俺の念は伝わってなかったらしい。
「うー…打ってくれー」
手を組んで目を細める有利。流れる汗も気にならないようで。
一生懸命な弟の姿に、俺もまた念じようと目を瞑ったが…止めた。
つーか打つだろ、絶対に。
「またストライクだーッ!」
有利がケンカ腰の声をあげる。打て打て打てーと呟く声がそれに続く。
その様子に思わず苦笑すると、有利の肩を叩いた。
「?」
こちらを見た弟に笑いかける。
「打つよ」
「へ?」
自信があった。
有利は俺と目を合わせ、そして次の瞬間沸き上がった歓声に目を奪われた。
弧を描いてボールがスタンドに落ちる。
「ッ…ホームラン!!」
目を大きく開いて叫ぶ有利。やった、そう思った瞬間、急に抱きつかれた。
「ッ、ゆーちゃん!?」
「やったー!ホームランだぁッ!!」
突然の出来事に動揺しまくる俺には全く気づかず、有利は肩をバシバシ叩いてくる。
「勝利スゲーよ!びっくりしちゃったじゃん!」
心底嬉しそうな声でそう言う有利に心臓が鳴る。思わず緩んだ頬をそのままに告げた。
「ゆーちゃんが願ったからだよ」
「!」
有利が心から願ったから。
「だろ?」
それはきっと伝わると、自信があったんだ。
「……うん!」
有利がギュッと抱きしめてから体を離した。滲む汗もそのままに、極上の笑顔を俺に向ける。
「そーだな!」
…胸に矢が刺さった気がした。
同点ホームランからそのまま延長戦に突入することになり、球場の熱気は更に上がっている。
「よっし!このまま逆転だぁッ!」
気合いを入れ直して応援歌を歌い出す弟を見ながら俺は、少々上昇した頬の温度を隠すためキャップのつばを角度を下げた。
暑いし興味無いし
あんまりのり気じゃなかったけれど
弟とのデートは
休日返上の価値アリ。
end.