同じ色をしてるね






「あ、雨だ」

「あちゃー、ホントだ」

ぽつ、ぽつと地面に、頬に落ちてくる雨粒に反射的に目を瞑った。
天気予報は曇りだったから大丈夫かもって思った事が少し恨めしい。
隣の村田は待ち構えたようにビニール傘を開いてこっちを見る。

「折りたたみは?」

「忘れた」

「渋谷ったら、今が梅雨時期だって事解ってる?」

そう苦笑しながら1歩寄ると、おれの頭上にビニール傘が半分ドームを描く。
透かして見る空は歪んで判別も出来ない。
悪ぃ、と呟くと今更、と返されて頬が緩んだ。

「村田はさ、ビニール傘は何色がいい?」

「ん?…そうだなぁ、普通に透明かな?」

言いながら、どういう意図で聞いたの?とさり気無く覗う目線。
濡れてじわりと雨の匂いを充満させるアスファルトを踏みつけて視線を返す。

「ビニール傘ってさ、青とか黄色とか色んな色があるじゃん。そういうのさすとこう、空が色んな色に染まるだろ?」

「うん」

染まるって、渋谷らしいねと笑いながら村田は優しい顔をした。
傘からはみ出た腕が少しずつ濡れていく。

「そんな風に見えると思ってたんだ、小さい頃」

「何が?」

「…犬とか、猫の瞳って綺麗な色してるのが居るだろ?そういうのって景色がこんな風に見えるのかなって」

地面の隙間から溢れ出す雨水が少しずつ水たまりになっていく。
蒸発した湿気が薄着になった服に吸い込まれていく。
隣で村田が、柔らかく微笑んだのが解った。

「そうだね」

どうって事無い話でも村田は、大切に笑う。それがいいなっておれは思う。
茶化したりふざけたりもするけど本当は穏やかな奴なんだ。

「でも本当は動物って、殆どが白黒にしか見えないんだってさ」

「そんなの解らないよ、聞いてみたわけじゃないし」

「…そうだな、聞いてみたわけじゃない…な」

聞いてみたわけじゃない。もう一度心の中で繰り返す。覚えておきたい言葉。
本当の事はやっぱ、本人しか知らないって事。ふと忘れてしまいそうになる事。

「どうしたの、難しい顔して」

そう笑って覗き込む村田の目はどうなんだろう。

「村田は?」

「え?」

「ちゃんと、色づいてる?」

真面目な顔で言ってしまったからか、一瞬村田は虚を突かれた様に瞳を瞬かせる。
そしていつもみたいに、楽しそうに眉を下げて微笑む。

「僕には、あの蓮の葉は深緑に見えるよ」

公園脇の池に茂る蓮の葉は、雨に打たれながら夏に向けてのびのびと葉を広げている。
深緑のそれは何だか嬉しそうに雨粒を弾く。
右手の指先に傘から垂れた雫が当たった。

「渋谷には何色に見える?」

「…深緑」

「じゃあ、一緒なんだろうね」

通り過ぎながらそっと、でも雨音に負けない呟き。
胸の奥が何故だか、雨に濡れた様にひゅっとした。

「同じ目の色だもんなっ」

反射的に出てきた言葉。あれ、どうしてかな。ちょっと気恥ずかしい。
普通の事なのに、当たり前の事なのにまるで「特別なこと」みたいだ。

「…うん」

そう思ってたのはおれだけじゃないって直感で気づいた。
村田の声が、ほんの少し…嬉しそうだったから。
もしかして村田も同じこと思ったのかな。

「…村田」

「…何?」

今、あっちの事思い出した?

「…いや、何でもないや」

言いかけてやっぱり止めた。それは聞いてみなくても解ったから。
ほら、その証拠に楽しそうな笑顔。

「変なの、渋谷」 

口ではそうからかうけど、きっとおれと同じ気持ち。
こっちでは当たり前だけどあっちでは特別なこと。
おれ達だけが持ってる大切な証。

「…そろそろ持つの代わるよ」

「いいよ、別に疲れてないし」

「でも入れてもらってるんだからさ、それくらいさせろよ」

自分でも律儀な言い訳だと思ったけど村田はじゃあ遠慮なく、と苦笑した。
白い傘の取っ手を握る村田の右手に左手を伸ばしたとき、それは唐突にきた。

あ。

おれは取っ手の上を持とうと、村田はおれが持ちやすいように取っ手から手をずらそうと、同時に動いた手は面白いくらいに触れ合った。
そう、只、触れただけ。

なのに。

「…」

「……」

唐突に、それはきてしまった。
雨の匂いが立ち込める6月の帰り道、定員オーバーのビニール傘の中で。




おれは、魔法にかかってしまった。