マネージャーの悲劇





「あり得ない」

「うん」

「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない」

「解ったから…」

「だってよー!こんなに気合い入れて練習したのに雨だぜ雨!しかも豪雨!」

そうなんだ。
渋谷が楽しみにしていた草野球の練習試合がこの度雨で中止になってしまった。
気の早い渋谷は先月から気合を入れまくっていて、当然僕はそれにつき合わされていたわけなんだけど。
それも今日で終わると思ってたのに。
窓の外を眺めながら頬を膨らます渋谷にため息を吐く。

「そんな事言ったって大体昨日から天気予報は雨だったじゃないか。なのにそんな試合ルックで…」

「万が一って事もあるかもだろー?」

「でも無かっただろ?…心待ちにしていたのは解るけどさ」

つり下げてあるてるてる坊主が窓ガラスに反射してこっちを見てる。雨が当たる度に泣いてるみたいだ。
渋谷はまだぐちぐちと言っていたけど、僕が聞いていないのに気付くと拗ねたように目を向ける。

「なんだよ、村田は残念じゃないのかよ」

「そりゃ残念さ。あんなに練習したのに成果を発揮出来ないなんてね。でもこういうこともあるって」

「…そりゃ、そうだけどさー…」

「それに練習したのは無駄にならないだろ?」

宥めるように声をかけると渋谷の勢いが少しずつ収まってきて。
理解力はあるんだよね、成績は悪いけど。

「まぁ…そうだけど」

と思ったら勢いどころかしゅんとした口調になってきた。
やれやれ、そんなに悔しいかい。

「ほらほら、そんな拗ねないの。宿題やってあげるから」

「今週は宿題無いし」

「んー、じゃあ代わりに筋トレでもする?僕も腹筋くらいなら付き合うよ」

口を尖らせる渋谷の横に座ると、宥めるように頭を撫でる。
拗ねる仕草が可愛くてつい甘やかしてしまう。
うーん、僕ってホント渋谷に弱いなぁ。

「筋トレ…ね」

「ん?」

あれ、渋谷の唇が拗ねモードから離脱したぞ。
それにどうして、僕の腕を掴んでいるんだい?

「村田、付き合うって言ったよな」

「言ったけど…あれ、ちょ、ちょっと待て渋谷?」

真剣な眼差しを向けられたかと思うと突然、視界が約90度ずれて。
景気のいい音と衝撃に目を瞑ると、背中が床にくっ付いた。
目を開ければ楽しそうな表情の渋谷がじっと見下ろしてくる。

「じゃ、軽く運動しよっか」

「え?僕が言ったのは筋トレだよね…ってちょっとー!」

「普段使わない部分の筋トレって事で」

にっこり笑うと渋谷は僕を組み敷いたまま自分の上着を脱ぎだす。
これはもうもしかしなくともスイッチ入っちゃったって事だよね?
待って待って、僕にだって心の準備とか色々あるんだけど!

「待って渋谷、まだ朝だしそれに」

「んなの、村田がいけないんだろー?」

「は?」

「おれだってもう2週間も前からエッチしたいの我慢しててだから今日の試合で性欲発散するつもりだったのにこの大雨だろ?でもやっぱりこう我慢してたってのに村田が頭撫でたり可愛い事言ってきて、そんな事されたらおれとしてももう限界なんですけど!」

得意のトルコ行進曲に乗せてこっ恥ずかしい事実まで暴露してくる渋谷に、開いた口も塞がらない。
そんな、きみの性欲事情なんて僕が解る訳ないじゃないか。

「そんな事言ったって…」

「とにかく、責任取って貰うからな」

「う、待って待ってちょっとー…んぅ…っ」

責任って何だよ!
そう抗議する間もなく、噛み付くように奪われた唇から熱を持った舌が入り込んできて。
至って普通、寧ろたどたどしい舌遣いなのに相手が渋谷だってだけでいとも簡単に体に火がついていく。
僕だって同じ期間、渋谷に触れてなかったのだから尚更。

「…っ」

熱い舌が漸く離れると、僕のチャッカマンは眼鏡をかけているのにわざと顔を近づけてくる。
誰に仕込まれたか知らないけど、愛しそうに頬を摺り、そのまま耳元に唇を寄せ。

「…なぁ、いいだろ…?」

「…!」

その甘い声と仕草に最早ノーと言う気は失せてしまった。
悔しいけれど思惑通り、心臓の拍動は一気に跳ね上がる。
…本当に僕は渋谷に弱い。
無理矢理自分のペースに持っていこうとする渋谷の強引さの、その理由にちょっぴり嬉しさも感じてしまう辺りがもう既に。

「な?村田」

首を傾げておねだりポーズ。
その顔は反則だよ、そう思いながら僕は目の前の恋人の首に腕を回した。





…来週こそは晴れますように。