寄りかかって良い?






おれはお前の為に、なっているんだろうか。


いつもの部屋でこうやって2人してくつろいで。
いつの間に置きっ放しになってる野球の情報誌も何度見たことか。
柔らかい日差しがベランダから入る村田の部屋は、きっとこの家で一番良い部屋。
本人は余り家族のことを話さないけれど、確かに村田は大事な一人っ子だというのが、解る。
おれにだって解るんだから、きっとこいつにはもうとっくに。

「なーに。さっきから人の顔じろじろと」

「…ん、何でも」

そろそろ突っ込みが入ると思った。
ベッドの上から見下ろしてくる村田に向かって2回瞬きを返すと視線を雑誌に戻す。
赤い箱のポッキーを1本かじって、パキンと音を立てれば村田がページを捲る音がする。
穏やかで、気持ちの良い午後。
そんなフレーズがつきそうな空間に、不思議なことに不安を感じる。
なぜだろう。
上手く表せない感情が渦を巻いて心の下の方がぐるぐるする。
村田ならこの原因、解るのかな。
ふいに雑誌を閉じる音がして、ベッドが軋むと隣に並ぶように腰を落とされた。
何となく香る、せっけんの匂い。
湧き出た思いは、キレイなものか、キタナイものか。それはちょっと、わからない。
だからって聞いてみるのもこれまた、出来ない。
眉を寄せて考えると待っていたかのように眉間に指が伸びる。

「何、どうしちゃったの」

「どうもしてないんだけどー…キスしていい?」

今度は村田の眉が寄る番だ。
でもそれは一瞬で、おもむろに手のひらを組み合わせるとキスをくれた。
笑顔のかたちのキス。
目を開けるとまたさっきみたいにベッドに凭れ掛かって。
横目で見つめてくる瞳と華奢なその肩が愛しくて、おれは口を開けた。





渋谷が側にいてくれるって、幸せだな。


居慣れたこの部屋に2人でのんびりとくつろいで。
渋谷が来る度置いて行く野球雑誌もすっかりマガジンラックの常連だ。
日当たりは抜群だけど居心地はそうでもなかったのに今はこの部屋が好きになった。
こうして渋谷が好んで来てくれるから、両親にも感謝しなくちゃな。
そう思って視線をずらすと、雑誌を見ていた筈の渋谷がまだこっちを向いている。

「なーに。さっきから人の顔じろじろと」

「ん…何でも」

声をかけるとやっと視線を雑誌に戻す。
何を考えているのかは大体想像がつく。きっと答えの出ない自問自答だろう。
ああいう仕草をする時人は、大抵そんなことを考えてるんだ。
何だか解らないけど不安になったり、意にそぐわない思いを持て余していて。
それでこうやって、ぬくもりを求めるんだ。
それは僕も一緒なんだけどね。
斜め45度の角度の渋谷の横顔に雑誌を閉じると、ベッドから降りる。
隣に並ぶように腰掛ければ無表情の彼と視線が合う。
あ、なんか眉寄せちゃってるよ。
無意識に指を伸ばすとそこに触れる。

「何、どうしちゃったの」

きみのそんな顔、あんまり見たくないんだけどな。

「どうもしてないんだけどー…キスしていい?」

一瞬言葉の意味が理解できなくて眉を寄せた。
どうやら考え事の深刻度は極めて低いらしい。
本当、単純なんだか複雑なんだか。心配してソンした、かな。
笑いながらキスをすると、ベッドにまた凭れ掛かって。
そんなことを考えて幸せ感じちゃう自分も何だかなぁだけど。
横目で見つめるとこちらを見ている綺麗な瞳が愛しくて、口を開いた。





『『寄りかかって、いい?』』