あぁ、我きみを永久に






思い出す季節はいつも穏やかで
暑くとも寒くとも胸の内は変わらぬ温度
頬の柔らかささえも未だにこの唇には
忘れられぬ




「…猊下」

「やぁ…久しぶりだね」

一瞬、ユーリと同じ黒に夢を見たのかと思った。
だけどそれは違うと直ぐに気付いたけれど。

「戻っていたのか」

「うん、だって…」

「式典は明日だぞ?」

「だから今日来たんだよ…邪魔されたくないからね」

手に持つ花は青く、風に乗って優しい香りがする。
…ユーリが好きだった、やつ。
ああ、今でもこんなに覚えているのに、それは誰だって。

「…すまなかったな」

「大丈夫だよ…きみなら、ね」

「…ぼくなら?」

「…いや、きみだから、かな」

花が川辺りにちらちらと揺れる。
黒い瞳が、きらきらと揺れる。
同じ色をして。

「…そうか」

「……分かりやすいね、きみは」

そうやってふわりと笑う。
目を細めて、悲しそうに、笑う。
お前だって、隠さないくせに。

「…お前、こそ」

「うん、隠す必要無いからね」

「…」

「…きみになら、隠さなくても平気だからね」

どうして
嫌なのに
嫌なのに
嫌なのに
思い出す。

「…どういう意味だ」

「渋谷がいない喪失感を未だに味わっているんだろう?」

「っ、」

癒されるのも嫌なのに。

「…優しいね、きみは」

「…」

「渋谷がきみを愛した理由が分かるよ」

「そんなことっ…」

言うな
言うな
ユーリと同じ瞳をして、ぼくを見るな。

「…ごめん」

「なら最初から、言うな…っ」

重ねようとしているのは同じだって、気付いている。
お互いの影にユーリを、探しているのだから。

「…だって…」

ゆらりと影が揺れる。
青い花を右手に持って、目の前のひとは、泣いた。

「猊下…?」

「………っ」

ぽろぽろと溢れる涙は地面に落ちる。
瞳にたっぷりと溜めた雨が降り注ぐ。
あの時雨は降らなかった。
ユーリが居ないから雨が降らなかった。
だから全て燃えてしまったのに。

「……きれいだな…」

「…な…にが」

「…ぼくにはもう、そんな風に泣く事が出来ない」

「…ばかだなっ…涙は枯れないんだよ…?」

「…そんなの、知ってる」

雨はまた降って。
木々が育って。
空は今も、青くて。
風はあの頃と変わらない。

「……ごめん、僕とした事が泣いちゃったね」

「…ぼくも…すまない」

「…何が?」

「慰めてやりたいけど…余裕が、無くて…」

変わらない
変わらないのに
たったひとつだけ
足りないから
怖くて
苦しくて
それは今だって
同じこと

「……泣かないで」

「…泣けなくなる日が来ると、信じてる」

その為に忘れる事を選んだとしても。
唇に残る温かさを、失ったとしても。
ユーリを失った事を、いつか受け入れられたなら。

「……渋谷を、愛してたんだね」

「…」

「…ありがとう」

青くて柔らかな花。
ユーリが好きだった花。
ユーリが居なくなってからこの地に初めて咲いたその花を、受け取る。
…優しい、ひとだ。

「…ユーリ」

呟いても戻る筈の無いその名前を今日も、口に出しては思い出す。




あぁ
我、きみを永久に



永久に縛る枷であれ。







空が泣く、に続きます。