全ては誰のため







なぜだろう、自分でもわからない。
彼の姿を見た瞬間から、渦に巻き込まれるまでの時間の自分は、まるでいつもの自分ではなくて。
でも、いつもの自分って、いつもの僕って何だったんだろう。

「まだ戻れない」

渋谷はいつだって、僕の思い通りにはならない。そんな事最初から知っていた。だって彼は僕のものではない、誰のものでもない。
でも僕は冷静に判断を下さなければならない時がある。それが渋谷の意見とそぐわないとしてもだ。
もしきみの意見に賛同できるだけの僕であったら、幾らか幸せなのかもしれない。
それでも僕は、彼が与えるチャンスの方に、賭けるしかなかった。悔しいけれど。
そういう部分では彼はいつだって用意周到で、僕よりも渋谷の事を解っている錯覚まで覚えるくらいだ。

「渋谷」

今この時、きみが還らないと世界にどんな影響を及ぼすのか。
いつだってあちらへの口が開いているとは限らない。
きみはまだ、地球の所属なんだよ、渋谷。
戻れるのは、きっかけなんだ。

「おれは大丈夫だから」

そうじゃないよ。
ばか。
きみが見ていい世界は、こんなに哀しいものじゃない。
僕にだって何も出来なかったんだ。彼と古墳で再会した時から、ずっと、ずっと恐れていた事が起きたんだ。僕がどれだけ願っても、叫んでも、ヨザックは僕を見なかった。
眞魔国に連れて行く事になった時も、願わくば目を覚まさないで欲しかった。
僕の事も、誰の事も、忘れたままでいてほしいと、何度も思ったのに。
彼は覚えていた、だから、あんな風にしたんだ。僕を見なかったくせに。
渋谷だって、解っているだろう?

「僕だって一人で戻りたいわけないじゃないか!」

こういうことなんだよ。
僕達がすべきことは、彼の側にいる事じゃないんだ。
きみが全てを握る事が出来るにはまだ、早いんだ。
今帰るべきは必然。そうでないと、駄目なんだよ。
あぁ、彼が死を選んでしまったのは、誰の責任だろうね?

「村田」

僕の名前なんか、呼ばないで。
きみが望まない事を、しようとしているのだから。
だってこのまま戻ってもきみはきっと悲しい顔をするし、僕を恨むかもしれない。
でもわかって。
僕は彼のした事を赦せても、きっと許せない。
例えば僕が彼に抱く感情が渋谷のそれと少し違ったものだったとしても。
それが背景にあったとしても。
でも僕は、いつだって有利の事を一番に考えているんだ。

「…っ」

だから、だから。
そんな顔しないで。






涙なんか、見ないでよ。










やっぱり出口が気まぐれに開くって事はないかと思うのですよ