モテない同士





「ハイ、これ」

手の平の上に乗せられた小さな包み。
ラッピングされた市販のお菓子。
そして今日はバレンタイン・デー。

「チョコレート?」

「そ」

渋谷の家に向かう途中、何気なくカバンから出てきた物。
渋谷が貰ったのかと思ったらそれは、僕の手に乗せられた。

「もしかしてジェニファーさんから?」

まじまじと見ながら隣の渋谷に声だけで訊ねる。
今日の渋谷家への訪問は美子さんの要請だった。
予定無ければ健ちゃんうちにいらっしゃいよ、お菓子作っておくから!と直にラブコールを貰ったのでお言葉に甘える事にしたのだが…昨日になって急に用事が出来てしまったらしく美子さんは不在らしい。
それでも渋谷が「おふくろいないけどよかったら」と言うので遊びに行くのだ。
この為に予定も開けておいたわけだし、手作りのお菓子が食べられないのは惜しいけど渋谷と一緒に居れるならそれだけで嬉しいし。

「…あー、うん」

「そっか、わざわざ嬉しいなぁ、後でお礼言わなくちゃ」

今年のバレンタインは最低1個貰えたわけだ。
それが親友のお母さんからだとしても嬉しいわけで。
本当は渋谷から貰えたらもっと嬉しいんだけどね。
親友としてじゃなく…は無理だろうけど。

「いいよ、おれが言っておくから」

「え、いいよー、今度電話で直接言うから」

「…いいから、おれにまかせとけ!」

何故だか渋谷がちょっとだけ口ごもった。
そして何故だか凄く笑顔だ。
何かを誤魔化されてるみたいなんだけど…不思議と、見惚れてしまう。
…あ、そう言えば。

「渋谷は、チョコレート貰った?」

思ったほどつっかえずに、サラリと言えた。
それこそ昨日の晩からずっと、気にしていた事。
高校に入ってからは渋谷が学校でどう振舞っているのかも知らないし、もしかすると新たな魅力が開花して想いを寄せられてたりしているのかもしれない。
そして今日はバレンタイン。告白するにはうってつけの日だ。

「村田は?」

返事を貰う前に返されて一瞬焦る。
その表情からはアタリハズレが読み取れない。
でも、笑顔の渋谷。

「…貰ってないよ、男子校だしね」

「そっか」

ちょっとだけドキドキしながら答えると、渋谷ははにかんだまま。
もしかして渋谷、貰ったのかな。
何でそんなに笑顔なのさ?

「し、渋谷はどうなの?」

もし貰ってたらどうしよう。
いや、どうするわけでも無いんだけど…取りあえず、落ち込むだろうな。
ああでもこれから渋谷ん家に行かなきゃだからそうそうへこんでる姿は見せられないし…。

「おれもゼロ!」

「え」

「よかったー、村田が貰ってたらショックだった」

…な、なーんだ…。
思わせぶりな対応しといて、結局渋谷も貰って無かったのか!
なんだなんだ、なーんだ!!

「なんだよー、僕渋谷が貰ったかと思ってドキドキしちゃったじゃん!」

「まさか、眞魔国でならまだしもこっちじゃなー」

「モテない同士だもんね!」

「…そんなハッキリ言わなくても」

「え?いいじゃんいいじゃん」

自然と頬が緩む。勝手にテンションが上がってしまう。
落ち込む覚悟で居たのに逆に嬉しさで一杯になってしまった。
単純だなぁ、と思いながらもそれだけ渋谷の事が好きなんだって思って。
そんな事にさえ、嬉しくなってしまう。

「ま、いーけどさ」

そうやって呆れたように笑う渋谷が愛しいだなんて。
告げたらきみは、どんな顔をするのかな。
モテない同士の方がきみを独り占めできるから嬉しい、とか。
そういう幸せに浸れるのはきっとこの先長くも無いから。
もう少しだけ、このままでいたいんだ。

「…うん」

気付けば渋谷家の前まで来てて、鍵を探している渋谷には気付かれないように小さく返事をした。
その背中をこれからずっと、見ていられるわけでもないしね。

「あれ?」

「どしたの?」

「いや、鍵が開いてる」

不思議そうな声を上げながら渋谷がガチャ、と玄関を開ける。
一緒に入ってみると中から甘い香りが。
あれ?

「…ただいま?」

「…あら、ゆーちゃん?健ちゃんもおかえりなさーい!」

パタパタと音がしたかと思えば、出迎えてくれたのは居ない筈の美子さん。
首を傾げる僕の横で、渋谷が一番驚いている。

「え?おふくろ?今日は主婦仲間の集まりだって…」

「それがね、やっぱり急に集まろうって言ったもんだから皆予定合わなくて。また今度って事になったのよー。だから当初の予定通り、バレンタインのお菓子を作ってたの!」

フリフリエプロン姿の美子さんは語尾に一杯ハートマークを付けて恋する乙女の様。
僕に向かってにっこりと微笑む。

「今ショコラケーキ焼いてたのよー、健ちゃんの分もあるから食べていってね!」

「はい!………でも、あれ?」

さっきのチョコレートは確か…。

「どーしたの健ちゃん?」

「ジェニファーさん、僕にもうチョコくれませんでした?」

「え?何の事かしら?」

「む、村田っ、おれの部屋行こうぜ?」

「え?」

ぐい、と腕を掴まれて引っ張られる。
突然の事に慌てると、渋谷は靴を脱ぐのもそこそこに2階に上がろうとする。
ちょ、ちょっと待って。
あれれ?

「ゆーちゃんどうしたの?」

「な、何でもないよっ、なぁ村田?お、おれ先に上行ってるから!」

ぱ、と腕を離すと渋谷はドタドタと2階に行ってしまう。
僕はただ驚くばかりで。

「どうしたのかしらゆーちゃん、急に…」

「…解らないけど2階に行ってみますね」

「ええ、じゃあケーキ焼けたら呼ぶから楽しみにしててね!」

「はーい」

ポーカーフェイスでその場を乗りきると、階段を上がって行く。

「…」

ちょっと待って。
この展開って嘘だろ?
やばい、顔が熱くなってきた。

「…渋谷?」

ドアをノックして開けると、渋谷が窓際に立っていた。
背を向けてるけど顔はきっと、赤い。
だって耳がもう赤い。
もしかして、もしかして。

「…」

「ね、もしかしてさっきのチョコって…渋谷がくれたの?」

「……」

「…ねぇ」

かくん、と渋谷の首が縦に動いた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
好きで好きで仕方無いんだけど。

「…どうして、嘘吐いたの?」

「……」

黙ったままの渋谷との距離が遠くて、少しずつ近付いていく。
どうしよう。もう自惚れてもいいのかな。
義理だったらこんな態度取らないよね?

「…僕がジェニファーさんから?って聞いたから訂正出来なくなっちゃったの?」

「……」

直ぐに追い付けてしまう部屋だ。
もう手を伸ばせば渋谷に触れる。
これで、友達だって言われたらそれまでだけど。

「…このチョコ、渋谷からって渡してくれたら、僕すっごく嬉しいんだけど」

でももう、こんな仕草見せられちゃったら。

「…おれから、だよ」

こんな可愛く、言われちゃったら。

「…それって、義理?」

「……」

「ね、こっち向いてよ」

振り向いた渋谷が顔を真っ赤にして、下を向くからもう。
恥ずかしいくらいにこっちまで顔が熱くて。

「…」

「…義理だったら、指、握って」

「…」

「本命だったら…僕の事、抱き締めてよ」

右手を差し出して渋谷を見つめた。
これで僕の気持ちだって、渋谷に解った筈だろう?
まさか渋谷も同じ気持ちだったなんて、知らなかったけど。

「…いい、の?」

「…え?」

「…だって村田、モテない同士が良いって…」

「…ばかだなぁ、渋谷は」

「え?」

「…こういう時は黙って、僕の事抱き締めればいーの!」

顔から火が出そう。
もうこっちは覚悟は出来てるんだから。
でも、きっかけを与えてくれたのは渋谷だから。
僕からだって、言わないと。

「…村田」

ぎゅ、と体が温かいぬくもりに包まれた。
ドクン、と血が沸騰しそうになってその場に崩れそうになる。
あぁ、もうどうしようどうしようどうしよう!
こんな幸せってある?

「…渋谷」

「…好き、です」

「…ぼ、僕もすき」

「…よかった…」

心から安心したみたいに、渋谷が呟いた。
それだけで僕の心はぎゅーっとなって、思わず涙が滲んで。

「村田?」

「ごめ…嬉しくて…」

「…可愛い」

「?」

「…なんでも無いよ」

もう一度ぎゅっと抱きしめられて、益々泣けてきてしまう僕を渋谷はずっと離さなかった。
その後食べたケーキより、渋谷に貰ったチョコより、渋谷のくれた言葉が一番甘くて、嬉しかった。








2007年バレンタイン記念も兼ねて。