やさしい、さみしい、かなしい
海の底に落ちていくような気分で、僕は手を伸ばした。
掴んでくれたのは金髪の、きみ。
あぁ、やっぱり僕たちは離れられない運命にあるのかな。
「…フォン、ビーレフェルト卿」
「卑怯者!」
ぱしん、と頭をはたかれた。
そんなに歯を噛み締めたら、折角の綺麗な顔が台無しだよ、と言ってやりたかったけれどそれは衝撃の為に言えないまま。
「助けを求めるくらいなら、最初から死にに行くな!」
「……うん」
死ぬつもりじゃなかったんだ、本当は。ただ、このままこうしていたら渋谷のそばにいけるかな、なんて思ってしまっただけなんだ。
だって僕はこのとおり、仕事しか出来ないただの抜け殻で。誰かの気持ちを憂うことも慈しむことも、もうずっと出来ていない。
ただ毎日毎日生きていくために仕事をこなして、それだけしか取りえのない存在だったから。
「そんな事をしたって…届くことはないのを知っているくせに!」
「うん…知ってる。でも、だめなんだよ」
「何がだ」
「だって夢に出てきたんだよ…たったそれだけでこんな気持ちになるなんて、僕はもうどうかしちゃってるんだ」
目の前の碧眼が細く揺らいで、それでもまっすぐに僕を見た。
秋の水辺は寒くて、このままだと熱を出すだろうと思った。
そうしたら治してから地球に戻れば、誰もそんな事に気づかないだろう。
「ばか…」
「ごめんね、きみももう、見捨てて良いんだよ?」
「見捨てることが出来たらとっくにしている」
優しい人だと思う。
強くて、まっすくで、綺麗で、僕の欲しかったものを手に入れた人。
だからたまらなく羨ましくて、その分とても同情する。
きっときみも、まだ渋谷の事を。
「…白状するけど、きみがいなかったら多分死んでた」
「…解ってる」
「でも、生きてるのも悪くないって思ってるんだよ」
「…」
「それなのにどうしてかな、大丈夫だってずっと思ってるのにいきなり、駄目になるんだ」
フラッシュバックするんだ。
色々な事が。
僕が渋谷に言った言葉とか、想いとか、全てがずっと続くと思っていた浅はかさとか。
ずっと誰にもいえなかった。
でも、一番目の前に人には言ってはいけないと思っていた。
「…ムラタ」
「え?」
「…ユーリを好きなら、死ぬな」
「……っ」
抱きしめられた腕が冷え切っている事に驚きながらも、胸の奥で何度も反芻する。
好きなら、死ぬな。
それなら一生死ねないじゃないか。
「だったら…きみ、フォンビーレフェルト卿が殺してくれる?」
救いの手なんて誰も持っていない。
自分の人生なんて最初っからない。
誓ったんだ、自分の身など省みないと。
「……ばか…!」
言葉をせき止めるかのようなキスに目を瞑った。
こんなに冷たい口付けがあるなんて、ずっとずっと知らなかった。
そして折り重なった影が、誰もいない水辺に濃く色を付けていく。
だんだんおかしくなっていく…ような。