サイアク。






「吐き気がする」


呟いたら、少し顔を上げてこちらを見る。

「どうした?どこか具合でも…」

「お前に吐き気がする」

遮るように吐き捨てると。

「そうか」

至極楽しそうに笑った。







「なぁユーリ」

「何」

「どうしてぼくをベッドに繋ぐ?」

「逃がさない為じゃない?」

「ぼくは逃げないぞ?」

「嘘つけ」

「何故ぼくが嘘を吐くんだ」

「後ろめたいからだろ?」

「何言ってるんだ?」

「じゃあ何だよこの跡は」

「跡?…これはユーリがつけたものじゃないか」

「…おれが?」

「そうだ、お前以外に誰がいる?」

「…………っ」

「な、何だユーリ?気分でも悪いのか…」

「…いや、何でもない…」







銀色のドアを開けるとベッドの上に寝そべる人影。
拳を握りしめて近寄ると、愉しそうに頬杖をついた。

「お前、おれになりすましたな!」

「おや、もう気付いたか」

クスクス笑うその表情に怒りがふつふつとこみ上げる。
嫉妬だ。有り得ない事だが。

「まさかヴォルフと…」

「そのまさかが何を示すのかは解せぬが、まぁほぼ当たってるのではないか?」

「……ッ!!!」

感情に任せて右手を上げる。振りおろせば高らかな音がする…と思いきや、力強い手に阻まれた。

「ッ」

「ほほぅ…、生意気な」

「生意気も何もあるかっ!ヴォルフはおれとヤッたって信じてたんだぞ!?」

「いいではないか、間違いではあるまい」

「なっ…本当の事をヴォルフが知ったら傷つくだろッ!」

部屋に響く程の声で怒鳴るが相手は多少の変化も見せずフフン、と目を細める。

「それはお主の自意識過剰というものだ」

「はぁ?」

「ヴォルフラムとやら、余がお主になりすましても気付く素振りも見せなかったぞ?」

「…っ」

その言葉にぐっと歯を食いしばる。殴りかかってやろうかと思った瞬間、相手は妖艶な笑みを浮かべ言い放った。

「それに大変良い声で鳴きよった。余程余の寵愛が悦かったのだろうな」

瞬間、ブラックアウトするんじゃないかってくらい血が頭に昇った。


「こっの野郎!!!!」


我を忘れてグー手を突き出す。渾身のストレートだ。
しかしその手は呆気なく避けられ、そして。

「っ!!!」

「おやおや…余に刃向かうとは可愛らしいな」

「は、離せッッ!!」

そのままぐい、と抱きしめられた。
驚きで一瞬動きが止まる。

「この体勢も何かおかしいものだな」

クスリ、と笑いながらきつく抱きしめられ、体が動かないおれはひたすらに唸る。

「離せ!お前を殴ってやる!」

「お主では余に敵わぬ」

「うっさい!」

そんなの解っている。だがヴォルフがヤられたなら黙っていられるわけがない。
ヴォルフを傷つける奴は誰であろうと、許しはしない。
そう思った瞬間、とんでもない言葉が囁かれた。


「…お主、余に抱かれろ」


有り得ない。頭が一瞬真っ白になった。
どういう意味だお前。

「は…」

「お主は婚約者殿を傷つけたく無いのであろう?」

それとこれとどういう関係があるのか。
と、腰に手が這わされびくりと鳥肌が立った。

「…お主が躰を差し出せば婚約者殿には黙っておいてやるぞ…?」

「−!」

耳元で囁かれた言葉に一瞬耳を疑う。
まさかおれ、脅されてる?

「断るのなら婚約者殿に全てを話すまでだ。お主以外の者に抱かれたお前は汚れてしまった、とな」

その台詞に激昂する。何て奴だ。

「ッ!!お前、おれの邪魔をするのがそんなに楽しいのか?!」

「愉しいな」

冷酷な目で見つめられ、噛みついてやろうかと思えばニッと口の端を上げ。

「さてどうする。お主次第でどうとでもなるのだぞ?」

最悪だ。誰か悪夢だと言ってくれ。
しかし抱きしめられた体は痛いし、頭の中ではヴォルフの笑顔がくるくる回る。
おれがコイツに躰を開けばヴォルフは何も知らないまま、ずっと笑顔でいてくれるだろう。だがもし、コイツがヴォルフにバラしたら。いや、バラすだけならまだしも、ヴォルフが立ち直れない様な言葉−汚れた、とかその類の事を言ったとしたら…。

「どうする?」

真っ黒な輝きをした瞳がおれを覗き込む。
悔しくて目が滲んでくる。その様子を見て益々笑みを増すその態度が腹立たしい。
でも、ヴォルフを傷つける事なんか出来ない。

「…抱けよ」

「…ほぅ」

呟くと、やっぱりな、という顔をされ。



それがもの凄く悔しくて、泣きながら唇に噛みついてやった。





end.