安らぐんだ






小春日和の電車内は、休日と言うのにガラリと空いていて。
僕は渋谷と、2人がけの席に座って揺られ始める。

「良い天気だよなー」

「そーだね」

ガタンゴトン、緩く心地良い振動は各駅停車のゆっくりさと似ていて、思わず頬を緩ませた。
買い込みすぎた草野球の荷物が渋谷の足の間を占領しているのは少し、勿体無いけれど。

「一番前の車両にしてよかったな、座れたし」

「うん、それに空いてたしね」

向かいの席にも斜め前にも人の姿は無く、隣はボックス席だから姿も見えない。
何だかそれは僕に取って嬉しい事で、やましい気持ちとか抜きで手を握りたくなった。
普段往来ではなかなか出来ない事が、今なら出来ると思ったから。

「…ん?」

「へへ、」

膝に置いてあった手に自分のを重ねれば、不思議そうな瞳を向けられて。
そのままぎゅっと掴むと、一瞬間を置いてから渋谷は頬を染めた。

「最近大胆じゃねぇ?」

「そうかな?渋谷がウブなだけだよ」

「ウブって…お前何歳だよ」

渋谷の足が少し開いた。苦笑しながら僕を見るその視線で、今リラックスしたのだと直感的に解って。
今度はぎゅっと抱き締めたくなる。

「…ね、渋谷」

「何?」

「僕はね、きみと居るとドキドキするのと安心するのと両方の気持ちを味わえるんだけど」

暖かな光が包み込む電車内で、僕は秘密を打ち明けるように渋谷に呟く。
お互いの膝がそっと触れて、そこから熱が伝わり出して。

「渋谷はどうかな?」

笑って聞くとふいに体が渋谷の方に傾いた。
もっと電車が揺れれば、もっとくっつけそうなのに。
此処が公共の場じゃなければ、今すぐキスをしているのに。

もう、それくらいの好き。
なんだな。


「…多分、お前と同じなんじゃないの?」

「多分って何だよ」

素直じゃないなぁ、と肩を寄せると少しびっくりされたけど、意外な事に怒りはしなかった。
それどころか重ねた手を組み合わせる様に握られて。

「どうしたのさ、珍しい」

驚きながらも内心凄く嬉しくて、それがつい声に出てしまうのを抑えられない。
照れ屋な渋谷も可愛いけれど本当はずっとこうしたかったのも事実で。

「…こういう風に過ごしてる時が一番安心する」

「え?」

「だから、たまには村田の喜ぶ事してもいいかなーって」

そうはにかんだ渋谷の頬は少し赤らんでいて、それが僕の胸を打つ。
どうしていつ壊れてもおかしくない幸せを僕は、永遠の物と思ってしまうのだろう。

「…渋谷こそ、大胆になったじゃない」

「村田がオヤジ思考だからな」

「酷いな、せめてちょいワルにしてよ」

「ジローさんの足元にも及ばねぇよ」

繋がった指がこのままずっと離れなければいいのに。
渋谷がこのまま僕を愛してくれたら、僕は運命に打ち勝ってみせるよ。

「…渋谷」

「何?」

「ずっと一緒に居たいな」

窺うように呟いて、言葉の重みにハッとした。
柄にも無くこんな甘ったれた事を言ってしまうなんて。全くどうかしている。
そんなにも渋谷の一言が嬉しかったんだろうか。

「むら…」

「ごめん、今の忘れて」

慌てて遮ると握っていた手を離そうとした。
とてもとても恥ずかしかったから。
だけどその手が渋谷の手から離れる事は無かった。

「…忘れない、から」

ぎゅ、と握りこまれた手の平は電車の振動を伝えて。
口を尖らせる渋谷の横顔は、とても照れ臭そう。

「渋谷」

「おれもそー言う事、よく思ってるから」

そっと体重を掛けられ、肩が触れて熱を放つ。
きっと僕の顔も真っ赤になっている筈だ。だって凄く頬が熱い。
胸の奥も凄く熱い。

「…ありがとう、渋谷」

車内アナウンスが流れて電車の速度が落ちていく。
駅に着けばきっとこの手は離れてしまうけれど。
もしかするともう2度と、こんな風に車内で手を握れないかもしれないけれど。
いいんだ。

「…おれの方こそ」



そう微笑む傍らのきみは

多分僕の最後の恋人。